第57話『光の鎧』



「ウォルスくん、大丈夫!?」


 急に祭壇から光が溢れたと思うと、その光を纏ったルナが全力で階段を駆け下りてきた。さっきまで怪我しているように見えたけど。見間違いだったのかな。


 その様子を見て「無事だったか!」と叫ぶゼロさんの声を聞き終らないうちに、ルナは「皆、光の鎧だよ!」と言いながら、俺たちにもその光を分け与えた。


「え、光の鎧?」


 全身を謎の光に包まれながら、俺たちは揃って首を傾げる。状況が飲み込めない。


「なんか、あったかいけど……これがそうなの?」


「うん! わたしが月の巫女として授かった、守りの力。これで、皆を守れるよ!」


 ルナが声を弾ませると同時に、眼前の魔物が咆哮した。再び風の刃が飛んでくると思い、俺は反射的にルナを庇う。


「……あれ?」


 鋭い風が体に打ちつける感覚こそあるものの、まったく痛みを感じなかった。見ると、先程ルナに分けてもらった光が奴の攻撃を防いでいた。


「……すげぇな」


 隣のゼロさんも、風の刃に右手を晒しながら、驚いた顔をしている。


「時間制限があるみたいだから、過信は禁物だけど、あの魔物の風くらいなら、防げると思う」


 ルナは自信に満ちた表情で言う。その言葉通り、先程から奴がどれだけ風の刃を飛ばしても、俺たちには届いていなかった。


「よーし、この鎧さえあれば、あの風だって怖くないわね。反撃しましょ!」


 奴の撃ち放つ風の勢いに押され、さっきまで防戦一方だったソラナがそう言って握りこぶしを作る。


「待て。確かに風の脅威はなくなったが、今の俺たちじゃあいつの鱗を砕く火力が出せねぇ。このまま戦っても、決定打に欠けるぞ」


「それなんだけどさ」


 悔しそうに言うゼロさんに、俺は先程気づいたことを伝えた。


「俺の火球が魔物の額の宝石に命中した時、奴は少し怯んだんだ。本来効かないはずの魔法でさ」


「……なるほど。つまり、狙うべくはあの宝石か」


 俺たち四人の視線が、魔物の額に集中する。唯一鱗に覆われていない、緑色の宝石。あれが奴の核なのかも。


「なら、俺とソラナで奴の動きを止める。ウォルス、とどめはお前が刺せ」


「……わかった」


 ゼロさんが作戦を手短に伝えてくれる。俺はそれを了承し、先陣を切る二人のために道を空けた。


「もう一度、かけ直すね」とルナが言い、俺たちの周りを再び光の鎧が覆う。それを確認したゼロさんが「よし、やってやろうぜ」と、両の拳を合わせた。


 ソラナも頷き、ナイフを構える。それを見ながら、俺も全身に魔力を巡らせた。


「いくわよ……うりゃあっ!」


 まず、ソラナが壁を勢いよくよじ登ると、そこからジャンプして魔物の額を狙う。


 当然奴もその攻撃を予測し、大きな腕を振るう。ソラナがその腕に掴まって気を逸らすと同時に、魔力で全身を強化したゼロさんが壁を駆け上がり、反対側から攻撃を仕掛ける。


「これでも、食らいやがれ!」


 鱗を攻撃した時とはまた違う高い音がして、魔物の巨体が地面に打ち付けられた。効いてる。ゼロさんの技、魔力を無効化されなければ、これだけの威力があるのか。


「……一発で決めろ、ウォルス!」


 ゼロさんが上空から叫ぶ。


 俺は両の掌を合わせ、その間から炎の槍を生み出して、跳躍する。


 それと同時に魔物が咆哮し、風の刃が周囲にまき散らされる。明らかに苦し紛れの技は、ルナの光の鎧が受け流してくれた。いける。


「うおおおおおっ!」


 そして俺の感情の昂ぶりに影響されたのか、手元の槍はいつの間にか巨大な剣へと姿を変えていた。俺は全体重を乗せて、炎の剣を奴の核へと突き立てた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 緑色の核が砕け散ると、魔物は断末魔を上げながら、光の粒となって消滅した。やった。勝てた。


「皆、やったね!」


 バランスを取って着地すると、背後からルナの弾んだ声が聞こえた。先程までの状況が嘘のように、広場は静まり返っていた。


「なんとかなったか」と、ゼロさんが安堵の声を漏らすと、「手ごわかったわねー」と、ソラナが笑顔で言う。そんな皆の様子を見て、俺も胸をなで下ろす。


「……ねえ、見て」


 ……そんな矢先、ルナが声をあげる。追って見ると、祭壇の中央に人影があった。緑色の髪をした女性で、半透明で、宙に浮いている。


「あの人が、月の女王様だよ」


 そう言い終わるが早いか、ルナは祭壇へと歩いていく。俺たちも自然とその後に従った。




「月の巫女よ、よくぞ守護者を退けました」


 位の高そうな装束に身を包んだその人は、透き通るような声でルナに語りかける。


「女王様、あの、力をくれて、ありがとうございます」


「お礼には及びません。それより、次はオルフェウスの神殿へ向かうのです」


「え、オルフェウス?」


「ええ。月の神殿は、各大陸に1つずつ、全部で4つ存在しています。その全てを解放した時、月の国への道が開かれるでしょう」


 そこまで話すと、月の女王の姿は次第に薄くなり、次の言葉をかける間もなく消えてしまった。それこそ、月の国から姿と言葉だけを飛ばしてきていたのかもしれない。月の国は魔法の発達した国だと聞いたことがあるし。あくまで、伝承の中でだけど。


「言いたいことだけ言って、すぐに消えちまったか。こっちも聞きたいことがあったんだがな」


 誰も居なくなった祭壇を見ながら、ゼロさんがどこか怪訝そうな顔で言う。ルナの話を聞いた時もそうだったけど、何か引っかかる事があるんだろうか。


「ま、これ以上、ここに居ても仕方なさそうだな。お前ら、帰って準備するぞ」


「え、準備って何の?」


 俺とルナがどちらとなく尋ねると、ゼロさんは笑顔を浮かべながら「何って、祝勝会に決まってるだろ」と言った。


 そしてそのまま踵を返して、入口へ向けて歩き出す。俺たちは顔を見合わせて苦笑した後、その後に続いた。


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