剣も魔術も使えぬ勇者-無能な僕がやがて英雄に至る物語-

138ネコ

第1章「旅立ち」

第1話「剣も魔術も使えないので勇者で登録します」

 引き籠り続けて早5年、僕は15を迎えたばかりの無職だ。

 母は早くに亡くなり、父が男手一つで僕を今まで育ててくれた。

 そんな父から15になった僕に伝えられた言葉は「養うのはそろそろ限界だ、家を出て冒険者になってくれ」だった。

 

 僕が今住んでいる場所は、国の中央都市から山2つ程離れた、農村よりは活気があるが都市と言うには、寂れた感じの中途半端な町だ。

 父は商人ギルドに登録してある商店で働いている。と言っても小間使いのようなものだ。

 なので僕が継げるような家業はなく、自分で職を探そうともせずに引き籠っている事に父は限界を感じたのだろう。

 いつかはこんな日が来るとは予想していただけに、驚くことは無かった。


「町の役所に冒険者ギルドがある。話はつけてあるから今から行ってきなさい」


 普段はお酒をあまり飲まない父が、コップに酒を注ぎながら、僕に振り向こうとせず背中を向けて話しかける。

 昔は大きく感じた父の背中が、今はとても小さく感じる。

 

「それじゃあ、行ってきます」


 もう戻って来る事は無いだろう。我が家を出た。



 ☆ ☆ ☆



 家で出て、まずは床屋へ向かう。

 最後に髪を切ったのはいつだっただろうか? 出がけに父から「これで身なりを整えてから行きなさい」と渡されたお金で、だらしなく伸ばしっぱなしにしていた髪を切ってもらう。

 先ほどとは違い、少しは清潔感が出ただろうか? 露店で買った、まだ割と綺麗な感じの中古の服を着て、鏡に映る自分の姿を確認する。

 ここいらでは特に珍しくもない栗色の頭に切り揃えられた短髪。そして道行く人達となんら代わり映えの無い地味なシャツとズボン。

 うん。どこからどう見ても普通の村人だ。


 身なりも整えた事だし、町の役所を目指すか。

 役所はちょうど町の中央にあり、役所の中には冒険者ギルドや商人ギルド等も一緒に設立されている。

 5年間引き籠っていた僕でも迷う事は無い。


 そもそも、引き籠っていたと言っても、早くに亡くなった母の代わりに家事全般をやっていたので、雑貨や食材の買い付け程度には外出している。

 勿論僕だって最初から家事手伝いで引き籠っていたわけじゃない。一応昔は学園に通っていた事もある。イジメの標的にあって辞めてしまったけど……


 歩くこと20分。役所の入口についた。



 ☆ ☆ ☆



 役所は横長の大きな建物で、中央には案内所と大きく書かれた看板が立てられており、その横にカウンターが設置されている。


「冒険者登録したいんだけど、どこに向かえばいいですか?」


「違約金を払えと催促状が届いたのだが、これはどこの受付に行けばよろしいかね?」


「姉ちゃん、仕事なんて良いから俺達とイイコトしようぜ。ヘッヘッヘ」


 案内所のカウンターに並んだ職員さん達に色んな人が声をかけている。酔っぱらって若い女性職員さんに絡んでるガラの悪い連中もいる。

 ガラの悪い連中はすぐ近くにいた、屈強そうな男性の職員さんにボコられ、「覚えてやがれ」と捨て台詞を吐きながら僕の横を抜けて、役所から逃げ出した。

 

 役所の周りには酒場が多い。冒険者ギルドや商人ギルドに出入りする人達が、儲け話や仲間探し等によく利用するからだ。

 故に、こんな真昼間から酔っぱらって役所に迷惑をかける事も珍しくないのだろう、ガラの悪い連中と職員さんの一連の騒ぎを誰も気にも留めておらず、僕だけがポカーンと口を開けて一部始終を見届けていた。 


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 僕に気付いた屈強そうな職員さんが、近づいて声をかけてきた。

 白いシャツに黒のズボン。その上から革製の鎧をつけており、腰には剣を携えている。

 僕よりも頭2つ分以上高い背丈に、角刈りの黒髪、逆三角になった目からは威圧感を感じる。


「あの……その……冒険者としてギルドに登録しに来ました。父から話をつけてあると聞いて」


 しどろもどろになりながらも、必死に言葉をつなぎ合わせる。

 屈強そうな職員さんの威圧もあるが、ここ数年まともな会話はほとんどしていなかったから、どう話せばいいかわからなかった。


「そうか、君か。お父様から話は聞いている、ついてきなさい」


「あっ、はい」


 屈強そうな職員さんの後についていく。

 入口の案内所のカウンターを抜けると壁に突き当たる、壁は大きな木の板になっており伝言や依頼書が大量に貼り出されている。

 右手に曲がり、しばらくまっすぐに行くと左手には中庭が見える。木人形が何体か立っているから訓練所のようなものだろうか? 


