第7話 秘密を守れ


 有言実行。俺は寮の台所で、エルとジュリアが作った手料理を食べた。食べたのだが、失礼極まりないことに味など微塵もわからなかった。なんという大罪人。


 頭のなかは、どこかの誰かがあのダマスカス製レプリカソードを持って行ってしまったり、勝手に開封して俺の名前が書かれた領収証を発見してしまう妄想でハチ切れそうだった。


 昼食を済ませた俺はエルとジュリアにお礼を言うと、そそくさ退室。


 談話室へ向かった。


 周囲を警戒しながら談話室の様子をうかがうと、うまいこと無人だった。


 俺はアサシンのような動きで音もなく入室すると、テーブルの上に置かれた箱を手に取った。


 あとはこれをどうやって自分の部屋まで運ぶかだ。


 両手剣が入っているだけあって、箱はそれなりの長さがある。


 こんなものを抱えて、廊下で誰かとすれ違えば確実に噂になるだろう。


 俺がバレずにブツを運ぶ方法を考えていると、女性の話し声が耳朶に触れる。


 俺はすばやく戸棚の陰に隠れた。


「こっちにもジュリアはいないみたいね」

「そのようでござるな」

「行水場へ行く前に、タオルを借りようと思ったのですが……」


 どうやら侵入者は三人。


 俺の残る部下、エリス、トモエ、ルーチェのようだ。


 エリスはショートソードとスモールソードを愛用する少女兵だ。


 トモエは東方出身の女サムライ。


 ルーチェは一応うちの魔法使いである。ただし、使える呪文は三つだけ。


「ルーチェ殿、少し小さいでござるが拙者の豆絞りなら乾いているのがあるので、そちらを使ってはどうでござるか?」

「しょうがないですね。まぁ、それで我慢してあげるのですよ、ん、どうしましたエリス?」


 エリスの、子供っぽい声が聞こえる。


「む~、ふたりともおっぱいおっきくていいなぁ……えい♪」

「ふわっ! ちょっ、やめてください! どこさわって、はにゅッ」


 ルーチェの艶やかな声が聞こえてきて、俺はつい息を乱そうとしてしまう。息を殺す俺がいる場でなんということをするんだ。


「いいじゃんいいじゃん、どうせ誰もいないんだしぃ♪」


 います。君らの隊長さんがここにいますよ!


「ていうか、胸ならトモエのほうが大きいじゃないですか、あっちを揉んでください!」

「ははは。拙者は遠慮するでござるよー」


 トッ、とトモエが俺の前に着地した。


 トモエと目線が合って、俺の頭のなかではギロチンが落ちた。


しかし、トモエはまるで意に介さず、俺から視線をはずしてエリスたちのもとへ戻った。


「さぁさぁ、それでは行水場へ行くでござるよお二方」


 言って、巴はふたりを談話室から連れ去った。


 トモエぇえええええええ! 君はなんて空気が読めた気配りのできる娘なんだ!

 隊長は感動で前が見えませんよ!


 誰もいなくなった談話室で、俺はひとり感動にうちしひしがれた。


 せっかくトモエが作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。


 俺は覚悟を決める。


 箱を抱えると、俺は窓を開け、外から自室へ戻ることにする。


 俺の部屋は二階だが、やるしかあるまい!


 俺は箱を抱えて窓枠にへばりつくと、外に誰もいないのを確認する。


 それから窓を開けて、外へ出た。


 寮の裏の草むらに降りると、廊下の窓から見えないよう、俺は寮の壁にへばりつくようにしゃがんだ。


 進行方法は匍匐前進のみだ。


 デパートの箱を押しながら、芋虫のように地べたを這う元服男児。


 はたから見るとなんともむなしい格好である。


 何故俺はこのような憂き目に遭っているのか。


 これもすべては世の中のミーハー野郎共のせいだ。


 世の中の連中がアーサーアーサーと騒ぐからだ。


 みんなが俺のように冷静で客観的で大人な思考なら、俺は大手を振ってこの剣を買えたしみんなにも見せられる。


『ちょいと握り易そうだったんでね、試しに買ってみた』


 と涼やかに言えた。


 そうだ、全ては世の中のミーハー野郎共のせいだ。

 まわりまわってアーサーのせいだ。


 おのれアーサー。

 許すまじアーサー。

 にっくきアーサー。

 いつかてめぇにたっぷりと説教をしてやる。


 個室でふたりきりで五時間ぐらいたっぷりと。


 途中でのどがかわくだろうから、お茶とお菓子も用意しなくては。


 俺は優しいなぁ。

 アーサーなんかより俺のほうが勇者に適しているんじゃないのか?


 俺は、自室……へ通じる廊下の窓……の下に到着した。


 近いようで遠いなぁ……


 しかしここでくじけるわけにはいかない。


 幼馴染のエルとジュリア、ふたりの手料理を踏みにじり、異国の乙女トモエの温情に預かる俺には止まっているヒマなどない。三人にはあとでお返しをしなければなるまい。


 ていうか、ドS幼馴染アリッサの魔の手が伸びていることを考えると、早くミッションを遂行させなければ危険だ。


 こうしているいまも、アリッサはその腹で暗黒物質を練りに練っているに違いないのだから。


 二階廊下の窓は開いている。


 俺は左手に箱を抱えると、二階まで一息に垂直飛びで辿り着いた。


 窓枠に右手でつかまり、懸垂の要領で体を引き上げる。


 そのまま窓から寮の廊下へ転がり込むと、急いで自分の部屋のドアノブをつかんだ。


「あれ? 隊長?」


 廊下の曲がり角から、エリックが姿を見せた。


 硬直する俺。

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