第15話
ジメジメした夏の暑さは嫌いだ。身体が重くて重力に逆らえない。できればクーラーの効いた部屋で一日中本を読んでいたい。
夏休みになればそれも出来ると思いきや、今年はやけにクラスに馴染んでしまったので、今日はオミ達に誘われてプールに行く事になっていた。
ハナと僕は上下黒の首まで覆うラッシュガードとレギンスにフード付きパーカーを頭から被り日陰で本を読んでいた。
「せっかくプール来てんのに泳がないの?」
鍛えた腹筋を惜しげもなく晒した青いサーフパンツ姿のオミが、水に濡れた頭を振りながら近づいてくる。
「僕泳げない」
「めんどくさい」
僕らは口々に言って本に眼を戻した。オミは「何しに来たんだよ」とブツクサ言っている。
「陽キャの生態観察」
サングラスを掛けたハナがまた身もふたもない事を言うので僕は吹き出してしまった。オミは眩しそうに眼を細めて僕に手を差し出した。
「泳げないなら教えてあげるから行こうよ」
「いい…」
尻込みする僕とオミの後ろから他のクラスメイトが声を掛ける。
「オミー!ウォータースライダー行こうぜ〜」
「分かったー。ほら、ヨウもハナも行こう」
「私は遠慮しとく。ヨウちゃん行ってくれば?」
「イヤだよ。ハナが行くなら行く…」
「しょうがないな。早く親離れしなよ」
―親離れ?ハナが親なの?
サングラスをタオルの上にぽいと投げ捨てたハナは、めんどくさそうに立ち上がって僕の手を取った。
「行くよ」
こういうところが格好いいなあと思うのは、僕の贔屓目だろうか。思わず「ついて行きます」と言いたくなる。
水に入るから僕も眼鏡を外してタオルの上に置いた。外してしまうと見づらくなるけど、乱視が強いだけなのでそこまで不自由はない。
後ろをついてくるオミが残念そうな声を出す。
「2人とも色気ない水着」
「オミ、想像力を働かせろ。見えそうで見えない美学に気付いたら1人前だ」
自分だって未成年のくせに大人ぶった口調のハナに笑いが漏れる。
「見えそうで見えない……」
呟くオミの視線を背中に感じる。ハナは僕の手を引っ張りながら持論を展開している。
「露出すればいいってもんじゃない。濡れてぴったり貼り付いた布地から最大限に想像できる身体の線と、髪から肌へと滴る雫のエロティシズム」
「…なるほど。勉強になります」
―真面目か。
こういう時の彼女はやたらと饒舌だ。今度は一体なんの研究をしているのか悩ましい。18禁の官能小説を薦められたらどうしよう。ハナはラッシュガードに包まれた細い腕を振り回して熱弁をふるった。
「太陽光とプールの水で潤んだ瞳に水滴のついた睫毛、しっとり濡れた唇。少し開いた日焼けしてない胸元に吸い込まれる雫の行方を想像してみろ。いや、考えるな、感じろ」
「ハナさん、師匠と呼ばせてください」
いつの間にか合流した男子達が彼女の話に聞き入っている。何故炎天下のプールでエロスについて語り始めたのか謎だけど、妙な権威を獲得してしまったらしい。
―うわあ…。ハナ、オヤジっぽい。もう帰ってもいいかな。
僕は少し後ろに下がって、一緒に来ていた4〜5人の女子に合流した。カラフルなワンピースやビキニタイプの水着を着た彼女達に紛れていた方が今は落ち着く。
「サヤマっちも滑るの?」
「うん…泳げないけど大丈夫かな」
「大丈夫だよー。面白いよ」
そうは言われてもとぐろを巻く巨大な蛇にも似たウォータースライダーが近づくにつれて帰りたい気持ちが大きくなる。運動神経には全く自信がない。
青い顔をしている僕に気付いてオミがこっちに歩いてくる。
「行く前から青くなってるし。やめとく?流れるプールもあるよ?」
「…プールに流される自信はある」
「あたしの浮き輪貸してあげる。うちらが滑り終わるまで使ってていいよ〜」
もうほっといてほしいと思ったけど、親切な女子に浮き輪を被せられて、僕は仕方なく行き先を変更した。
ハナはどうするのかと見遣ると、既にウォータースライダー待ちの長い列に並んで周りの男子にまだ何か講義している。
―あ、ダメだ、あれは完全に独走モードに入ってる。
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