第7話

 今日のハナは機嫌が悪い。

 黒いパーカーのフードをすっぽり頭からかぶり黒のスキニーパンツに包まれた細い足を投げ出して、時々何か唸っている。

 学校から解放される休日はどちらかの家に入り浸るか、自分の興味を追求する彼女が独りでどこかへ出掛けてしまうかだけど、どちらにせよ僕は本を読んで過ごしている。

 彼女が集めてきた謎の物体が溢れた雑然とした部屋で、お互い口もきかずにダラダラしてるのが落ち着く。


 例のノートに何か書き込んでいた彼女はイライラしたように鉛筆で紙面をぐしゃぐしゃにしている。

 幾何学模様のラグの上に寝転んで図鑑を開いていた僕は、目線だけを上げて彼女を見上げた。

「どうしたの?」

「オミが…いや、なんでもない」

 彼女の口から出た名前に胸がざわついて、いつもなら聞かない事情も掘り下げたくなる。

「別に誰にも言わないし、ていうか話す人もいないし言ってみたら?」

「…正確にはオミじゃないんだけど。最近知らない女子達に『オミ君と仲良くするな』って言われたんだよね。仲良くなんてしてないのに意味が分からない」

 ここ数ヶ月で知ったけどオミはモテる。明朗で快活で賢くて容姿も悪くないとくれば老若男女放っておかないだろう。何故僕らに構うのか不思議なくらいだ。

 ハナは赤い唇を尖らせて鉛筆の尻を噛んでいる。小さな歯型のついた鉛筆が得難い彫刻のように見えてしまうのは多分僕の頭が湧いているせい。

 

 綺麗な見た目に反して突発的な行動を取る彼女を同年代の女子が理解出来るとは思えない。生まれた時から一緒にいる僕ですら分からないのだから。

 ハナにしてみても、同年代の子の気持ちは分からないのだろう。流行の話題や恋バナを好みがちな彼女達に宇宙や鉱石や中世の拷問器具の話などして引かれているのを何度も見た。僕は次々移り変わる彼女の話題についていく為に色んな本を読み漁った。

 

 でも彼女達の気持ちは僕にも分からない。結局気の利いた言葉も浮かばずに、下手な慰めは余計彼女を苛立たせるだけという経験則から、ただ同意するだけにした。

「そうだね。分からないね」

「身体にしか興味がないって言ったらひっぱたかれたんだ」

「うーん…それは誤解されたかもね…」

 僕は眼鏡を外して目頭を揉んだ。頭が痛い。まさか解剖的な意味でそう言ったとは思われないだろう。飾り棚に置かれた蝶の標本と人体の骨格模型を眺め、彼もアレと同列だと説明したところでますます誤解される気がした。


「意味が分からないからやり返したら職員室に呼ばれて説教された。私は悪くないのに」

「やり返すのは良くないよね」

「黙ってやられてろと?」

「言葉で説得するとか」

「お互い理解できないのに?」

「うーん…」 

 僕は言葉に詰まって頭を抱えた。最近よく職員室に呼ばれているのはそういう訳だったのか。ちょっとオミにも言った方がいいかもしれない。

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