第26話 早仕掛け

 さて、前回の攻略の経験を元にして言えば、修学旅行後の大きなイベントはクリスマスと正月、バレンタインの三つしかない。

 前回との違いは色々あるが、大きな流れとしてはこのままだろう。

 昔のように運動、勉強、バイトをグルグルさせながら日にちを進めていく。

 前回のクリスマスは吉川よしかわをクリスマス会に誘って振られたのだった。

 となると、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。


「おい、そろそろ攻略ヒロインを決めないと怪しい時期じゃないか?」


 どうせ毎度のように自己主張が激しい返答が返ってくると思っていた。

 しかしながら、意外にも静かだった。

 まさか、今回はもう消えたのか?

 不安に駆られながら椅子ごと振り返ると、三人が何故か譲り合っている光景が見えた。


「何かさぁ、らしくないんじゃないの? そういうの」


 しかし三人の静かな会議は終わらない。

 釈茶しゃくてぃがこちらを向き、苦笑した。


「このゲーム、予想外の要素が多いからさ、少し様子を見た方がいいかも、と思って」

「言いたいことは分かるが、そんなの何番目でも同じだろ」


 何度か視線を彷徨わせていたが、決意が固まったようにこちらを見据えた。


「それもそっか。じゃあ、大岡部おおおかべ先輩の攻略よろしく。バイトを増やすとチャンスが増えると思う」

「はいよ」


 運動と勉強も少し残しつつ、バイトの比率を高めていく。

 クリスマスが近付いてきた十二月、最初に大岡部先輩と会話イベントが起こったのは運動中だった。

 まあ、バイト中に桃山ももやまや吉川との会話イベントが発生しないわけでもないから、運動中に桃山ではなく大岡部先輩との会話イベントが始まることもないわけではない。

 しかし、会話の雲行きが少し不穏だった。


『大岡部先輩、俺に隠していること、あるでしょ?』

『女子は多かれ少なかれ秘密を持っているものよ。あなたも分かるでしょう?』


 何だ? 脈絡がなさ過ぎて意味分からん。

 このタイミングで釈茶が叫び声を上げた。


「あの女、やりやがったわね!」


 大岡部先輩が何をしたって言うんだ?

 娘にしか分からん何かがあったのだろうか。

 大岡部先輩が余裕の笑みで対応する。


『私の秘密を知ったのなら、その理解に沿って行動してもらいたいものね。楽しみに待っているわ』

『え? 理解に沿った行動? 楽しみ? 俺が突き止めたことといえば、大岡部先輩は俺の他にも契約者を隠しているってことだが……』


 彼氏契約に他の契約者がいるってことはつまり浮気や二股みたいな感じか。


「今サラッとヤバいこと言わなかった? てか、それいつ知ったの? ゲーム的にそんな伏線全くなかったけど?」


 しかし大岡部先輩の余裕な態度は崩れなかった。


『誰が漏らしたのかしら? 契約に従って訴訟を起こさないとね』

『い、いや、具体的にどこの誰なのかは知らないが、ともかく他に契約者がいることだけは分かったって話だ』

『そちらですか。そちらに関しては秘密でもなんでもないですよ。元々ああいう契約ですから、隠す努力が必要なのは契約を受けたあなたたち側ですし?』

「あ~、契約書のすみっこの方に書いてある感じのやつ?」


 釈茶から𠮟責される。


「契約したの父さんでしょ!」

「俺がそんな細かいところ見ると思ってんのか!」


 大岡部先輩は穏やかな口調で告げる。


『そもそもあの契約はあくまでフリをすることが目的。フリをする人間が何人いたとしても、フリをしている一人でしかないあなたに浮気だ何だと咎められる筋合いはないと思いますが』

『ぐっ……』


 大岡部先輩が微笑を浮かべ、


『でも安心してください。私はまだあなたとの契約を切るつもりはありません。その多重人格っぽいところも興味深く思っていますし、桃山さんや吉川さんとの繋がりもありますからね。これからも私を楽しませてください』


