第32話 正義の立場


「ッッ!」


 亮平の白いシャツが赤く染まり、後ろに仰け反り尻餅をつく。


「長谷、確かにお前の言っているのは正しい、この世の悪全てを殺せば世の中は平和になるだろうさ」

「なら何故!?」


「でもなあ、お前が言っているのはワガママなんだよ、嫌いだから殺す、邪魔だから排除する。

この世は腐っている。

どんな場所でも、どんな組織でも、腐った連中がうじゃうじゃいる。

でも俺達はそういう社会に生まれたんだ。

それはもう仕方のない事なんだよ、周りが自分に都合いい人間ばかりなんて幸せあるわけないんだ。

だからみんな我慢している。

嫌いな奴、反りの合わない奴、いろんなムカツク奴がいる中で我慢したり、考え方変えたり、ムカツク奴とは関わらないで気の合う奴とツルんだりしてる。

悪い奴はみんな殺しちまえばいいなんて、ただのワガママなんだよ!!」


「黙れぇええええええええええ!!」


 ショートスピアを握り、立ち上がる亮平の横を雅彦が通り抜けた。

 次の瞬間、亮平の胸部と腹部から大量の血が流れ出して、前のめりに倒れ込んだ。


「もっとも、俺は親父を探すために聖騎士団に入っただけで平和なんて考えた事もねえよ、今のは師匠の受け売りだ」


 血の池に沈む亮平を確認してから、雅彦は麗華の縄を切った。


「雅彦ー!」


 自由になった途端、麗華は雅彦に抱きついて嬉しそうに顔を肩口にうずめた。


「まったく、あんたの代わりに来た奴弱すぎよ、窓からこいつらが入ってきたら急に気い失っちゃってさ、気付いたらトラックの中よ、もー、あいつら一体何してたのよ!」


(そうか、麗華はそいつらが殺されたのを知らないのか……)


 どんなに気が強くても麗華が一般人である事を考えて、雅彦は戦士の死を伏せる事にした。


 すると、麗華の視線が物言わぬ亮平に向けられた。

 麗華の顔から明るさが引いていく。


「その……死んだの?」

「いや、戦士の生命力なら今夜中に治療を受ければ平気だろう、航時、医療班を読んでくれ」

「オーケー」


 トンファーの男と薙刀の男は大きな出血は無いが床に転がり、那智は涼風同様、亜美に腕をケースで挟まれ動きを封じられていた。


 おそらく、航時が大刀で相手の武器を弾き飛ばし、トドメは亜美の打撃で、といった所だったのだろう。


「ねえねえ、眞子ちゃんが聖騎士団に入るってホント?」

「ホントだぜ、金なら聖騎士団でも手に入るし、譲ちゃんも入団するか?」

「定期的に戦えてお金がもらえるならボクはどこでもいいよ、眞子ちゃんもいるみたいだしね」

「亜美」


 航時に言われて、亜美がアタッシュケースの上からどけると、解放された那智は痛んだ腕を揉みながら息をついた。

 航時が医療班を呼んでいるのを確認して、雅彦も安堵の息をついた。


「どうやらこれで全部終わったみたいだな、じゃあ俺らは帰って――」


 雅彦が言葉を失った。

 雅彦だけではない、その場にいた全員の目が開かれて、体が硬直した。

 麗華を除いた全ての人間は人の枠に入らぬ戦闘力を持った戦士。

 本人の性格や口調がどうあれ、歩んできた人生は一般人の想像を遥かに越える過激なモノである。


 そんな雅彦達でも感じた事の無いほど重い圧力に倉庫全体が支配された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る