第27話 勝利


「ったく、手にさえ触れなきゃいいと思ったのによ……」


 アキラのスパークする足の先をかわして、航時は舌打ちをした。

 涼風はアイスピック、アキラは素手と、どちらもガードできるタイプの戦士ではないので、とにかくスピードで攻めてくる。

 対する航時は大刀、亜美は巨大アタッシュケースと、自然にパワーで攻める形になる。

 それでも四人はある一定以上のテクニックを持っている。

 箱舟側がスピードで翻弄するか、聖騎士団側がパワーで捻じ伏せるか、その勝敗は雅彦の目の前でついた。

 航時が言う。


「なんかこいつらと戦うのメンドーになってきたな」

「そうだね」

「もういいか」

「大丈夫航ちゃん?」

「ギリギリじゃね?」

「もう、無理ばっかりするんだから」


 軽く頬を膨らませる亜美の頭をポンポンと叩き、航時は大刀を床に突き刺して手を完全に離してしまう。


「何考えてるか知らないけど、武器を捨てて勝てると思ってるのか?」


 アキラが航時に近づき、両手の指を胸板に叩き込む。

 刺突とじみた打撃と電撃の合わせ技を航時は真正面からあえて受ける。


「はっ? お前何考えて――」


 航時の両手がアキラの両肩を掴む。


「言っておくけど俺は慣れているから感電はしな――」


 アキラの喉と呼吸が停止した。

 航時のパワフルすぎる膝蹴りが深く、深くめり込んで、アキラは嗚咽を漏らす。

 航時はアキラをうつ伏せに倒すと背中に馬乗りになって、ニヤリ笑う。


「逆マウントポジショーン」

「ッッ、何で俺の電気が効かない!?」


 驚愕の声を漏らすアキラに、航時は声を大にしながら殴り始めた。


「ヤセ我慢だよボケ! めっちゃ痛かったんだからな! 絶対許さねえ!!」


 体勢の関係上、アキラの手足の爪は航時に届かない。


 体格、体重、筋力で航時より圧倒的に劣るアキラがマウントポジションから抜け出せるはずも無い。


 アキラは気を失うまで一方的に殴られて、三〇発ほど殴られたあたりでぴくりとも動かなくなった。


 そんな事をしている時に、亜美もまた勝負を終わらせた。


 今の今まで、亜美はアタッシュケースを鈍器として使い、涼風にとある先入観を与え、さらに本来の機能を忘れさせていた。


 仕込みは十分、亜美は涼風が両手のアイスピックを同時に突き出したのを見計らって、アタッシュケースを目の前に立てる。


 これまでの戦闘法から考えれば、それは盾、防御の一手である。


 だが次の瞬間、アタッシュケースが開く。


 顔には出さないが、さすがの涼風も意表を突かれたのか、アイスピックを握る手をそのまま直進させてしまい、


「クラッシュ!」


 亜美が勢いよくアタッシュケースを閉じて、涼風は両腕を完全に塞がれる。


 アタッシュケースを横に倒すことで涼風は床にうつ伏せになり、肘から先はアタッシュケースに挟まれたまま、まったく動く気配はない。


 全体重をかけてどっかり座り亜美は可愛く笑う。


「続ける?」


 両腕の激痛に耐えながら、涼風は無言のままに頭を落として床に伏した。


「そっちも終わったみたいだな、じゃあ凶器没収だ」


 航時が倒れている涼風から前掛けを剥ぎ取り、逆さまにするとポケットからはジャラジャラと何本ものアイスピックが流れ出して行く。


「おいおい、まるで四次元ポケットだな、お前まさか二十二世紀から来たんじゃねえだろうな?」


 亜美がアタッシュケースを開けて開放してやると、涼風は自分の腕を揉んで痛みを和らげる。


 その後で、視線を自分の下腹と航時の手にある前掛けで何度も往復させて、妙にソワソワし始めた。


 今までの涼風からは想像もできない落ち着きのなさに、航時と亜美が違和感を感じて、何か隠しているのかと警戒し始める。

 そして涼風は、固い唇を小さく動かして、虫の鳴くような声で、


「……前掛け返して」

「……これ?」


 航時が空っぽの前掛けを返すと涼風はすぐに着て、落ち着きを取り戻す。

 そこで、咄嗟に航時が涼風のネクタイを、亜美が黒のベストを脱がせてみる。

 バーテンダーの象徴的パーツを奪われた涼風はさっき以上に動揺する。


「あ……あの、う……えと、えと……それ……」


 不安いっぱいの顔でオロオロする涼風に二人はネクタイとベストを返して、涼風はまたすぐに着なおして安堵した。

 航時と亜美が顔を見合わせて呆れ返ると、雅彦に声をかけられる。


「どうやら、これで全部終わったらしいな」

「そだな」

「わたしのせいでごめんね」

「家に帰ったらおしおきだからそれ忘れるなよ」

「あうぅ…」

「……んっ、どうした涼風?」


 雅彦の視線の先で、涼風は倒れて動かない仲間達を眺めて、雅彦に呟いた。


「医療班……呼んでくれる?」


 言って、雅彦の服の裾をキュッと掴んで、上目遣いに見上げてくる。


「……仲間」


 驚かされた。

 てっきり感情の無い、まるで機械のようなタイプの戦士だと思っていたのに、今の涼風は明らかに仲間の身を案じている。


「お前さ……こいつらの事好きか?」


 雅彦の問いに、涼風は目を泳がせて語る。


「アキラ……家電選び手伝ってくれる。

 アレクシア……いつも髪のカットしてくれる。

 眞子……あたしの新しいカクテルの味見してくれる。

 J・J……困った事があったら必ず助けてくれる。

 だから…………みんな好き……」


 かすかに頬を染める姿に、雅彦が優しく笑いかける。


「そっか、安心しろ、倒した箱舟の戦士は最初から医療班が回収する事になっている、今から連絡を――」

「涼風ちゃんかーわいー」


 雅彦の声を遮り、突如航時が涼風に跳び付いた。


「ああもうなになにちょっと、涼風ちゃんかわい過ぎだっての、ホント最高」


 航時に抱き締められて、腰や背中を撫でられて、涼風はみるみる赤くなり、息を乱れさせた。


「ヤ……ダメ……」

「ちょっと航ちゃん、涼風ちゃん嫌がってるよ、やめなよー」

「別にいいじゃねえかよ、へぇ、やっぱ涼風ちゃんスレンダーだけど体柔らかいな、気持いぞ」

「アァッ……」


 航時の腕により力が込められて、涼風の声が高くなり、目が多きく開かれて、


「いい加減にしろ!!」


 雅彦の拳でも足でもなく、ヒジが航時の即頭部に叩き込まれて、航時は床に倒れ込んで、二、三度痙攣した。

 涼風が慌てて雅彦の背後に隠れて、雅彦は舌打ちをした。


「まったく、女好きも大概にしろ、倉島もそのバカ犬、ちゃんと躾(しつけ)とけよ」

「う、うん……だいじょうぶ航ちゃん?」


 亜美に揺すられながら、航時は白目を向いて気を失った。

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