第7話 〈凶運のチタム〉

 無邪気な少年は、ぴょんぴょんと子供のように跳ねて、快哉。

「次は、おまえの番だ!!でござる!!」

 遂に、チタムが冷刃を放つ。

 数秒後、バーツはあんぐりと顎を落とした。チタムは、

「あーーーっはっはっは!!」

 大地に笑い転げていた。

「オレが当てるって思った?! 戦場以外で?! オレのふたつ名って、知らねえ? 〈凶運のチタム〉!!」

 げらげら笑い転げるチタム。

 事態が理解できないバーツ。

 四百人は、

「そうだよな」

「チタムがあたるわけ、ないよな」

「ふだんの訓練での命中率は、百発百中ならぬ百発百ハズレ、のチタムだもんな」

 皆、うんうん、と納得してうなずきあっている。

「だが、チタムは練習時はハズレまくりでも、戦場では必ず、当たるんだよな」

 バーツはカッとなった。

「悔しがりもせぬのか!!」

「だってオレ、マジ実戦だと当たるんだもん」

「信じろというでござるか!! 否や、それが真なら、当たらぬと己を知っていて勝負を申し込んだとの自白!! ますますもって信頼しがたい!! しがたいにもほどがあるでござる!! 貴様等も貴様等だ!! 訓練で不当、戦場で百中など、たばかられてるに決まっていよう!! これほど明々白々に信頼不能の男を、なぜ信頼するでござる!!」

「いや信じなよ、信頼しろって、あんたのためにさ」

 舌を出すチタム。

 バーツに静かな憤怒が満ちて、毛穴から吹き出すかのように錯覚された。

 だが動じないチタムは、

「お近づきの印にどうだろ、これ、あんたに贈るよ。手作りの護符」

 首に下げた皮紐をもちあげると、先についた札が揺れた。木の札に、似顔絵の焼き印。

「これを身につけて祈るだけで、的に当たるようになるんだぜ」

 バーツは、チタムがぐるりと四百人を見渡す視線を追いかけて、絶句。

 大の大人も、少年も、八割がたが、下げていた。

 ふざけたチタムの顔の焼き印のふざけた護符を、胸に。

「チタム教、って云ってるんですよ」

 ニンジンが楽しげに言った。バーツは制御がもうきかず、殴りかかった。

 吼えるのは怒りか、悔しさか、やるせなさ故か、カクパスには、なぜバーツがここまで、初対面のチタムを激しく否定できるのか、異様と映る。

 気になるのは、というあの言葉。

 そのとき、バッシャーンと派手な音とともに、重たい水が乱闘する少年達へ落下。全員、振り向き、アカブが放った大量の水だったと理解。

 アカブの顔には、筋がピクピク脈打っている。

 刃の形にせず放ったのだ。

 全員の目を覚ますため。

「ハグアル団、十一隊から二十隊!!! ただちに出動!!」

 反射的に背筋がビッと立つ、戦士たち。

「都で、事件だ!! さる大貴族が襲撃され、人質にされた!! 敵を皆殺しに行くぞ、野郎ども!!」

 バーツが濡れそぼった体を跳ね起こし、

「誰が? 誰が人質に取られたでござるか?!」

「お前が知る必要はない!!」

 アカブが言う横で、一瞬先に都からの使者が口ごもって、バーツの顔を伺っていた。

 バーツにはそれで十分だった。

「な!! 吾が祖父殿が…!」

 アカブの渋面が、その見事な返答となる。

 カクパス、さっと青ざめた。

「相応の部隊が出ると知っているでしょうに、エブ将軍を人質に選択するとは、おそらく相当の実力。どれほどの兵が倒されるか。僕たちの隊も、ただちに都へ向かわせて下さい!」

「そうでござる!! 行こう! 皆の者!!」

「いかん!!」

 アカブが厳しく、身内を拒む理由も説いた。

 バーツは肩を落として、引きさがる他なかった。

 速やかに戦支度を終えた十の隊を率いて、アカブは出撃していった。


 残されてすぐ、バーツはカクパスに告げた。

「じゃ、行こうぜ」

 ニヤリと笑っている。

 カクパスも平然と、

「皆さんも、異存はないですね? 鷲十七隊の倉の鍵を開きます」

 他の鷲団の少年隊長たちは誰も、そんな度胸はないらしい。

 十七隊だけが、戦闘準備を開始した。

 立ち並ぶ倉は、立ち並ぶ寮に囲まれている。

 真っ暗な庫内に松明をかざして、木と皮とチクレで裏づけされた防具を取り出し、身につけていく。

 互いに点検しあう。

 かめも取り出し、頑丈な網の袋で担う。

 水は都で注入する。

 先に行った大勢の武者の足跡で荒らされた密林の細道。

 迅速に追って都に入り、ある路地に着く。

 カクパスは見た。

 バーツの被っていた仮面がみるみる剥げて、頭を抱えるその姿は、目をそむけたくなるような痛々しさ。

 敵・アフの姿の見える路地。

 アフと同じ屋根の上で脂汗をかき、白目を剥いて足を投げ出す人質の老人エブの姿もまた、見える路地。

「大丈夫ですか。僕は指揮官の元へ、参戦の談判に行きますが。どうか、戻るまでは」

 その場を離れたカクパスの背後で、長身は呻いて、崩れ落ちた。

 充血した目。

 丸まった背と結い髪が、小刻みに震えた。

 祖父を失ったら、という恐怖か、老体で重傷の祖父の痛みを想像しての苦しみか。

「何故、ふざけてばかりいたでござるか。何故、甘ったれていないで、しっかりして見せなかったでござるか。もっと、優しく、たくさん、優しく、本当は、し申してさしあげたかったと、何故、今ごろ……今ごろ……!!」

「大丈夫、あたしたちの隊は強い。隊長、カクパスは最高の頭脳を持つわ」

「それに何より」

「〈凶運のチタム〉が、いるんだから!!」

 十七隊の全員が、声を合わせた。勇気に満ち、生き生きとした表情は、心の折れかかった者への、温かな力づけとなる。

 そのはずだった。

 バーツの血走った目はしかし、睨み返した。

「ほざいてろ。吾が信じるものは、吾の存知、これのみ!!」

 励ました側の顔が、憎悪に染まる。

 ちょうどカクパスが戻ってきて、ごくりと唾を呑みこんだ。

「皆さん、お仕事を拝命してきましたよ。ただし、水運びです」

「なぜ!!」

「その役割でなら、現場にいてもいいと。足手まとい扱いです。ただ、僕の読みでは、ここで問題を起こさなければ、出番はやってくるでしょう」

「なあ、カクパス、バーツを本当にうちの隊員にしなきゃダメか?」

「俺、やだぜ」

「なにが『吾、存知せり』よ」

 バーツにとっては初めての、あからさまな『存知』への悪意の言葉だった。

 どうすればいい? どうすればよかった? 心臓が鳴る。皆を見渡す。


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