 中庭の横を通り抜けると、入り口についた、入口の上には”冒険者ギルド”と書かれた木の板がかけられている。

 堂々と入っていく屈強な職員さんの後ろを、猫背になりながらキョロキョロしながらついていく。思ったよりも人が少ないな。


「想像よりも人が少ないと思っただろ?」


 一瞬立ち止まり、こちらをチラリと見る。

 考えてた事を見透かされて一瞬ドキっとする、ごまかすように愛想笑いを返すのが精いっぱいだ。


「ここは基本平和だから、あまり冒険者ギルドへの依頼が無い。登録や任務完了の際に、他の冒険者ギルドへの連絡してもらうために立ち寄る冒険者が殆どなんだ」


 緊張してる僕に対して気を使ってくれるのだろう、歩き続けながら色々と話をしてくれる屈強そうな職員さんに対し、「なるほど」「そうなんですか」しか返事が出来ない自分が悲しい。せめて買い物するときに店員さんとおしゃべりぐらいして、会話の練習をしておけば良かった。


 冒険者ギルドの奥に『登録所』と書かれた看板が立てかけられている。どうやらここが冒険者として登録する場所のようだ。

 カウンター越しにいる職員さんは、いかにもチャラそうな、茶色い長髪のおじさんだった。


「ボウズは冒険者希望か、じゃあまずは登録からだ。登録する名前は好きな名前を書けば良い、本名でも良いがカッコイイ通り名をつけても良い。ただし一度つけた名前を変える際には金がかかるからよぉ~く考えてつける事だな」


 屈強そうな職員さんとは正反対な性格の、見た通りチャラいおじさんだった。


「どうしたボウズ、俺の顔に何かついてるのか? それとも俺様に惚れちまったとかはやめてくれよ、俺にそんな趣味はねぇからな。文字が書けないなら代わりに書いてやるし、良い名前が思いつかないなら俺がスッゲーカッチョイイ名前を決めてやっても良いぜ?」


「自分で書けるので結構です」


 渡された登録用紙を見て、記入欄を一つづつ埋めていく。


「ほう、そうか、どうやら読み書きは出来るみたいだな。それなら冒険者なんていつ死ぬかわからないヤベェ仕事なんざ辞めて、商人ギルド辺りで真面目に働いたらどうだ?」


「学園には通ったのですが、卒業する前に辞めてしまったから肩書が無いので、多分雇ってくれるところがありません」


「あぁ、そりゃあわりぃことを聞いちまった。俺も同じように中退した身だからよぉくわかるぜ。卒業の肩書が無いと門前払いばかりで話にならねぇからな」


 両手を上げて、やれやれといった感じだ。

 そんなチャラい職員さんを、屈強そうな職員さんが少し悲しそうな目でみて居た。


「お前はそのおかげでここで働けるんだ、それでは不満か?」


「ハッハッハ、旦那の言う通りだ。ボウズもギルド職員の募集があったら冒険者なんて辞めてさっさと応募する事だ。それまでに命があったらの話だがな」


 チャラい職員さんの話は適当に聞き流しながら、登録書を書きあげた。屈強そうな職員さんは表情こそ変わらないものの、先ほどよりも空気が柔らかく感じる。

 もしかしたら、このチャラい職員と仲の良い友人なのだろうか、性格が正反対だからこそ合うものがあるのかもしれない。


「なるほどな、習得している剣術無し、使える魔術無し、それ以外の戦闘技術も無し、となると登録の職は勇者だな」


「勇者ですか?」


 勇者と言えば、おとぎ話や英雄譚に出てくるあの勇者だよね?


「あぁ、勇者だ。大昔は冒険者の憧れの職業だったんだが、勇者の定義が曖昧でな。いつからかお前さんのように剣術も魔術も何もない奴が『職業:パーティの雑用係』じゃあまりにもあれなんで『勇気だけしかない者』って感じで勇者を名乗るようになったんだが。まぁ言葉遊びみてぇなもんだ、気にすんな」


 よくわからないけど、そういうものなのか。としか言えない。


「それよりも勇者なら登録の前に勇者の訓練を行う事になる。今からやるが準備は良いかぁ? もちろん準備が出来てなくてもやるけどな。さぁ中庭に行くぞ」


 勇者の訓練? いきなりそんなの聞いてない!?

 剣術も魔術も使えないのに、中庭で一体どんな訓練を行うつもりなんだ?


 チャラい職員さんの先導で、僕と屈強な職員さんはその後をついていく。

 この中庭で、木偶人形相手に戦闘訓練でもするのだろうか?


「いいかボウズ、今から俺が勇者としての見本を見せてやるからな。目耳かっぽじってよぉく見て、よぉく聞けよ」


 見本を見せてやる、と言ったチャラい職員さんが腰を軽く落とし、両手を強く握る。

 すると”屈強そうな職員さんが”腰に掛けてる剣を引き抜き、木偶人形を一閃で切り倒した。


「マジ旦那かっけぇっす!」


「その剣技、まさに鬼神の如し!」


「今日も冴えわたる必殺剣に、男の俺でも惚れちまいそうっす!」


「いよっ! 脳筋!」


 はぁ?

 あっけに取られるが、その間に次々と木偶人形を倒していく屈強そうな職員さん。

 屈強そうな職員さんが木偶人形を倒すたびに声を張り上げ、バリエーションを変えながら褒めちぎるチャラい職員さん。


 ちょっと何をやっているのか、僕には理解できないよ。

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