罪罰遊戯・無限再生能力でチートで無双する

鏡銀鉢

第1話 脱走する実験体


「非常事態宣言が発令されました。職員は速やかに避難してください、第一一ブロックから一三ブロック全域を閉鎖します。繰り返します。非常事態宣言が……」


 研究所内を照らす赤い光りと警告音に、職員達は慌てて逃げ出す者から何事かと周りに聞く者、はては避難訓練だろうかなどと呑気に構える者までさまざまであった。


 それでも、今までは話しだけで、直に見ることの無かった完全武装の兵達を見れば誰もが凍りついた。


 彼らが身につけている、世界最高水準を自負する全身を覆った防弾防刃の戦闘用スーツと目や口元すら見えぬヘルメットは装備者の表情や筋肉の微細な動きも悟られぬ筈だった。


 それでも辛い訓練に耐え、人の生き死にに関わってきたはずの兵士達からは鬼気迫る緊張感が遠目からでも感じ取れた。


 手に機関銃を持った彼らに伝えられた内容は『逃亡したサンプルEを捕獲せよ』これだけで数々の死線を越えてきた男達が血相を変えて武器を手に取った。


 なぜなら、そのサンプルを捕まえた者達こそが彼らだったからだ。


 だからこそソレの危険性を、恐ろしさをこの世の誰よりも理解している。


「無傷で捕らえようなどと思うな! 全力で殺すぞ!」

『了解ッ!!』


 血を吐き出さんばかりに叫んだ隊長の言葉は、貴重なサンプルを確保するという任務から明らかに逸脱したものであったが、それに逆らう者はいない、むしろそれが当たり前であるかのように、そんなことは最初から百も承知だと言わんばかりに全ての兵が応えるのだった。


 目的地には先に到着した部隊の血肉が溢れ帰り、僅かに原型を留めていた頭部の目には涙を流した痕跡が見受けられた。


 無論、彼らと同様の装備をしている。


 仲間達の冥福を祈るヒマもなく、隊長は自分達の無力さとサンプルの戦闘力に対する怒りを乗せて舌打ちをすると壁を殴り、声を張り上げる。


「この先の分かれ道で奴を追い詰めるぞ! 四班、五班は右から、六班、七班は左から責めろ! 我々は正面に先回りする!」


 隊長の命令に部下達は力強い声で返してくれるが、その声に頼もしさを感じることはできなかった。


 この惨状を前にすれば誰もが一瞬で理解してしまう、自分達の装備で敵わない事を、例え最後の一人になるまで命を賭しても足止めがせいぜいであることを、だが彼らは兵士だ。


 例えどんなに無茶な作戦であったとしてもそこに主の意向と守るべき存在があるならばやらなくてはならない。


 新規で雇われた職員が迷路と呼ぶ所内を熟知する彼らに先回りは容易かった。


 今サンプルがいるのは地下三階、多くのサンプルを管理するこの階の廊下はどんな大きさの生物でも輸送できるよう広く建設されている。


 その中でも、一つの廊下から三つの廊下に分かれるこの場所は実験機器やサンプルの運搬の際、頻繁に使うことから一際(ひときわ)広く作られている。


 三つの廊下にはいずれも武装した兵士、目の前の廊下には分厚い金属製の隔壁が下りている。


 苦も無く巨大な空間を制圧した部隊は既に一斉射撃の準備を済ませている。


 隊長もサンプルの拘束具に埋め込まれている発信機の電波を受信し続ける小型モニターを片手に目の前の隔壁に意識を集中する。


 五メートル以上離れていても空気を介して伝わる衝撃に全員が身を震わせたのはその時だった。


 何かが隔壁を叩いている。いや、その何かの正体は解っている。だが戦車の主砲の集中砲火にも耐え得る隔壁を軋ませる存在の正体など考えたくも無い。


 あの強固な壁を突き破りながら突進してくるか、それとも壁を吹き飛ばしそれを盾にしながら自分達を殺すつもりか、だが実際にサンプルと戦い捕獲した隊長の思考は、あの化物なら、誰も予想のつかない手段で隔壁を突破し、我々に牙を剥くだろうと判断し、心の準備だけは整えておいた。


 隔壁が破られるのと同時に一斉射撃、隊長が部下達にそう合図した矢先、隔壁の軋みが止まる。


 何事かと思い、思わず目を細め、前のめりになってしまう兵達の前で神秘は起こった。


 隔壁が門に変わる、そんなことを予想できる知将が世界のどこにいようか、しかし、ついさっきまでは硬く下りていた隔壁が今しがた光り、それが無くなると天使や白馬の豪奢な彫刻が施され、親切に取っ手まで付いている白い門に姿を変えたのは事実だ。


 そんなことができるなら最初からやれというツッコミを通り越してその場にいた全員が呆れてしまうばかりだった。


 なにせ隊長は壁が破られたらと言ったが、まずその壁そのものが存在しないのだから。


 我が物顔でこちらにその威容を見せ付ける扉のデザインは、周りの壁や人間達とは明らかにミスマッチでありながら、まるで自分達のほうが場違いなのではと思わせる存在感を放っている。


