第6話 パパ活先輩ヒロイン、地味メガネ同級生ヒロイン、参戦!

 バイトで稼いだ金が一定額を超えたからか、予定表に新たな行動が加わった。


大岡部おおおかべに会う……スタミナマイナス二〇、所持金マイナス一万円⁉ 会うだけで金が溶けるのかよ!」

「ゲーム内のお金なのですから、遠慮する必要もないでしょう。とりあえず会ってみては?」

「約十時間分の時給に見合う女かどうか、見極めなくっちゃね」


 穏やかな口調のすみれとは対照的に、釈茶しゃくてぃは好戦的な口調だった。

 親の仇か何か?


「でもさ、寺田てらだから聞いた話だと、大岡部の家って金持ちなんだろ? どうして俺の金が消耗するわけ?」

「パパ活してるって話だし、小遣いが少ないとか?」


 俺と結二ゆにの疑問の答え合わせをするべく、選択肢を選んで話を進めていく。

 ゲーム内のろくくんは、アルバイトで稼いだ一万円をこともあろうに寺田に渡して大岡部に関する情報を買っていた。


「そっちかい!」


 しかしこれで大岡部本人に会えるらしいのだから恐ろしいものである。

 放課後、寺田に指定されていたスタジオに移動する。

 そこでは、大岡部をカメラマンが囲んで何かの撮影を行っていた。

 噂には聞いていたが、予想以上の美人だ。わざわざプロに撮影されるだけあって、スタイルも高校生離れしている。切れ長の目と妖艶な輝きを灯す唇が大人びた印象を与える。

 今は、薄っすら緑がかった長髪をなびかせながら、指定されたポーズを取っている。

 全体的な雰囲気として、クール、ビューティー、ミステリアスといった単語が似合う人だった。

 撮影に気を取られ過ぎないように注意しつつ、手を動かす。

 俺は撮影の手伝いを条件に、寺田の伝手を辿ってねじ込んでもらったことになっていた。紹介料としての一万円で無賃労働らしい。

 技術が求められる仕事は特にできないしやらせてもらえないので、荷物運びや清掃などをやらされている。

 撮影が終わり、誰かと談笑するでもなく帰ろうとしていた大岡部を呼び止める。


『はぁ……。たまにいるのよね、仕事現場まで乗り込んでくる男子』


 会話中も足音の効果音が途切れていないことから、足を止めてくれていないことが察せられる。


『それで? 何か用があるのなら、一言ぐらいは発言する権利をあげてもいいけど』

「おい、お前ら何かある?」


 俺は完全に脳死で「何かイベント発生しそうだしやってみるか」ぐらいのノリで来ていたから無策もいいところである。


「彼氏いるかどうか聞けば?」

「趣味を尋ねるのはどうでしょうか」

「パパ活のこと一択でしょ!」


 自称娘たちの意見が画面にも反映され、三つの選択肢として現れた。

 とはいえ、この三つなら俺も迷うことはない。


「パパ活しているって噂を聞いたんだけどさ」


 足音の効果音が消える。

 しかし、どう続けたものか。

 何か喋らなくては、という圧力だけは感じる。


「お、俺の知り合いがパパ活の極意を知りたいって言ってたからさ、色々教えてくれたらありがたいかな~、って」

「お父様、それは流石に無理があるのでは……?」


 さらに深いため息が聞こえた。


『ご期待に添えなくて申し訳ないけど、本当にパパ活したことないのよね。お金に困っているわけでも、承認欲求に飢えているわけでもないし』


 大岡部の視線が値踏みするように動く。


『二年の黒田、ね。裁判って儲からないのだけど、何かあれば訴えさせてもらうわ。お金には困ってないから』

「何もしてない庶民をその日の気分で訴えようとするのやめない? 脅迫罪で勝てちゃうよ?」


 大岡部が気まずそうに顔を背け、


『ま、まあ、そんな奇特な人がいるのなら逆に私が話をしてみたいわね。それじゃ』


 イベントが終わった。会話の内容はアレだが、次の機会が完全になくなってしまったわけではないことを喜んでおきたい。

 現実問題、パパ活について知りたがっている知り合いとかいないのだが、最悪あの陽津辺とかいう自称幼馴染を動員すればいいだろう。

 まだゲーム内で二週間も経っていないはずだが体力の消耗を感じる。

 足元の冷蔵庫からエナジードリンクを取り出してチビチビと飲む。エナドリしか入ってなかったけど、死んでるから大量に飲んでも大丈夫だよね?

