第29話 ネムグミ



 葉に溜まった雫が下に停まっている馬車の天幕にボタッ ボタッと落ちる。雨の音は最初はうるさくても次第に気にならなくなり、終いには子守唄になる。


 あれから雨は降り続け勢いは衰えを知らない。夕食を食べてお腹が膨らんだリュオは雨の音を聞きながらゆっくりと眠気に包まれ瞼を重くしていく。

 暫くすると眠ってしまった。


 二人は荷台の端と端に座っていた。荷台の縦は180センチもあるから二人とも向き合って足を伸ばしリラックスしていた。脇に積んだ鉄鉱石の上にオイルランプを置いてるからテントの中は明るい。




☆イグ


 リュオは眠ったようだ。

 俺は彼女の座る方へ移動して毛布を掛けてやった。

 今夜は少しひんやりとしているが湿度が高いから寒くはない。しかしこのまま寝ると体が冷えてしまう。


 ふっ、さっきまで一緒に寝るとうるさかったのにな。


 近づくとリュオの顔がはっきりと見えた。それに折れそうな程細い首と艶やかな胸元。しっとりとした髪が彼女の肩に乗っている。心が落ち着き安らぐリュオ独特の香りが鼻を抜けた。


 毛布を掛け終わった手をかざしリュオの頬にそっと触れる。


 小さな顔に綺麗な肌、少女のあどけなさが残る頬、長い睫毛、整った鼻にぷくっと膨らんだ唇。リュオは……、美しかった。


「……ばっ、バカ野郎」


 俺は自分を戒めた。リュオに触れた手を離す。

 リュオがピクリと動いたような気がしたが……、気のせいか。以前、寝ていても狼がくれば直ぐに気付けると言っていたが、今はよく眠っている。ん?さっきより頬が赤いぞ。……雨に濡れてカゼを引かなければいいが。


 そんなことを考えながらオイルランプの灯りを消し、自分の定位置に戻ると毛布を掛けた。そして膝を曲げて蹲る。


 ……俺は何をしようとしたんだ?相手は子供だぞ。




☆リュオ


 暫くするとイグは眠ってしまった。


 アタシは注意深くイグの呼吸の音を聞く。……これは寝付いた時の呼吸。


 目を開けるとオイルランプが消えたテントの中は真っ暗闇。でもアタシは夜目が利くからイグの顔がはっきり見える。


 まだ心臓がドキドキしてる。一緒に寝るの凄く嫌がってたからショックだったけど……。


 イグはアタシの気持ちを知らない。こんなにアピールしているのに男女のそれとわかってくれない。きっと好きだと告白しても小さな子供が言うことだからと、恋愛として意識してくれないだろう。


 暫くイグを見詰めていると呼吸音が深いもに変化した。

 アタシはビッツ村から持ってきたバックの中から赤い小さな木の実を取り出しそれを持って彼の方に這い寄る。


 そしてイグの鼻の近くでその実を潰した。イグは実の香りを吸い込む。


 ……これで何をしても起きない。



※クロロホルム……。ではないがこの実はネムグミと言い香りには安眠効果と疲労回復効果がある。お腹が空いて眠れない夜もこれがあればぐっすり眠れる。そのため昔から庶民の間では需要のある実だった。父のマイズミンが念の為に持って行くよう指示したのだ。


 お父さん……、これで既成事実をつくれってことだったのかな……?


※違います。お父さんはイグの懐事情を知っていて、満足に飯が食えなくて眠れない夜もあると思ったから持って行くよう勧めたのです。


 でも寝ている間に犯すのは気が引けるんだよねッ!


※彼女は処女です。


 イグの毛布を剥ぎ取る。イグは蹲るように座って寝ていた。


 先ず頭を両手で掴み上げて後ろに押す。イグの顔が仰向けになった。

 少し開いたイグの口元が目の前に現れる。……ゴクリ。


 暫くイグの唇を見詰めた後、頭をブルブルと振って次にイグの両足を掴み後ろに引っ張る。


「よいしょ」


 ズルズルと引っ張り、自分が座っていた所までイグの足を持って行く。


「あと少し。よいしょっ!」


 ゴツッ


 強く引っ張り過ぎて壁に凭れていたイグの頭が床に落ちた。


「ひゃっ!ごめんっ。大丈夫?」


「グ~ グ~」


 良く寝ていた。


「ふーっ」


 額を手で拭う。それから仰向けになっていたイグを横向きにする。


 イグの姿を見てアタシは少し悩む。悩みながら彼に毛布を掛ける。自分がどっち向きで寝るか悩んでいる。

 そしてイグの懐に自分の背中を押しあてて横になり同じ毛布を掛けた。


 イグがアタシを後ろから抱きしめる形になっている。胸元に垂れていたイグの手を自分の胸に引き寄せた。


 今日はこれでいいや。

 ……さっきキスしたくなっちゃった。


※イグの顔を持ち上げた時の話しである。


 でもそう言うのは起きている時じゃないとダメだよね。


 ……こうやって横になって寝た方が疲れも取れるし。それに背中……温かい


 こうして二人は眠りに着いた。





☆☆☆☆☆☆


 翌朝イグが目覚めると、鼻の先にリュオの頭があった。いつの間にか横になって寝ていたようだ。ただこうゆうことは珍しくない。以前ビッツ村を出た後、廃屋で寝た時も朝起きたらリュオを抱くように寝ていたし、他にも思い当たる節はあった。


 イグは自分の腕の中でまだ眠っているリュオを見詰める。そして思いう。


(俺……、寝相が悪くなったな……)



 イグがゆっくり起き上がろうとするとリュオも目覚めた。


「すまん。起こしちまった」


「うんん。ふぁあーっ」


 リュオは大きくあくびをする。



 イグがテントを捲ると、眩しい光が差し込んだ。外は晴れている。







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