第50話『続・エルフの村』



「やあ、俺に用があるってのは君たちかい?」


 しばらくすると、金色の長髪を後ろでまとめた、鳶色の瞳をした男性が俺たちの所へやってきた。


「あなたがロッドさんですか?」と、ルナが聞く。「そうだけど」とぶっきらぼうに男性が答え、その瞳で俺たちを品定めするかのように見る。


「あんたに頼みたいことがある。この鍵の修理だ」


 ゼロさんがそう言って、懐から壊れた鍵を取り出す。ロッドさんは鍵を見るなり「へえ。これまた随分古い」と声を漏らしたけど、どこかひょうひょうとしていた。


 ゼロさんが国王だということは彼も知っているはずだけど、全く動じる様子はなかった。


 恐らく、相手によって態度を変えたりしない人なんだろう。いかにも、職人らしい。


「あの、お願いします。この鍵が直らないと、困るんです」


 ルナは頭を下げる。その様子を少し困ったような顔で一瞥して「そこまでしなくても、修理はしてあげるよ。なにより、長老からの頼みとあれば断れない」と言ってくれた。


 そしてゼロさんから鍵を受け取ると「明日には修理が終わると思うから」と言い残し、そそくさと立ち去っていった。


 ソラナが「なんか、感じ悪いわねー」と呟いたのと同時に、宴席から「ロッドのやつ、少しでも混ざっていきゃいいのに」なんて声が聞こえた。たぶん、普段からあんな感じで不愛想なんだろう。


 なんにしても、鍵の修理はめどがついた。これで一安心だ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そして宴が終わったのは、どっぷりと日が暮れた頃。


 どのみち鍵の修理が明日になると言うことで、今夜は長老の家に泊まることになった。


 ……ソラナを除いて。


 ソラナは宴が終わると同時に、村の外へと追い出されてしまった。理由は、オルフル族だから。


 宴会の席には沢山の人がいたし、誰かが気付いて報告したんだろう。ルナは憤慨していたけど、当の本人は慣れてるのか「野宿は全然大丈夫よ。ご飯、ごちそうさまー」と何食わぬ顔で言い、ひらひらと手を振りながら村を出ていった。


 正直、俺たちもいい気分じゃなかったけど、ソラナがそれを受け入れていたので、強くは言えなかった。


「村の夜は冷えますので、オフトンの予備はこっちにありますよー」


「こっちには、あったかい飲み物ももありますですー」


 そんな出来事など、まるで無かったかのように、長老のお世話係らしい二人のエルフが説明してくれる。この二人も見た目は幼いけど、俺たちより年上なんだろうなぁ。


「国王陛下、寝る前に一杯いかがですかな」


「……じーさん。そろそろ、かしこまるのはやめよーぜ」


 酒の入った瓶を差し出す長老に、ゼロさんが真剣な表情で言う。その表情で察したのか、長老も真顔になり、瓶をテーブルに置く。


「……久しぶりに顔を見せたと思えば、月の巫女も一緒とはの。どういうことじゃ?」


「あの、月の巫女を知っているんですか?」


 長老の口から出た単語に、ルナが思わずそう返す。どうやら、月の巫女の伝承はエルフ族の間にも伝わっているらしい。


「もろろんじゃ。こう見えて、人間よりは長生きしておるからの。伝承だけでなく、真実に基づいた、色々な話を知っておるぞ」


「事実……ってことは、長老は実際にルナ以外の月の巫女に会ったことがあるのか?」


「うむ。先代……という表現が正しいのかわからぬが、一度だけの」


 長老が目を細めながら言う。随分昔のことなのかもしれないけど、ルナと同じように月の巫女として選ばれた存在がいたなんて。


「美しい女性で、ある者からは、光の癒し手、ある者からは、開放者……様々な名で呼ばれていたの」


 続く話によると、先代の月の巫女もルナと同じように生まれつき癒しの力があったらしい。これはますます、ルナが月の巫女に選ばれた条件と一致する気がした。


「あの、私が月の巫女だってことは、秘密に……」


「わかっておる。どうやら、ワケアリのようじゃしの」


 長老はお茶目に口元に手を当てた。安堵の表情を浮かべるルナを見ていたら「それよりも」と言いながら、長老が俺の方へ向き直る。


「……月の巫女もそうじゃが、少年よ。お主にも言いしれぬ力を感じるぞ?」


「へっ、俺も?」


 そして突然話を振られ、俺は素っ頓狂な声が出てしまった。


「じーさんもか。実は俺もなんだよ。ウォルスの持つ炎の力、あれは普通の力じゃねー気がするんだよな」


 ゼロさんも賛同して、長老を含めた二人分の視線が俺に集中する。別に嫌じゃないけど、妙な感じだった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それからしばらくして、再び酒盛りが始まり、ゼロさんと長老は互いに酒を酌み交わす。


「先の戦争で、エルフ族を兵力として駆り出したのはどこの軍隊じゃったかのー? それはそれは酷い目に……」


 顔を赤くした長老が、そんな話をしながら、よよよと泣き崩れる真似をする。追加のお酒で、かなり酔いが回ってきているみたいだ。


「いや、あんときゃ、悪いことをした……もっと早く、部隊長の暴走を止めていれば……!」


「ふーん、何も知らぬ若造に謝られても、今更じゃわーい!」


「だったらその話題出すなよ! 俺は結構堪えてんだぞ!」


「器が小さいのー。そういうのは、飲んで忘れるのじゃ!」


 長老と同じくらいに酔っているゼロさんの前に、どん、と別の酒瓶が置かれた。さらっと聞こえてしまったけど、ラグナレク軍とエルフ族の間でも、過去に何かいざこざがあったのかな。


「……それにしても、ゼロさん楽しそうだね」


 俺の考えとは裏腹に、ルナは笑顔で二人を見ていた。


 ゼロさんは俺たちと居る時とはまた違う顔をしていて、それこそ、祖父との久々の再会を楽しんでいるかのように、楽しい時間を過ごしているようだった。


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