 会話イベントが終わると、後ろで口論が始まった。


結二ゆに、あんたの方から仕掛けてくるなんてね」

「確実に生き返るためには遅かれ早かれやらなきゃいけなかったことよ。それに、報復を受ける覚悟ぐらいはあるわ。……まあ、百子ももこちゃんはそっちが仕掛ける余地があまりないと思うけど」

「実際そうなのよね。他の男をけしかけるぐらいしか思い浮かばない」


 どうも、さっきのイベントにはあいつらが一枚噛んでいたらしい。

 以前から何かやっていたのは知っていたが、相変わらずどうやって干渉しているのかは謎だ。

 すみれは二人の争いには乗らずに声を掛けてきた。


「ともかく、あの大岡部という女が浮気性だというのは間違いないでしょう。そういう趣味でもないのなら、手を引くべきでは?」

「つっても、フリをしているやつが何人かいる程度だろ? 仮にマジの彼氏がいたとしても、浮気されるそいつが悪い」

「浮気する大岡部が悪い、とは言わないのですね?」

「このゲームはそういうもんだからな。もっと長い目で見ればクソだと思わないこともないが、クソ野郎はお互い様だ」


 苦笑が聞こえた。


「はい。今更でしたね、お父様」


 じわじわとクリスマスが近付いてくる。


「そういや、あいつは秘密を隠しているんだろ? 彼氏契約を交わしたやつが複数いるのは秘密じゃないらしいから、別の何からしいけど、お前らは分かるの? ちなみに俺は全く分からん。ただ、ゲーム的にはそいつをどうにかしないと攻略できないんじゃないかという気がする」


 釈茶が溜め息をついた。


「そんなに誇らしげに全然分からん宣言をされても困るけど、正直こっちもお手上げね。ゲームにしては伏線みたいなものが無さ過ぎるんじゃないの? ただのゲームじゃないってことぐらいは分かるけど」


 しかし、喋りながら何か思いついたのか、


「待って。これはただのゲームじゃないから、伏線をゲームのシナリオに引っ張り出すこと自体も自分たちでやらなきゃならないってこと? だとすれば、やりようはある」


 などと呟いていた。

 クリスマスの約一週間前。

 バイトを選択中に桃山との会話イベントが始まった。

 大岡部とのイベントを増やした方がいいのではないかと思う時期なのだが……と思っていたが、会話の流れ的にはこれも大岡部関連のイベントらしい。


『大岡部先輩の好きなもの、ですか? はぁ。例の契約でクリスマスプレゼントを贈る予定だから何かあれば教えてもらいたい、と』


 桃山は少し不機嫌そうな表情をしつつも、


『先輩とも少しは仲良くしてきましたから、知らなくはないですよ。ただ、あれは……うーん』

「めちゃくちゃ渋られてんな」


 桃山押しの結二が力説する。


「当然でしょ? プロポーズしてきた男が他の女に渡すプレゼントについて尋ねてくるんだから不機嫌にもなるわ。……情報収集しながら別の女の好感度を下げる手法を思いつくなんて、あいつも大概だけど」


 後半、何か言っていたように思うが、声が小さく聞き取れなかった。


『表現が難しいのですが、あの先輩は、他人の好きなものを好きになるんですよね。だから、クリスマスプレゼントとしては流行りのものを買っていくか……』


 ここで一旦言葉を切り、


『もしくは、カワイイ後輩を放置していただーろくパイセンが何を貢いでも特に意味がない可能性もありますね。あっ、私の分は一緒に出来る■■■でいいですよ。■■■はソフトでもハードでも大歓迎です。期待してますね』


 この■■■の中身がゲームだということは理解しているのだが、伏せられていると字面がヤバい。

 何でそんなに誤解を生みそうな並びで使っちゃうの?


「ちゃっかりモノをねだってきたよ。油断も隙もないやつだな。んで、何かのヒントになったのか?」


 釈茶が自信を持って断言した。


「ええ。少なくとも、クリスマスは大岡部先輩以外の女子を狙った方がいいわ」

「いきなりだな。攻略しろ、って指示だったんじゃないの?」

「攻略するな、って指示に変わったのよ。今、ここで!」

「これだから指示厨は……。まあいいや。で、残っている方のどっちにする?」

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