第29話 誘拐

 箱舟のメンバー、長谷亮平(ながたにりょうへい)はトラックを運転しながら歯噛みした。


 年は二〇代前半、中肉中背で長い髪は茶色く染めている。


 衝動的な憎しみを抑えながら、亮平は助手席のショートスピア二本を何度も見る。


 仲間達と聖騎士団員三人を殺し、神宮寺麗華(じんぐうじれいか)をさらったのは今から三〇分前のことである。


 今回の作戦、それは戦士達を二つに分けて、陽動のグループが雅彦と航時をひきつけている間に本隊が聖騎士団を統括する神宮寺財閥の総帥、神宮寺(じんぐうじ)和正(かずまさ)の娘、神宮寺麗華をさらうという内容であった。


 ちなみに、自分達が陽動と知ればヤル気が減ると判断されJ・J達には近頃頭角を現してきた若い芽を潰すためと説明されており、麗華誘拐の事は知らない。


「ッッ……」


 だが亮平は不満だった。

 亮平は雅彦と戦いたかったのだ。


 だが私怨が混ざると冷静な判断ができないだろうと、今回の作戦を立てた上司に陽動部隊に入れてくれと頼んだが、このように誘拐をする役目を回されている。


 このような世界にいれば時々ある事だ。


 亮平は以前、聖騎士団との抗争で友を雅彦に殺されていた。


 お互いに殺しあっている状況で相手を怨むなど、被害妄想も甚(はなは)だしいと、そう主張する奴もいた。


 だが亮平にそんな綺麗事は関係無かった。


 悪が憎い、だから箱舟に入ったように、戦友を殺した雅彦が憎い、だから雅彦を殺すだけだ。


 難しい理論は無い。

 ただ感情のままに、憎いから殺す。

 亮平にはそれだけだった。


「くそっ!」


 不意にブレーキを踏んで、トラックは夜の道路に停車した。


「背後の窓を開けて、トラックの荷台の仲間達に告げる。

「おい、俺はこれからその女を餌にして雅彦を誘き出す。だからお前らは雅彦が仲間を連れてきたらそいつらの相手をしろ」


 荷台で拘束した麗華を見張っていた仲間達は困惑する。

 少し迷ってから返答した。


「だが長谷、それでは命令違反に……」

「マズくはないか?」


 弱腰の仲間の声を聞いて、亮平は額に青筋を浮かべてショートスピアに手をかけた。


「ここで俺に殺されるのとどっちがいいんだ?」


 長い沈黙の後に一言、


「わかった……」


 と返ってきて、亮平は顔を歪めた。




 雅彦が電話に出ると、相手は社長の和正であった。


『麗華!? 無事か!? そこにいるのか!?』

「い、いえ、それが俺達が来たときにはもう……」

『その声、雅彦か……一体何があった、説明してくれ!』


 おそらく、社長になにかしらの連絡があったのだろう。


 さすがの社長も娘が誘拐されたとあっては冷静さや普段の軽い口調を保つ余裕など無かった。


「すいません、実は先ほど城谷の付き人をしている倉島亜美が箱舟に誘拐されて、それで俺と城谷は代わりの戦士を麗華の護衛につけて倉島を救出に行ったんですが、帰ってきたときには戦士が死んでいて、麗華はもう……」


『そうか、安心してくれ、君はちゃんと代わりの戦士を呼んでいたんだ。君に非は無いし私も責める気は無い、我々は麗華を捜索する。君達も何か解ったらすぐに連絡してくれ』


「はい、ありがとうございます。でも麗華は俺が護衛を任されていたんです。だからきっと俺が救い出してみせます」

『ああ、期待しているよ』


 それで通話が切れた。

 受話器を置いて、雅彦は壁を殴った。


「箱舟の連中……」


 航時と亜美も肩を落として麗華の身を案じると、亜美がある物に気付く。


「あれ、航ちゃん、これ……」


 亜美がテーブルの上で見つけたのは、一枚のディスクであった。

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