解体屋は暴走巨大ロボを破壊する

鏡銀鉢

第1話 解体屋


 一陣の風と共に巻き上がる砂埃、枯れ果てた木々とその根元で弱々しく生える雑草もあと何日かで干草になるだろう。


 荒れ果てた荒野に住む動物は皆無であり、その枯れ木だけが唯一残る生物の名残だが、それすらも巨大な足の軍勢に踏み潰された。


 足……金属の足……その先にあるのは巨大生物の胴体でないのは当然だが、かくして、その足が運んでいるのはなんと民家だった。


 ガシャガシャと音を鳴らしながら移動する家、家、家、家一軒一軒全てに金属の足が生え、村ごと逃亡している、この世界ではそう珍しくない光景である。


 逃げている原因はと言えば、それは村の背後にいた。


『■■■■■■』


 回転するギアとモーター音を咆哮にして荒野を疾駆する機械の巨人、それこそ人々の恐怖の象徴たる巨神型自立機甲兵である。


 人間と人工物を無差別に破壊し続ける巨神達に動かぬ家は役に立たない。


 しかし、よほど高性能な脚部や車輪に幸運が重ならない限り、巨神から逃げ切ることなど不可能である。


 巨神と最後尾の家の距離が徐々に詰まっていく、腕の先に装備された三本の鋭い鈎爪(かぎつめ)が家の脚部の一つを薙ぎ払おうと振るわれた。


「それ以上は犯罪だぜ」


 一筋の声と同時に、骨組み剥き出しの腕が弾かれ、巨神はバランスを崩し減速した。

 巨神のボディーから飛び出したコードにぶら下がりながら、声の主は巨神のサーチライト付きの頭部を見上げた。


 上はノースリーブのシャツに下はハーフパンツ、左腕には肘から手首にかけてガントレットが金属特有の光沢を放つ、金髪金眼を持つ整った顔立ちは楽しそうに笑っている。歳は十代後半だろうか。


「ったく、どんだけ堂々としたストーカーだっつうの、いいか、ストーキングっていうのは静かに慎重に相手に気付かれずだ」


 饒舌に語りながら青年は飛び出ているコードやパイプ、骨組みを飛び交って錆び付いた型へ着地すると右手に持っている自らの得物からぶら下がる鎖を強く引く。


 ギィイイイイン


 途端に、青年の得物は金切り声を上げた。


 青年の得物は小さな子供ほどもある巨大チェーンソー、その鎖刃が今、惜しげもなく高速回転を始めたのだ。


『■■■■■■――』


 巨神のギアが強い摩擦音を鳴らしてさきほど弾かれた腕を持ち上げる。


 狙いは当然、自身に停まっている小人だ。


 トン単位の体質量腕が迫っても青年は恐れるどころか、その口元に不敵な笑みさえ浮かべる。


 彼の相棒も嬉しそうに空を切り裂きながら刃を回転させ続けている。


 腰を落として体を安定させると鉄の塊りの動きに合わせてチェーンソーを振りかぶった。


 結果は巨神の惨敗、盛大に火花を散らしながら切断された手首から先は錐揉(きりも)み状に回転しながらひび割れた大地に突き刺さり奇妙なオブジェに早変わりする。


「ロイ! あまり無茶をするなッ!」


 澄んだ、良く通る声に、ロイは軽口で返す。


「無茶? 俺にすりゃこんなの余裕だってーの」


 声の主の名はカイ、巨神の腰辺りにぶら下がり、さきほどからヘルメット越しにロイを睨んでいる。


 体の多くは金属制のプロテクターに覆われており、顔やスタイルはわからないものの、その美しい声を聞けば誰もが細身の美形を思い浮かべる。


 現に、戦闘中はプロテクターで隠れてはいるが、ロイを諌める槍兵は細長い手足に白い肌を持ち、顔は中性的な超美形、人間は自分に都合の良い解釈をする傾向があるため、女が見れば男に、男が見れば女だと思われてしまう。


「いつも言っているだろう、巨神のように体の大きな相手はまず……」


 腰から膝へと飛び降りて「足を狙う!」


 刹那、カイの槍の先端が高速で回転、巨大な火花を上げて巨神の膝関節に食い込んだ。

 カイの武器は槍ではなく正確にはドリル、ロイ同様にその回転力を以って相手を破砕する機械武器である。


 巨神の体がグラつき、カイに穿たれた左膝を曲げて転倒、地面を抉り、大量の土砂を巻き上げ大地にめり込み機械の巨人の足が止まった。


 その間に村はロイ達から遠ざかって行く。


 巻き込まれぬよう、巨神が転倒する前に飛び降り距離を取ったロイとカイの目の前で巨神は地に腕をつけ、ぎこちない動きで立ち上がる。


 錆び付いた鉄骨を寄せ集めたような容姿に加えて、ギリギリと金属が軋む音がBGMとなり、巨人はまるで機械の亡霊のように見えた。


 そういえば昔、子供の頃に見た映画で人間達に捨てられた機械達が合体し、自分達を捨てた人間に復讐をしにくるという作品があったが、今の巨神にそっくりだとロイは口元を緩めた。


