勇者派遣会社セイバーグループ

鏡銀鉢

第1話 現代の勇者


 ある日の昼下がり、レイドガルズ王国の首都、エデンガルドに張り巡らされた空中高速道路を鎧姿の青年がバイクで疾駆する。


 赤いマントをなびかせ、金の髪を揺らす青年の右手には銀色の剣。


 黒いスニーキングスーツの上にスネ、胸、下腕、肩を鎧で保護し、額は金属製のヘッドギアで守っている。


 それでも、彼が乗っているのは馬ではなく、白銀のバイクである。


 オートマリネット社が誇るモンスターマシンで勇者派遣会社セイバーグループの正式採用車、フェンリル二〇三〇である。


 タンクに溜めておいた魔力を元にエンジンが唸り、双輪を猛らせる。


 時速二〇〇キロで走る怪物を、腕にスモールシールドを装備した左手一本で乗りまわす青年、ウィルトの金眼は前方の逃走車を見定めて、口からため息がもれる。


「ったく、魔王がいなくなってもこれじゃあ勇者レギスが泣くってもんだぜ」


 右手の剣を振り上げ、ウィルトはお決まりのセリフを口にする。


「犯人に告ぐー! 抵抗はやめておとなしく捕まれー!」

「死にさらせや!」


 なんて雑魚なセリフ。

 そうウィルトが思っていると、白い車体の窓から顔を出す男がショットガンを向けて来る。


「マジかよ」


 躊躇(ちゅうちょ)なく放たれた三発の弾丸を剣で弾いてウィルトは舌打ちをした。

「っぶねえな……待てよ、銃使うってことは魔術の素養は無しか、だったら」


 目の前に爆炎が広がっている。


「へ?」


 バイクを乗り捨ててハイジャンプ。


 爆炎に飲み込まれながら後方へ流れていく一台二〇〇万ゴールドのフェンリル。


 ウィルトの視線の先、逃走車の反対側の窓から顔を出す別の犯人が手に持つのは、勇者学校で見たシロモノだ。


「魔銃かよ?」


 引き金を引くことでインストールしておいた魔術が発動するソレは、魔術の素養が無い人用に作られた、けれど銃よりも非常に高価で威力も高く、魔力を充填しなくては使えない事もあり、商品としては売れず、軍でこそ正式採用されているものの、一般の市場には出回っていない。


「どこの工場から盗んだか知らねーが、車強盗に窃盗の罪もプラスだこのやろう!」


 アスファルト上に着地する前に、ウィルトは下半身に魔力を集中させ、逃走車を越える速度で走る。

 魔力で肉体や武器を強化する術、法術である。


「おらおら追いついちゃうぞこのやろう! そして俺の魔力無駄遣いされちゃうぞこのやろう!」

「げげ、おいもっとスピード出せよ!」


 優れた法術使いなら車より速く走れるが、一般人が歩いて行ける距離でも自転車を使うように疲れる事はしたくないし汗もかきたくない。


 眉間にシワを寄せながら走り寄るウィルトに犯人達は必死に逃げるがレース用ではない、自家用車ごときが勇者から逃げるなど望むべくもない。


「ようし、追いつ……お?」


 前方に見える人影に気付いて、ウィルトは伸ばす手を引っ込めた。


 人影の正体はそれこそ影のように黒い乙女だった。


 黒スーツの上に黒コートを着た暑苦しい格好で、長い黒髪に黒い瞳、かけているメガネまで黒縁だった。


 そんな彼女にあって、唯一黒くないのは、その指にはめられたブラックリングにはめこまれた青い宝石。


「メガフリーズ!」


 彼女が使うのは魔力を炎や冷気に変えたり、特殊な効果を持つエネルギーに変換する術、魔術である。


 法術と魔術、魔力を使ったこれら技術を総称して魔法(まほう)という。


 指輪をアスファルトに向けると一瞬で道路が凍てつき、氷のメッキがみるみる広がっていく。


『うわぁあああああああああああああ!!』


 逃走車はたまらずスリップして、減速しながら高速道路の壁に車体を擦(こす)りつけ、

「おらよ!」

 新たに現れた赤い剣士が全身を大きくひねり、ロングソードで真一文字に車を切り裂いて車の天井が飛んで行く。


 赤いドレスの上に鎧を着た赤髪赤目のツインテール美少女である。


 童顔のせいかウィルトよりも若く見えるが、は同じ一八歳だ。


「うっしゃ! あとは任せたぞ」


 ついにカーブで壁にぶつかり停止した車に、白いシスター服姿の少女が近づく。


 小柄ながらも白い肌をした絶世の美少女で、彼女に微笑まれたらほとんど男は恋に落ちるだろう。


「はい、ご苦労さまね」


 車に歩みよる白いシスターの手が淡い光に包まれ、それを犯人達に見せると計五人の男は頭をグラつかせて寝こんでしまった。


「やったかサーシャ?」


 駆けつけるウィルトに皆が視線を向ける。


「ええ犯人確保よ、だけど」


 サーシャと呼ばれるシスターは、途端に悪魔的な笑みを浮かべる。


「役立たずの隊長さんは何をしたのかしら?」

「ば、ばかやろう! 今回俺は犯人をここまで追い詰めるという重要な役目をだな!」

「追い詰める? アラそうかしら、ここまでは一本道だしアナタが追いかける必要なないんじゃなくて?」


 頭一つ分も小さな少女に見上げられて、ウィルトはたじろぐ。


「なな、何言ってやがんでい、俺が背後からプレッシャーをかけたからこそクロエの氷結呪文が成功したんだぞ、それをお前――」


 キキー ガシャーン!

 ガシャガシャーン!


「うわー、道路が! 道路がー!」

「なんだこれ凍ってるぞ!」


 背後から聞こえる大音と悲鳴にウィルトは振り返り、黒コートの少女を見た。


「ク、クロエ……道路って」

「す、すまん! 凍らせたままだった」

「溶かせ溶かせー!」


 クロエとウィルトは二人で火炎呪文を駆使して氷を溶かし、赤い美少女剣士も剣を振り上げて。


「ヒートブレイク!」


 振り下ろした剣が爆発、巻き上がる爆炎が氷もろともコンクリートを吹き飛ばして巨大なクレーターができた。


「馬鹿野郎! ブレイク系使うんじゃねーよ、だからてめーはいつまでたってもイノシシ女って言われるんだこの馬鹿エリカ!」

「バカってなんだよエロ勇者!」

「男はすべからくエロだ覚えとけ馬鹿剣士!」


 勇者と剣士が争う横で氷を溶かし終える黒魔術師のクロエ。


 彼女には二人を止める気さえないようだ。


 その姿を、白魔術師のサーシャは傍観して笑う。


「ふふ、最高ね」

―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—

 ●第6回カクヨムWebコンテスト 現代ファンタジー部門特別賞受賞作●

【スクール下克上・超能力に目覚めたボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】

 ★2022年3月1日発売です。★





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る