第19話 付き合っちゃえよ


 航時が雅彦の部屋のチャイムを鳴らして五度目、中からはなんの返事も無い。


「いないのか……」


 視線は隣の麗華の部屋へ向く。

 今度は麗華の部屋のドアに手をかけた。

 カギはかかっておらず、簡単に開いた。

 玄関には一足の男モノの靴がある。


「やっぱこっちにいんのか」


 勝手にお邪魔して、航時は薄暗い廊下から明りのついているリビングのドアの前に立って、航時は中から荒々しい気が満ちているのを感じ取った。


 やはり箱舟の狙いは麗華だったかと航時は大刀を抜いて、勢いよくリビングのドアを開け放った。


「!!…………?」


 リビングに躍り出し、そこにいたのは二人、一人は雅彦、そしてもう一人は……麗華だった。


「あれ?」


 麗華はソファに座ったまま顔をうつむかせて、雅彦は立ったまま麗華を鋭い眼光で見下ろしていた。

 眉間にはシワが寄り、額には血管が浮かび上がっている。

 鬼のような形相の雅彦がギロッと航時を睨む。


「何やってるんだお前?」

「い……いや、まあ……」


 静かに大刀を収納して、航時は改めて状況説明を要求する。


「これどういう状況だ?」

「麗華が俺に断りも無く勝手に出かけたんだよ」

「う~、だって~」


 視線を反らす麗華にまた雅彦の視線が突き刺さる。


「あのなあ麗華、お前わかっているのか?

 お前は俺という護衛をつける事で屋敷から出て一人暮らしをする許可を社長からもらっているんだ。

なのにこんな事を続けるようならそれこそ社長に報告して屋敷に戻ってもらわないと、俺だって命の保証はできない」


「わかってるけどさー、やっぱ街には一人で自由に行きたいっていうか……」


 なんという面倒な状況だと、航時がもっと遅く来れば良かったと後悔してから、ソファに座った。


「まあ、麗華ちゃんの事は社長から聞いたよ、雅彦の事もな、でも雅彦の言う通りだ、麗華ちゃんが今まで無事だったのはあくまで屋敷暮らしで数多くのボディガード達に守られていたからだ。

屋敷のお嬢様暮らしっていう鉄壁の守りが無い以上、それに代わる雅彦っていうAランク戦士を護衛につけるのは妥当、むしろ執事みたいに一緒に暮らさせたっていいぐらいなんだぜ」


 そこまで言って、航時は雅彦と麗華が怪訝な顔つきで自分を見ている事に気付いた。


「えっ……なんだよその目……?」


 麗華が「航時くんがマトモな事言ってる……」


 雅彦が「お前みたいなお気楽極楽遊び人ヒモ男がそんな事を……」


「俺だって聖騎士団なの!!」


 怒る航時に気圧される二人を見据えて、航時は話を続ける。


「前に言ったとおり、麗華ちゃんは神宮寺財閥を快く思わない他の財閥や企業といった組織に加えて箱舟の連中から狙われる可能性だってある。

 正直俺がここに来たのだってそれが理由だ。

本当なら今ごろ女と酒飲んでる筈なんだからな」


「城谷も同じか」

「ってことは雅彦も考えてたんだな」


 雅彦と航時が視線をかわして、麗華が機嫌を損ねる。


「何さ何さ、二人だけでわかっちゃって、ちゃんとあたしにも解るように説明しなさいよね!

 あたし当事者なんだからね!」


「悪かったな、つまり俺と城谷はこう言いたいんだ。

箱舟は本当に俺達を無視するだけで終わるのかってな……」


「違うの?」


「俺も城谷も若いけど、箱舟の恐さは知っているつもりだ。

目的を達成するために俺らとの戦闘を避けるっていうのは解るけど、それだけで終わるとは思えないな、もっとこう確実な材料を揃えるはずだ」


「社長の娘の麗華ちゃんを誘拐するとかね」


「何せ今まで鉄壁の護衛に守られていた神宮寺財閥の人間が一人暮らしを初めて護衛は俺一人、場合によっても城谷と倉島を入れた三人だけ、それもべったりくっついているわけじゃないんだ。

こんなチャンスを逃して聖騎士団を無視するだけっていうのは納得できないな」


「その分析を航時くんもしたわけ?」

「箱舟の連中の事を考えれば当然だろ」


 また怪訝な顔つきで、


「……雅彦が冷静な分析するのはいいけど航時くんが冷静な分析してもカッコよくないわね」

「うっ、うるせえな!」

「あはは、怒った怒った」


 手を叩いて哄笑する麗華を見て、雅彦が嘆息を漏らした。


「笑っている場合じゃないぞ、お前の護衛は任務だけど、それとは関係なく隣に住んでいるクラスメイトが死んだり誘拐されたら俺だって寝覚めが悪いんだ。

 とにかく今後一切、勝手な行動は許さないからな」


 凄味を含んだ声に、だが麗華は少しも反省する事なく、


「もしかしてあたしの事心配してる?」

「なっ――!」

「へー、ふーん、仕事関係なくあたしの事気にかけてくれるんだー、あんた結構可愛いじゃん」


 笑いながら麗華が雅彦の頬をつついて、雅彦が慌てて後ろにさがる。


「なんでそういう事に、てか可愛いとか言うな!」

「あはは、慌ててる、可愛いねあんた、可愛いよ」

「ッッ!」


 そんなやり取りを見て、航時が一言。


「てかお前ら付き合えっちゃえば?」

「「はい?」」


 聞き返されて航時はソファに体重を預けなおす。


「だって彼氏彼女になっちゃえば学校でも放課後でも一緒にいたって誰にも怪しまれないし、尾行よかいつも一緒にいるほうが雅彦だって守りやすいだろ?

ここ社長のマンションなんだからいっそ壁ぶち破って麗華ちゃんと雅彦の部屋を繫げちゃうとかどうだ?」


 航時の提案に、雅彦が檄を飛ばした。


「バカ言うな!

 男と女っていうのはなあ、そう言う理由で付き合うもんじゃないだろ!

 もっとちゃんとお互い好きあってだな……」


 以外にも顔を赤くして敏感に反応する雅彦に、麗華は意地悪く笑って、


「あたしは構わないよ」


 と答える。

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