取引18 接近コンビニエント



「……ベイタ! こっちです……」


 厚生棟のコンビニ近く、コピー機が並ぶその一角は、ただいま講義中ということもあって、絶賛人気がない。大型のコピー機に隠れるようにして、ミアがひそひそ声で手招きしていた。


「……なんでこんな場所?」

「……メリッサから聞きました。わたしのせいで今、米太が注目の的になっていると」


 朝の光景を思い出す。人目をはばからない呼び声が、全ての発端だったように思い、


「……いや、どっちかというと、メリッサさんのせいだけどな」


 米太が指摘すると、ミアは頬を膨らませ、


「……むー、またベイタが『さん付け』します……」

「……仕方ないだろ、友達でもないんだから」

「……じゃあ、わたしは?」

「え」

「わたしは、『さん付け』ではありません。ということは、友達なのですか?」

「……いや、それは、なんというか……」


 口ごもる米太に、ミアは身体をさらに接近させ、


「……ベイタにとって、わたしは、なんですか?」

「…………!」

 

 やけに真剣な緑の瞳が、米太を見上げてくる。あまりの綺麗さに目を奪われかけるが、


「そ、そんなの知らん……」


 決死の思いで視線を引きはがし、米太はそっぽをむいた。後ろからは、


「……そうですか、ふん、です。……どうせ、です」


 などと、不満たっぷりなミアのつぶやきが、漏れ聞こえてくる。対応に困った米太が、「ご、ごほん」とわざとらしく前置きをして。


「……フリマのことを、聞きたいんじゃなかったのか?」

「そうでした! 実は、ついて来て欲しいところがあるのです!」




「いらっしゃいませー」

「…………」

「…………」


 元気のいい挨拶と同時に、店内には特有の入店チャイムが鳴り響く。昼間でも明るい蛍光灯、年中無休で鼻をくすぐるおでんやコーヒーの香り。


「……ベイタ、ベイタ、……これが、あの『コンビニ』なのですね」

「ああ。正直、俺も学内のは初めて入った。……違和感半端ないな」


 そこには普段目にしているのと、何ら変わりのない、『いつものコンビニ』が、大学の施設の中で異彩を放っていた。


「……文房具、雑誌、お弁当やお菓子まで、色々なものがありますね。……すごいです!」

「ただ、言っとくけど、全部割高だからな? 個人的な感覚として、コンビニは贅沢以外の何物でもない」

「そうなのですか? ……でも、興味があります。ほら、この『きのこの里』と『たけのこの山』というお菓子は、なんだか可愛いです」

「……ほう、そこ、いく? 言っとくけどそれ、日本国民を分断しかねない、危険な代物なんだが?」

「なんと! それほどの物とは、驚きです。コンビニは奥が深い……あ!」


 ミアの視線の先には、文房具などが並んでいる什器があった。その最下段には封筒がいくつも置いてあって、その中には、見覚えのあるアイコンがプリントされているものもあった。米太は一つ手に取り、


「コイツが、『フリフリ便』に使える専用の梱包資材だ。送料の一部をフリフリの運営が負担してくれるから割安な上、匿名配送ができたり、保証も追跡もついてる優れものだ」

「そんな代物が、普通にコンビニで買えるとは。……驚きです……」

「ああ。買うだけじゃなく、実際送るのも簡単だぞ? レジでアプリ上のバーコードをスキャンしてもらうだけだ。サイズによって値段が違うから、そこは注意だけどな」

「ウィー。コンビニも、フリフリも……本当に、日本の企業努力には頭が下がります」


 感心した様子のミアに、米太は、


「……それで? 何を出品するつもりなんだ? 物によって梱包は違うから、それが決まらないことには選べないぞ?」

「…………そうですね、……ええと」


 急に俯き、指先を合わせてもじもじするミア。


「……手作りのクッキー、です。……あまり、自信はないのですけど。……それくらいしか思いつかなくて。……変でしょうか?」

「いや、変じゃない。たしか規約的にも、問題ない、はず……」


 はにかんだ表情が可愛くて、上手く言葉を返せない。なんとか言葉を紡いで首を横に振ると、


「……あの、それで、ですが。……もしよかったら、ベイタにも食べて欲しいのです。ちゃんと商品として出せるものかどうか、意見を聞きたいというか……」


 顔を上げたミアが、熱い視線でこちらを見つめる。


「……ベイタ…………」


 自分の名を呼ぶミアの唇から、目が離せなくなった。何か答えなきゃいけない、と思いつつも、強力な引力のようなものに惹きつけられ、言葉が生まれてこない。ただ一つ、信じられないほど強い欲望が湧き上がってきて、米太を突き動かす。


「……ミア、……あのさ……」

「……」

「…………俺…………」


「――そちらにいらっしゃるのは、ミア様にございますか?」



 振り向くと、黒いスーツに身を包んだ老執事、ジョエルが立っていた。

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