雑記

虻瀬犬

雑記

ゾイ1

 おれにとっての熱と波。繋がることは好きだ。ちんこが熱くなった。熱くて熱くて、フラニーの内側に蠢いて、何かが、小さい何かが俺を飛び囲んでくすぐってくる。

 その日は3時なんて、あんな夜更けに起きちまって、なんだか何年振りかの寝ションベンしてねえかと布団上げたんだ。隣にはフラニーが居てさ、一瞬誰だかわからなくて怖くてさ、でもよく考えたらおれはもう何年も寝ションベンなどしていない位の歳だとも気づいて、君を思い出したんだ。

 夏入りたての夜明け前は冷えるもんだよ。嵐が来たら飛んでいきそうなこの小屋もカタカタ震えてさ、おれ達は毛布にくるまって寝ていたんだ。おれは最近寝付きが悪くてね、フラニーが近くに居てくれてようやくぐっすり眠れるんだけども、でも、悪夢を見るようになってしまってね。毎回目が覚めるとおれは小さい頃に戻った気がして、何かきっと、『野生』を思い出してね。おれは駄目な男だよと、彼女に言えども、彼女は「あなたは素敵だよ」って言うから、彼女が言うならばそういうものだろうと思い、日々奮起するわけだ。

 街に働きに出て、そこでは朝、まず準備体操をして、大きな声で挨拶をするんだ。クソッタレな男がいてさ、おれのことを目に付けやがっててさ。鉄道の整備の仕事をしてるんだけども、おれが人間が使う計器なんか理解できないってわかってるだろうに、おれに仕事を任せて出来ないと怒るんだ。だから最近覚えてやってさ、見返してやろうと思って。でもやっぱわからないんだ。外国の言葉が書いてあってね、どうしても、どうしても読めなくてね。誰も教えてくれなくて。悲しくなったけど、おれは渡された仕事をこなすことしかできないから、身体を使う仕事が得意だから、あのクソッタレの前には立たないよう気をつけて、出来るだけ砂利を運んだり、水を捨ててまた持ってったり、鉄筋ガンガン叩いたり、そーゆーことをしているよ。言ってもわからないだろうけどね、俺もよくわからないことばかりで、ただ、これでお金が貰えるならと頑張っているよ。

 花の香りが鼻に擦れて傷ができたみたいにひりひりする。この季節特有だね、鼻が効かない。フラニーの匂いが仕事場から感じられないのが怖いんだ。出来れば芽生えの季節は君と共にいたいなあなんて、どうも馬鹿らしいこと考えている。おれはおれ一人で生きていけないなあ、こんなんで本当におれは君と暮らせていけるのかなあ。そんなこと考える暇は、仕事中は、ずっと。動いてる方が考えられるんだ。ごめんね、花の匂いが少しずつ自分の汗の匂いで上書きされちゃって、ちょっち汚いかもな。帰る前に一度水浴びして行こうかな。君には良いとこを見せたいなんて、おれはフラニーのことしか知らないのにな。なんだかな。

 君の形を想像して、手でなぞってみるよ。髪の一本一本、丁寧にさすって、風にたなびくように、おれの手は空気に溶けちゃったみたいに、いつかは君と溶け合って、それらをおれは全て飲み込んでしまうよ。喉に通る感覚が、なんとも、なんとも良いなあなんて思う。君の肌は冷たいね、俺の手とどっちが冷たいのかな、キズをつけたくないね。冷たいものには傷が付きやすいからね。どうか暖かくして寝てね。でもね、あっためてくれるのは君の方だったり。これは不思議な話で、おれは情けなくてさ。怖くなってしまって、怖くなってしまうと君とエッチなことをしたくなってしまって、手をかけてしまう。

でもさ、君も乗り気なもんだなあ。ああ、ごめんな、どうだろう。君がどう思ってるか、おれが考えてもおれには、おれには分からないんだろうな。だから君は僕を愛してくれるのかな、いや、よくわからないや。この話は終わりにしよう。