『■■■■■■■~~■■■■』


 体から突き出しているパイプから煙を吐き出し、怒り狂ったようにエンジンを爆発させる巨神、無論、機械である巨神に感情は無いが、カメラと思われるレンズがこちら見ていると睨まれているようにしか感じない。


 カイに壊された左膝は伸び切らず、傾いてはいるものの、一応は立ち上がると、目の前の人間二人に襲い掛かる巨神、だが、それが実現することは無かった。


 巨神が腕を振り上げた瞬間に、突如飛来した砲弾が轟音とともに巨神の腰に直撃したからだ。


 せっかく起き上がったのに、哀れ巨大な機械兵は再び地に伏した。


『百発百中~~、リアちゃん、てんさーい』


 砲弾の入射角と同じ方向からスピーカーを通して明るい少女の声が聞こえてくる。


 腰の狂った巨神は立つ事もできず、上半身だけでロイとカイを潰そうと腕を振り回すが、そんな攻撃が通用するほど二人はノロマではない、一瞬で距離を詰めると二人同時に回転する己の得物を巨神の顔面に叩き込み視覚を破壊、間髪いれず左右へ跳ぶと巨神の屈強な肩に刃を入れる。


 ロイの鎖刃とカイの回転刃に、振り上げられた巨腕は機能を停止し、ただの鉄骨となった。


 すると巨神以外のエンジン音が近づく、彼らの住居を兼ねた小型艦である。


 横のハッチが開き、中から小柄な少女が飛び降りる。


 丈の短いキャミソールにホットパンツという活動的な服装で、手には指から先を削ぎ落とした手袋をはめ、額にはゴーグルをつけた笑顔の可愛い女の子だ。


 歳の頃は十代前半に見える。


「そんじゃ、作業に取り掛かりますか」

「おー、頼んだぞリア」


 五体を失ってもなおしぶとく稼動を続けるエンジン音、だがリアがその胴体に飛び乗り腰のベルトに挿した工具達を引き抜き巨神に突き立て電光石火の早業でパーツを外し、最後に一本のコードを切断すると巨神は無念そうにエンジン音を落とし、モーターの熱も枯れていく。


 三人の人間の前に、巨神は沈黙し、ロイは回転の止まったチェーンソーを肩に掛けた。


「よっしゃ、解体終了」




「では、こちらが約束した報酬になります。確認を……」


 巨神の解体が終了し、再び荒野の上に家を下ろした村の中で、ロイ達は村人達から頭を下げられていた。


 ロイのすぐ目の前で頭を下げる村長の右手には札束、左手には硬貨が入っているであろう布袋が握られている。


「…………」


 惜しみない謝辞を捧げる村人達に、ロイは何も答えず村の様子に視線を泳がせる。


 ロクな修繕もされていないバラック(粗末な家屋)に何度もバランスを崩した機械の足達、痩せた村人達を見ても、満足に食べている様子は無い、何よりも報酬は調度五〇万ヨルン請求したのに支払いに小銭を混ぜているところかすると、おそらくは村中の金をかき集めたといったところだろう。


 間違い無い、いくら巨神を倒そうと、何ヶ月もしないうちにこの村は貧困で滅ぶ。


 ロイは小さく舌打ちをすると村長に背を向け、艦に向かって歩き出した。


「あの……報酬は?」


 不思議そうに問う村長に、ロイは振り向き。


「俺らに払う金があるなら、それで種と肥料を買いな」


 と言い残してまた艦に向かった。


 二人の仲間もその背に続き、三人が乗った艦が見えなくなるまで、村人達は泣き腫らした顔を上げることはなかった。





一五年前、大陸最強の軍事大国、アーゼル帝国とバルギア王国は開戦、史上最大規模の大戦が行われた。


 数え切れない犠牲の果てに戦争が終結したのは今から一〇年前、最強の陸戦兵器である巨神型自立機甲兵、通称巨神を開発し、戦場に投入したアーゼル帝国が勝つと周辺諸国の王達は予想したが、両国の命運をかけた総力戦の結果は両国共倒れ、後には制御する主を失い、破壊プログラムのみが作動し続ける巨神だけが残った。


 大陸中の国々は軍を主要都市に配備、巨神を撃退したが、軍を配備されなかった中小規模の町や村は傭兵を雇うことで身を守るしかなかった。


 しかし敵は最強の陸軍兵器、並の傭兵団に敵う存在ではない。


 一台で一騎当千の英傑クラスの戦闘力を持つ巨神を専門にした最強レベルの傭兵団、人々は彼らを――解体屋と呼んだ。


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