取引15 おもてなしティータイム

 



 扉を閉めるや否や、ミアが踊るように笑顔になり、

 

「ベイタ、ベイタ、上手くいきましたね!」

「……楽しそうだな」

「ウィー! 夢みたいです。こんな風にベイタと……あ」


 急に顔を赤くしたかと思うと、「ノ、ノン」とミアは口ごもり、


「……そ、その言い方だと、なんだか変な意味みたいに聞こえるな。あ、はは」

「……ウィー、ご、ごめんなさい」

「……」

「……」


 そのまま口ごもり、気まずい空気が流れる。何か話題になるものはないかと、米太が周囲を見回し、


「……ええと、そこの階段か?」


 おとぎ話で出てくるような見事な階段を見上げ、米太は密かに緊張する。別に憧れとかではないが、こんな階段、おそらく今後の人生ではお目にかかることもないだろう。しかし。


「ノン、違います。こっちにエレベーターがありますので」

「……あ、ホントだ」


 メリッサが指さす先には、凝った作りの彫刻のようなデザインの、高級そうなエレベーターが鎮座していた。鼻先を折られた気分だったが、並んで中に入る。四階のボタンを押して、エレベーターが駆動する。


「……もしかして、ローラさんの?」

「ウィー。館内は全て、バリアフリーに作り変えられています。直接、本人から話があったのですか?」

「いや、車いすを見かけたから……」

「そうだったのですね。それにしても、珍しいです。……引っ込み思案で人見知りなので、誰かが訪問しても、めったに顔を出さないのですが」

「……そうなのか?」

「ウィー。それが、フリマのことを隠してベイタの話をした途端、自分も出迎えると言って聞かなくて……」

「単に、物珍しかっただけでは?」

「そうかもしれませんが、その……」


 ミアが意味ありげに、む、とこちらに視線を向けてくる。いわゆるジト目というやつだ。


「……ベイタには自分から挨拶するなんて、怪しいです。それに、ベイタもベイタです……!」

「……どゆこと?」

「どうして初対面の時、ローラには「さん」づけで、……わたしには「アンタ」なのでしようか?」

「や、それはほら、色々あったし、印象が……」

「納得できません。……さっきだって、最後までデレデレしてました!」

「なッ、してない!」

「ノン、してました!」

「自分だって、さっきは、ものすごく楽しみな顔してたじゃないか」

「!」


 指摘してから、しまった、と思った。途端にミアの動きがピタリと止まり、


「……ノン、あくまでも、……フリマが楽しみなのです」


 と、ゆでダコのように赤くなる。米太も顔を赤くして、視線を逸らすしかできない。

 またしても気まずくなった二人の空気を察してか、チン、とレトロな音の到着音が鳴り、無言でエレベーターの外に出る。


「……え?」


 しかし、周囲の光景を見た米太が驚きの声を上げた。洋館にいたはずが、気がつくと目の前には、純和風な日本式の木製玄関がそびえ立っていた。奥にはふすまと畳も見える。


「……めっちゃ、日本だな」

「ウィー、改めまして、ようこそわたしの部屋へ」

 



 カチャカチャ、と、陶器が何かに擦れる音が静かに鳴り響く。座布団の上に、姿勢よく正座した米太の目の前では、ワンピースにエプロンという、大変洋風な恰好をした金髪美少女が正座し、茶碗に入った液体を、茶筅ちゃせんと呼ばれる竹製の道具でかき混ぜている。『茶をてる』というその行動にふさわしく、馬の装飾が入った畳みが一面に敷かれた和室には、床の間もあり、掛け軸も掛けられている。


「……どうぞ」

「……え、えと、……ありがとう、ございます?」


 いかにも高級そうな、金箔の入った茶碗を差し出され、手に取った米太は困惑する。何を隠そう、バイトばかりしていたものだから、米太に茶道の知識などない。わかるのはせいぜいこの茶碗や道具一式が、確実に何十万円はくだらない、ということだけだ。なまじ金額はわかる分、余計に緊張する。


「……す、すまないが、作法がわからない」

「ウィー、大丈夫ですよ、ベイタ。説明します」


 ミアが音もなく立ち上がり、触れるほど隣に姿勢よく正座する。かと思うと、茶碗を持った米太の手を取り、


「こうして、まずは左に一周、次にもう一度繰り返し、最後に半分回し、正面を相手の方に向けて飲むのです。……相手に敬意を表すためだとか。飲み終わった後は、同じく2周半戻します」


 ミアの白い手が、米太の手を優しく包み込み、茶碗を回す。


「どうぞ。作法は作法ですが、点てたのがこんな無粋者です。……気にせずお飲みください」

「ちょ、頂戴します……」


 指先まで固くなりながら、茶碗を傾け、緑色の泡立った液体を口に流し込む。独特の香りと苦みが泡で中和され、思ったよりも飲みやすかった。

 言われたとおり、茶碗を回して置き、


「お、お粗末さまでした?」

「ぷっ……」


 なぜかミアが両手で口を押えて笑いだす。「あ」と過ちに気付いた米太はすかさず、


「間違えた! ごちそうさま! そう言いたくて! おい、笑いすぎだろ」

「ウィー、す、すみません、ふぐっ。でもベイタ、失礼すぎます、フフ、ンフ」


 笑いこけるミアに、米太は一層顔を赤くした。


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