 その日はひどい悪夢を見たんだ。これは、おれには説明ができないな。多分おれが狼だった頃の記憶だから、記憶だと思えないんだ。怖いな、ただただ怖い。多分、家族が怖い、家族が僕を置いていってしまうのが、僕を傷つけたまま、どこかへ、遠い場所へ。家族が遠い場所に行くと、おれが遠い場所に行ったみたいになる。君と会えたから。それでおれは生きれたんだと思う。本を読んだり、神父さんが色々教えてくれて、おれはギリギリ人だって言われて生きてこれて。本当に恩が沢山あるなあ、人のおかげで生きれてるなあ、君のおかげで……。そう考えていくと心があつくて熱くてね、あう、ああ、フラニーは、どうも可愛いなあなんてさ、思ってね。こんなに可愛くて、こんなに興奮してしまうものなのかと、自分でも驚いてしまって、大きなため息をつくと君は起きてしまって、口の根本を垂れ下がらせて、きっとよだれが溜まってるのかな。ぼうっとした顔でおれの顔を見つめて、撫でて、おれの髪をわしゃわしゃと撫でて吐息のような笑いをこぼして「大丈夫だよー」なんてさ。おれはガッと抱きしめてフラニーの肩の上に鼻先を置いて、唸ってしまう。おれの唸り声は低くて苦手なんだけど、君が好きだと言ってくれて。おれは君の前では隠さないように努力している。泣きそうになるのをこらえながら君の肩を手で押し出して、君はその反動でベッドの上に倒れ込んで、おれは君の美しい部分をどうにか自分のものにしたいなあなんて、いや、おれがおれが君のものになってしまえば良いなあなんて思いながら舐めていって、毛なんてないのに、毛づくろいみたいに、君を、おれを受け入れてくれるように整えていって、おれは君の顔を覗き込みながら、夏先の新緑の香りを鼻に馴染ませながら、それよりも強い性の香りを脳天まで忍ばせたら、真っ青よりは赤によった、影色の部屋の澄んだ空気の中で、少しずつ自分を彼女に繋げていって、繋がった瞬間にふぅっと一息をついて、君に顔を見られてる恥ずかしさを感じるんだ。これがおれ達で、おれ達の在り方はもしかしたらここが終着で、この片割れは、おれで、君で、君がおれで、どうしようもなくここではおれが君に溶けて、この影色に溶けて、澄んだ、新緑と空の匂いに塗れて、世界と同化して、死ぬも生きるもそこでは無くなって。遠くで滝から落ちる水の音が、轟音となって響かせあって、それらが発散させて空気の飛沫が月明かりと同化して、俺たちの肺の中で循環して、君とそれを交換し合うことで、どうしようもなく、おれ達は生きてて生きてないんだなあなんて。口を合わせあうと、君は俺の唾液を飲み込んで、おれは君の唾液を(そして少しばかりの涙を)飲み込んで、なんとも言えぬ感傷に浸っていると、どうも腰がゆっくりと動き続けていたことに気づいて、それに気づくのは、どうしようもなく頭が耐えられず、ああ、ああ、と思うことしかできず、フラニーのことがどうも愛おしく、それ以上考えられることもなく、いつか果てるその時を待つ時間もなく、あっと、はっと、驚く暇もないまま、身体が震えだして、ああはあ、はあ、と空気の循環がその生命の循環へと、少しずつ変化されていって、おれは君の中に精液を吐き出して、がああ、があ、ああ、終わってしまった、これが、これが終わってしまうことがどれだけ恐ろしいことかと思いながら、少しずつ、君から離れていく。そしてまた抱きしめて、またこの時がまた、また、いつか訪れることを願って、そのまま、悪夢さえも隠れてしまったかのように、日の出の明かりがいつの間にか辺りを紫艶に照らしてて、おれはベットに座りながら、君に肩を貸しながら、ごめんなあ、ごめんなあ、本当にごめんなあ、ごめんなあ、あはは、楽しいなあ、今日仕事、耐えられるかなあ、耐えられなくても良いかなあ、君がいいならいっかぁ、いっかぁ、良いんだよなあ。ああ、ごめんなあ、もう一眠りして、もう一眠りしてみようなあ。そうだなあ、もう一眠りしてみるかなあ。あははあ、まあなあ、子供かあ、子供も居たらいいなあ、そしたらおれは父さんなのかあ。それはさ、神父さんとは違うものなのかい?

 なんて、溢して、君と楽しくベッドの上で談笑したり。

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