 それだけの優美さを備えた扉の取っ手は誰が触れることもなく、いとも容易く回った。


 門が開き、門の主が姿を現した。


 かくして、この小一時間の間に数十人の人間を殺した犯人の姿が隊長の視界に入ったわけだが、ソレは門に触れていなかった。


 自動的に、ゆっくりと開く門の様子は、まるで貴族に道を譲り、頭(こうべ)を垂れる使用人の姿を思わせる。


 戦った兵士達に地上最強の生物と言わしめた怪物の、否、その生物の姿は伝説に登場するような龍や鬼のソレではなく、神話に登場する女神のソレだった。


 絹のように艶やかな銀髪は人工の光りの元にあっても光り輝き、魔性の美しさを放っている。切れ長の瞳に小さな唇、一糸纏わぬ姿のせいでおしげもなく晒されている形の良い豊かな乳房や引き締まったウエスト、人外を思わせるほど完璧すぎる扇情的な姿態は真白い肌のせいでより魅力的に感じてしまう。


 万物を生み出した神は何の意図を以って彼女にこんな美しい容姿を与えたのだろうか。


 女神は悠然と廊下が分かれる基点の中央まで歩くと、自らを取り囲む部隊を一瞥する。


 裸体であるにも関わらず今の彼女はどんなに煌びやかなドレスを纏った貴族にも勝る華やかさを持っていた。


 一年ぶりに見た彼女の美しさには前回の戦いの参加者である彼らも釘付けになっていた。


 その容姿と隔壁を一瞬のうちに芸術品へと変えてしまった事態が重なり、皆の頭から隊長の命令は意識の外へ押し出され、発砲する者は誰一人としていない、隊長本人ですら瞳孔を開いて彼女に釘付けだった。


「もう、これはいらないわね」


 美しい声だった。


 どのようにと聞かれても困るが、とにかく彼女の声はどうしようもなく自信に満ち溢れていて、明瞭で、涼やかで、どんな暴君でも彼女に命令されれば無意識的に要求を呑んでしまうだろう。


 そう言って彼女がふと、黄金に輝く瞳を向けたのは自分の左腕に唯一付けていた拘束具の腕輪だった。


 発信機が内臓されているソレを、自分の位置を教えるためにあえてつけていたのだ。


 おもむろに拘束具をはずし、今度こそ完全な裸体となった彼女の右手は不要となった腕輪を投げた。


 彼女の手から離れた腕輪はそのまま落ちることなく空間を直進し、兵士の兜を貫いて廊下に人間の脳髄をブチ撒けた。


 現状が理解できなかった、彼女の姿を見るまではあれほど滾(たぎ)らせていた闘志は失ったまま、彼女を見る眼は動かないまま、ただ視界の端にある血と今まで幾度と無く聞いてきた人間の頭がカチ割れる音で仲間が死んだ気だけはしたが、それだけだ。


「あら、撃たないの?」


 彼女が見せた僅かな口元の緩みに、隊長の意識がフラッシュバックした。


 一年前の惨状を、彼女を捕まえるときに死んでいった仲間達を。


 背筋が凍りついたのは叫ぶのと同時だった。


「撃てぇええええっ!」


 全員の息が合い、三方向から兵士達の絶叫と鉄の嵐が吹き荒れた。


 自分達は何を呆けていたのだろうか、何故彼女の、いや、アレの恐ろしさを忘れていたのだろうか、壁が門に変形したのなんて関係ない、彼女の美貌など関係ない、あの悪魔が姿を現した瞬間に引き金を引くべきだった。


 彼らが装備しているのは三〇ミリメートル口径のガトリング、本来は戦闘機や軍用ヘリコプターに搭載する装備だが、兵士達は人間の動きを補助する人工筋肉入りの強化スーツと組み合わせて両腕で支え、弾薬庫は背負うことで装備している。


 本来は対装甲車用として開発された物ではあったが、彼女との戦いを経て、今では着弾点にもよるが、戦車すら鉄屑にする威力を誇っている。


 戦車装甲を穿つ弾丸が毎秒数千発、この威力に耐え得る生物などいるはずもないが、前回の戦いの記憶が頭から離れない兵士達はとうとう弾薬を最後の一発まで使い果たして、ようやく絶叫するのをやめた。


 大型ガトリングの反動を受け止め続けた体は肩で大きく息をしながら銃口を下ろした。


『あ……』


 兵士達の頬を涙が伝う、彼女は死んでいない、いや、かすり傷一つ負っていなかった。

 まるで見えない壁でもあるように、役目を終えた弾丸は全て彼女の二歩手前に転がりひれ伏している。


「つまらないのね」


 気が付けば金色の瞳は血のように紅く染まり、神々しく光っている。


 冷めた声で言いながら彼女は両手の指をパチンと鳴らす。


 コンマ一秒後に左右の廊下の兵士達は小さな衝撃を感じた。


 それを最後に彼らの意識は途切れる。なぜなら兵が布陣していた左右の廊下が突然炎上し、一瞬のうちに断熱効果を持った装備ごと消し炭になってしまったからだ。


 これでは何故、自分達が死んだのかも理解できてはいないだろう。


 生き残った部隊に戦慄が走る、前回の戦いの記憶がより鮮明に己を支配していく感覚に声が震える。


 そうだ、あれがあいつだ、銀髪金眼の美女は戦いが始まると赤き眼光を迸らせ異能の力を以って何百という人間の命を奪う、生きる大量殺戮兵器となる。


 だが目の前にあるのはあの時を越える破格の力だ。


「バカな……前回の比じゃないぞ、何故だ……なんで、こんな……」

「暇つぶしよ」


 隊長の問いに、魔性の女神は優しく応えた。

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