第55話『守護者』



 俺たちは慎重に開いた扉の先へと足を踏み入れる。


 目の前には円形の広場があって、立派な支柱が何本も立っていた。広場の奥から左右に緩やかな階段が伸び、祭壇らしきものがある。


 ここが月の神殿の、本当の最深部なんだろう。なんとも言えぬ神々しさを感じる。


「ここがルナが言うところの『祭壇』か……」


 俺が息を呑む中、周囲を見渡しながらゼロさんが言い、それを合図にしたかのように、ルナが一歩前へと踏み出す。


「危ないわよ」と言うソラナの声に軽く頷いて、ルナはゆっくりと階段へと向かう。


「……待て! 戻れ!」


「え?」


 ゼロさんの声で、ルナが飛び退くように後ろに下がる。その直後、轟音を立てながら上から何かが降ってきた。


「な、なんだこいつ……」


 目の前に落ちてきた異形のもの、それは、先の壁画に描かれていた生物に酷似していた。


 頭から尻尾の先まで、全身に銀色の鱗を纏った蛇のような巨躯から、太い四肢が伸び、その顔はトカゲと魚を足したよう。そしてその額には、緑色の巨大な宝石が輝いている。


「……イクリプス・ガーディアン」


 隣のルナが呟いたのと、眼前の魔物が咆哮したのはほぼ同時だった。「来るぞ!」とゼロさんが叫び、俺たちは戦闘を覚悟した。どうやらこいつが、この神殿の『守護者』らしい。


「ウォルス、ルナを守ってやれ。ソラナ、行くぞ!」


 そう指示を出した後、ゼロさんとソラナは左右に分かれ、魔物に攻撃を仕掛けていく。俺はルナを背後に庇いつつ、右手に火球を、左手に炎の盾を出現させる。


「うりゃあっ!」


 一足先に魔物の元へ到達したソラナが、その足へナイフを突き立てる。まるで金属同士がぶつかったような音がした後、簡単に蹴り飛ばされた。


「ひゃあっ!?」


 弧を描いて中を舞い、床に叩きつけられたソラナだけど、素早く体勢復帰する。どうやら大丈夫みたいだ。


「あいつ、硬っ……」


「その鱗は伊達じゃねぇってことか……なら、これでどうだ!」


 続けて魔闘術で全身を強化したゼロさんが虹色の拳を奴の胴体に叩き込む。同じように金属音がして、同時にゼロさんが拳に宿していた魔力が打ち消された。


「何……くっ!?」


 攻撃が通用しないと悟ったゼロさんはすぐに後退。直後、目の前の地面に奴の尻尾が叩きつけられていた。あの尻尾も武器なのか。


「ち。厄介な能力を持ってやがる」


 ゼロさんとソラナが俺たちの方へ戻ってきたのは、ほぼ同じタイミング。どちらも怪我はないみたいだけど、二人の攻撃が通用しないなんて。


「闇雲に攻撃を仕掛けても駄目らしいな。あの鱗、硬い上に魔法攻撃に対する耐性まであるみてーだな」


 悔しそうにゼロさんが言う。ゼロさんの技は魔力を拳に乗せて、直接相手にぶつける技だし、かなり分が悪いみたいだ。


「ここは魔力より打力だな。ソラナ、一点集中で攻撃を仕掛けるぞ。いけるか?」


「りょーかい。狙うのは足?」


「だな。あのでかい図体を支える足には多くの神経が通っている。少しでもダメージを与えられれば、動きを止められるだろ」


 くるくるとナイフを回すソラナに、ゼロさんがそう伝える。どこか余裕のある二人を見ていると、頼もしく感じる。


 けれど、奴に魔法耐性があるということは、俺の攻撃はほぼ無意味ということだ。ルナを守るだけじゃなく、なんとか二人の力になりたいんだけど。


「ウォルス、しっかり援護頼むぜ?いくら魔法が効きにくくても、多少のダメージは与えられるはずだ」


 その時、まるで俺の胸の内を読んだかのような言葉がゼロさんから飛んできて、俺はしっかりと頷いた。そうだ。やってみなくちゃわからない。


 俺は深呼吸をして、手のひらいっぱいの火球を一旦打ち消した後、続けて指の間に豆粒サイズの火球を無数に生み出す。


 これを豆を撒くみたいにばら撒いてやる。ダメージは期待できたくても、これで少しでも奴の気を引ければ御の字だ。


「それじゃ、行くぜ!」


 言うが早いか、ゼロさんとソラナが再び奴に向けて飛び出していく。俺は左手の盾を維持しつつ、二人を援護するために火球を投じる。


 元々小さな火球は、奴の身体に当たった瞬間打ち消されるけど、俺たちが砂粒をぶつけられると嫌なように、奴も苛立っているように見えた。


「これで……どうだ!」


「……食らいなさい!」


 次の瞬間、ソラナのナイフとゼロさんの拳が同じ一枚の鱗に叩き込まれた。先程より一層大きな音がしたけど、鱗を壊すまでには至らない。


「くそっ、もう一度だ!」


「わかってるわよ!」


 奴が反射的に振るった足の一撃を回避して、二人はもう一度同じ個所に攻撃を仕掛ける。俺はそんな様子を見ながら、二度、三度と火球の雨を降らせる。


 ……そんな折、その火球の一つが、奴の額の宝石に命中した。すると、それまで涼しい顔をしていた魔物が一瞬、明らかに怯んだ。


 ……もしかして、あの宝石が弱点なのか?


 そう思った矢先、奴が咆哮した。


 同時に強烈な風が辺り一面に巻き起こり、それが刃のようになって、俺たちに襲いかかる。


「うわっ!?」


 俺は思わず、展開していた炎の盾の陰に隠れる。ルナも俺の後ろにぴったりとくっついて、なんとかその攻撃から身を守れたみたいだ。


「あたたたた……」


「くそ、油断したぜ……」


 至近距離で奴に攻撃を仕掛けていたソラナとゼロさんはその風の刃をまともに浴び、壁際まで吹き飛ばされていた。どちらも傷だらけだ。


 その刹那、奴が再び咆哮をあげる。直後に巻き起こった風の刃から逃れるように、ゼロさんとソラナは支柱の陰に滑り込んだ。


「二人とも待ってて。今行くから!」


 そして風が止むタイミングを見計らい、ルナが俺の背後から飛び出してゼロさんたちの方へ向かう。一瞬遅れて、俺もそんなルナに続いて二人の近くへと転がり込む。


「……まさかあいつ、風を操る能力まであるとはな。こりゃ、ますます人工的な魔物である可能性が出てきたな」


 柱の陰に隠れ、ルナの癒しの魔法で傷を治してもらいながら、ゼロさんが憎々しげに言う。


「人工的な魔物?」


 思わず尋ねると、ゼロさんは「ああ。あれだけの魔法耐性に屈強な身体、おまけに風を操る力まであるとなれば、自然発生した魔物じゃねぇ気がするんだ。例えば……」


 ゼロさんがそこまで話した時、轟音が鳴り響く。どうやらいつまでも支柱の陰に隠れている俺たちに業を煮やしたのか、奴が尻尾で支柱を薙ぎ払うように破壊したらしい。砕かれた支柱の欠片が、周囲に散らばる。


「きゃあぁっ!?」


 反射的に身をかがめた時、ルナの叫び声が聞こえた。急ぎ顔を上げると、ルナの姿は広場奥の階段の中腹にあった。どうやら支柱を破壊した奴の尻尾が、戻ってきた時にルナを巻きこんだらしい。癒しの力を使っていて、反応が遅れたのかもしれない。


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