第3話 ゲーム開始

 これが、娘を名乗る女子三人組に監視されつつゲームをすることになった流れの概要だ。

 ここで回想を打ち切ってもいいが、


「パパ! 私のことを無視するっていうのなら、こっちにだって考えがあるんだからね!」


 結二ゆにはああ言っているが、あいつらの立場で何かできるとは思えない。実績もないし。強がりだと思っておこう。


「お父様、既にクリスマス目前の季節。ここを逃せば状況は悪くなる一方です。ご決断を」


 すみれが言っていることには一理ある。だが、どうにも踏み切れない。


「考え直したんだけど、ウチもここでの告白に賛成。振られるなら早い方がいいじゃん。まあ、成功したとしても、そこで成功体験を積んでおいて難易度高そうな本命に挑むってワケ」


 釈茶しゃくてぃはナチュラルに最低な男ムーブをさせようとしてくる。

 ……決心できるまでもうちょっと回想という名の現実逃避をしよう。

 今までの回想内容だと、どういうキャラが出てくるゲームなのかとか、どの辺まで進んだのか等の情報まではカバーできていないから不十分だ。

 てなわけで、ゲームを始めるところから。



§ § §



 ゲーミングチェアに座ってPCを起動させる。色々なものをすっ飛ばしてゲームのスタート画面が表示された。

 カラフルな髪色の三人の女子がトライアングルをつくるように並び、サブキャラっぽい数人の男女や校舎が背景としてひっそり描かれている。

 イラストの左隣には大きく「本恋」というタイトルが表示されていた。

 タイトルロゴに添えられていたローマ字を読む限り、「本恋」の読み方は「ほんこい」らしい。

 読み方は分かったけど意味は分からん。

 ほのぼのとしたBGMを聴きながら安堵の息をつく。


「見た感じ、一般的なギャルゲーっぽくて助かったぜ。これが鳩だの人面馬だのだったら始める前から絶望していたね!」


 結二の引き気味な声が聞こえてきた。


「そんなのあるんだ」


 何か思いついたらしい釈茶が茶々を入れてくる。


「まだ安心するのは早いんじゃない? 主人公が魚に人間の足を生やしたようなキャラだったりして」


 想像したくもないが、現時点では否定しきれない。

 そこまで考えて、ふと、ギャルゲーの体裁を取った別ジャンルの有名ゲームが脳裏をよぎった。

 ゲームを進めていくまで、これが本当にギャルゲーかどうかの保証もないわけだ。

 あの三人が嘘をついているとは思いたくないが、三人に情報を伝えた神とやらが嘘をついていないとは限らない。


「イヤホンがないからやりにくいな……ん? 何だこの指示?」


 ゲームを始めようと、「はじめから」をクリックしたのだが、進行しない。

 代わりに、画面が少し暗くなって、「実況者ならまずは挨拶から始めなきゃ!」という白い文字列が浮かんだ。


「挨拶は大事ですよ、お父様」


 菫の指摘を受けて椅子ごと振り返る。


「よくその距離で画面見えるな。てか、この背もたれで見えなくね?」

「こちらの壁に大きく投影されているので大丈夫です。ゲームの音声もハッキリ聞こえていますし、お気になさらず」


 並んで腰かけてもまだ余裕がありそうなソファでくつろいでいる様子の三人は、目線を俺より上の場所に集中させていた。

 こっちの部屋の壁には何も映っていないが、向こうからは何か見えているのだろう。

 気を取り直して画面に向き直ると、他のディスプレイに俺がいつも使っている配信環境が再現されていることに気付いた。

 配信開始のボタンをクリックして、


「はいどうも、最近配信環境がちょっと変わって微妙に調子が出てないシスです」


 シス、は俺が配信用に使っている名前だ。

 ちなみに顔出しはしていないのでカメラ系の機材は使っていないし、それを反映しているのかここにも置かれていなかった。

 顔出しをしていなかった理由は、学校の知り合い(特に教師陣)にバレると面倒なことになりそうだったからであって、その辺の制約が緩くなる大学生とかになれていたら徐々に顔出ししていた未来があったかもしれない。

 別のディスプレイで、某動画配信サイトにそっくりな何かで配信されているっぽいことも確認して、


「それはさておき、今日はこの本恋とかいうゲームをやっていくぅ! マジで何なんすかね、このゲーム。人気なの?」


 動画サイトの方では大量のコメントが流れていた。そいつらは事情通らしく、ご丁寧に解説してくれている。


「え~、神が作った神ゲーとか言われてますね。胡散臭いな、おい」


 コメント欄まで再現するなんて、暇人なのか?