 椅子を回転させて様子を窺ったところ、観客席側にも飲み物や食べ物があるらしく、三人ともそれぞれのスタイルでくつろいでいた。


「問題はまだ喋ってないクラスメイトの女子だ。ってか、ギャルゲーってこっちからどう話しかけるか悩むゲームじゃなくね? 何だかんだ向こうから話しかけてくれるジャンルのゲームだろ、どう考えても!」

「現実はそんなに甘くないってコトよ、パパ」

「現実とゲームを混同し始めたら終わりだぞ。……さて、大岡部とは話したわけだし、バイトを一旦中止にして勉強か運動に変えてみますかね」


 ステータスを雑に振りながら、大体の流れを掴む。

 バイトと大岡部の関係が強いなら、勉強と運動も他のヒロインたちと関係性が高いはず。

 陸上部に入っている桃山ももやまが運動と関係があるのは明白だから、勉強のステータスを上げていればどこかで地味なクラスメイトにぶつかるはずだ。

 もちろん、複数のステータスをそれぞれ一定まで上げないと発生しないイベント等もあるのだろうが、大枠はこんなものだろう。

 予想通り、勉強のステータスを上げている時にイベントが始まった。

 図書室のような背景。

 主人公が地味な女子に話しかける。


『同じクラスの吉川よしかわ美鈴みれいさんだよな? 期末テストの成績が悪くて先生に呼び出しくらってさ、成績がいい吉川に教えてもらえとか言われだんだわ』


 相変わらずメガネの奥の表情が読めない。

 同じクラスとはいえ、今まで全く交流がなかった人から声を掛けられて緊張しているのか、三つ編みも震えているように見えた。


『幼馴染の陽津辺はるつべさんに教えてもらったらいいじゃないですか』


 こわごわとした物言いだった。


『あいつの成績、中ぐらいだからなあ』


 そうなのか。初めて知ったわ。


『じゃ、じゃあ、よく訪ねてくる桃山さんはどうですか?』


 ここからは俺でも答えられる。


「あいつ一年だぞ? 無理無理」

『さ、三年の大岡部先輩……とか』

「あの人忙しいそうだから、こういう話は受けてくれなさそうというか、まだそんな相談するような関係でもねぇな」


 明らかに俺の人間関係を把握されている。とはいえ、ゲームでなくてもやたらとクラスの人間関係を気にするやつっているものだから、ありえないとは言い切れない。


『うーん、それじゃあ……』


 メチャクチャ渋っている。俺の成績が介護不能なレベルでヤバいのか、単純に見知らぬ男と関わりたくないのか。


「迷惑なら別にいいよ。先生には適当に言っておくし」


 一転してあたふたと対応し始めた。


『え、迷惑だなんて、そんな!』

「この女チョロいわね! 楽勝じゃないの、パパ」

「気が早すぎるだろ」


 結二は脈アリと見ているようだが、人見知りって大体こんな感じでは?

 普通に勉強の指導が始まり、教科書をめくる音やペンを走らせる音が響く。

 会話がない時間が続き、ギャルゲーの会話的にも、実況的にも焦りが出てきた。

 このままではこれ以上の進展がないままイベントが終わってしまう。

 何か話題を……。


「ところでさ、パパ活に興味あったりしない?」


 立ち絵のメガネがずり落ちる演出が入った。これまで隠されていた目が大きく見開かれている。


『パ、パパ活ですか? と、唐突ですね』

「実は、大岡部さんと話している時にこういうことがあって……」


 パパ活に興味がある知り合いを連れてくるという約束をしてしまった話を伝える。


『そうですか。でも、残念ながらパパ活には興味ありません』

「ですよねー」

『ただ、大岡部先輩のような有名人とプライベートで話せる機会には少し惹かれますね。住む世界が違いすぎて怖いですけど』

「ま、少し考えておいてくれよ。今日は色々ありがとう」


 ゲーム内の俺くんが図書室を立ち去っても、まだ背景が切り替わらなかった。

 一拍遅れて、今までになく妖しげな笑みを湛えた吉川さんの立ち絵が表示された。


『(黒田くんと話す機会が訪れるなんて、最高だわ。でも、あの秘密だけは守らないと……)』

「全部ダダ洩れなんだけど大丈夫? ミュートできてないですよ? んでもって秘密って何?」


 秘密の内容までは開示されないままイベントが終わった。


「え~、このゲーム、ああいう心理描写アリなの? でもゲームだからなぁ」


 ゲームの演出に感心しつつ、いつも通りステータス上げなどをこなしていく。

 ヒロインが出揃った後、定期的に発生している会話イベントで数回の会話を経験するところまでは行った。

 夏休みに入るか入らないかという割と大事な局面を迎えた現状での意見を吸い上げておくべきか。椅子ごと観客席の方を向く。

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