 俺の配信によく来てくれるアカウントが全く見当たらないから、あっちの世界の配信サイトに流れているとは考えにくい。

 こっちの世界の住人が大量にいるってことか?


[神なんて一にして全、全にして一ですからね。視聴者数の操作やゲーム制作なんて楽勝っすわ]


 心の声を読んでいるかのように的確なコメントを出してくる。


「自称娘の前で、神に向けて配信するなんてやりづらくて仕方ねぇんだけど、生き返るとか生き返らないとかいう話は何なの? 学校じゃないんだから俺だけハブにするのやめてくれません?」

「パパって学校じゃぼっちなの? かわいそ~」


 一ミリも可哀想と思っていなさそうな結二の声が飛んでくる。


[君がこのゲームでヒロインを攻略すると、そのヒロインと君の間に生まれる子どもが生き返る。君は、我々にエンターテインメントを提供してくれたお礼として生き返る。オーケー?]


 ちらりとスタート画面に映る四人の女子に視線を移す。

 全員どこか見覚えのある制服を着ていた。

 明らかに俺が通っていた学校の制服っぽいが、そうでなかったとしても高校生ということには変わりないだろう。


「高校生を妊娠させて生き返るなんて、随分都合のいい話だな。それだけで笑えるっつーか、控えめに言って最低のクソ親父では?」

[しかし、そこの娘たちが承諾した条件でもある]


 背もたれから顔だけ出して三人の様子を窺う。

 三人とも熱意に満ちた視線をこちらに寄越していた。すぐに顔を画面に戻し、


「てことは、もしかしてこれ十八禁のゲーム?」

[全年齢向けのゲームだし、先に言っておくとそういうシーンは実装されていない]


 無慈悲な宣告を目にして反射的に叫んでしまった。


「ないのかよ!」

「期待し過ぎじゃないの、父さん?」

「べ、別に期待するわけねーだろ!」

「でも、父さんがウチの指示をちゃあんと聞いてくれたら、そういうシーン、見せてあげてもいいわよ?」


 吐息が多く含まれた釈茶の挑発的な声音に思わず振り返った。

 大胆に股を開こうとしていた釈茶に、顔を真っ赤にした結二が覆いかぶさる。

 その隣では、あまり状況を呑み込めてなさそうな菫が小さく首を捻っていた。

 娘たちのやり取りを見て少し冷静さを取り戻す。


「悪いが俺は、最初の相手の条件を決めていてね、お前らは既に対象外なんだよ!」

「娘と交合しようとするのは論外だと思いますが」


 小六の娘からド直球の正論を浴びせられる。

 というか、これまでのやり取り分かっていたの?

 最近の小学生の発展ぶりにおののきつつ、


「条件はシンプル。俺の配信名義を知らないこと! その一点だ。ファンとオフパコして関係がこじれたら十中八九大炎上するからな」

「パパ! 娘の前でシンプルにサイテーなこと言うのやめて!」


 結二だけ耳を塞いでソファを転がっていたが、他の二人は物理の公式を勉強する生徒のように真顔で話を聞いていた。

 再びディスプレイに向き直る。


「親が選ばれたら生き返るのは分かった。じゃあ、選ばれなければ?」


 レスポンスは早い。


[死にます。次に何として生まれるのか、もう来世がないのかみたいなことはこの件のメイン担当者である私の関知することではないですが、少なくとも、彼女たちが今の姿で生き返ることはないでしょう]


 ただのゲーム実況だってのに、荷が重いことを言ってくれる。


「神ってのも存外大したことないんだな」

[二人の人間の死をなかったことにするコストが人間二人で済むって話なのだから出血大サービスだと思ってくれないと困っちゃうゾ☆]


 相場が分かんねぇ。

 だが、いくら馬鹿でもニュアンスぐらいは分かる。通常はどんな代償を支払っても叶わない願いなのだろうから。

 ここまで説明されれば、娘たちの言っていた「勝ち負け」云々も当然理解できる。

 母親となるヒロインが選ばれれば勝ち。選ばれなければ負け。負けどころか命がない。

 真正面から受け止めたくないほど責任の重い役割だ。だが、神がそういう仕様としてつくったのだから仕方ないと言い聞かせる。

 それに、ギャルゲー経験がほぼ皆無の俺でも何となく知っていることぐらいある。

 つまり、ヒロインを全員同時に攻略してしまえば問題なくなるはず……って事だ。


「コンセプトが重いってレベルを超えているけど、キャラデザは悪くなさそうだし、いっちょやってみますかね!」

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