第41話『続・捕まえた少女』



 ゼロさんによって宿屋に押し込まれた俺たち三人は、代金を支払って適当に部屋を借りた。


 その際、宿屋の店主に「兄ちゃん、女の子二人連れかい? やるねぇ」とか言われたけど、よく意味が分からなかった。


「……アンタのさっきの力、あれ何?」


 そして部屋に入るやいなや、ベッドの上にどっかりと腰を下ろしながら、赤髪の少女が言う。どうやら、開き直ったらしい。


「昔から使えるんだけど、癒しの力なの」


「ふーん……」


 少女は意味深な表情をしながら、先程まで折れていたはずの自分の足をさすったり、足踏みをしたりする。俺としては子供の頃から見慣れたものだけど、他人にしてみれば珍しい力みたいだ。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。わたし、ルナ。こっちは、ウォルスくん」


 その時、ルナが唐突に自己紹介をし、俺も並んで紹介される。


「あなたは?」


「……ソラナ」


 渋々、といった様子で名を名乗った。ルナは名前を知れたのが嬉しいのか、「よろしくね。ソラナちゃん」と笑顔だった。


「そ、そんなことより、オルフル族とは関わらない方がいいわ。この宿屋の人も、あたしが帽子被ってたから気づかなかっただけで、あたしがオルフル族だと知ったら追い出すわよ」


「どうして?」


「どうしてって……十年前の戦争でオルフル族が何したか、知ってるでしょ?」


「「知らない」」


 思わず、ルナと声を重ねてしまう。もしかしたら授業で習ったかもしれないけど、忘れてしまった。それくらい、当時の俺にとってはどうでもいいことだったと思う。


「噓でしょ……リシュメリアがオルフェウスに攻めてきた時、オルフル族はリシュメリアの味方をしたのよ。その戦いはオルフェウスが勝ったけど、それ以後、敵に味方したオルフル族は忌み嫌われてるわけ」


 ソラナが手ぶりを交えながら、そう教えてくれる。


 村での授業では、全世界を巻き込んだ大規模な戦争があった……程度のことしか教わっていない。


 俺とルナがその戦争によって生まれた孤児だったということもあったし、今思えば、村長が配慮してくれたのかもしれない。


「というわけで、オルフル族は忌み嫌われているのよ。少なくとも、オルフェウス大陸ではね」


「そうなんだ……」と、ルナも何とも言えない顔をする。後に続けるべき言葉を探している感じだった。


 言われてみれば、王都で屋台をやってたおじさんしかり、先程の野次馬たちしかり。言い方は悪いけど、まるで汚いものを見るような目でソラナを見ていた気がする。


「だから、このラグナレク大陸もきっと同じ。兵士に見つかったら、国王の前に引き立てられて、拷問の末に処刑されるのよ」


 少し顔を青くしながら続ける。いや、この国の王様はそんなことしないと思うけど。だって、あの人だしさ。


「でも、悪いことをしたオルフル族って、10年前の人たちなんだよね? ソラナちゃんは関係ないと思うけど」


「へっ?」


 ルナからの言葉が予想外だったのか、ソラナが素っ頓狂な声を出した。俺も同意見で、先の話を聞いたところで彼女が忌み嫌われる理由にはならない気がした。


「でもほら、あたし、食い逃げや泥棒の常習犯だし、悪いやつよ?」


 ソラナは動揺してか、これまでの罪を洗いざらい喋りだした。それでも、ルナは「お腹空いてたらしょうがないよ」と、笑って流した。


 彼女の話からして、きっとオルフル族は働きたくても働けない環境なんだろう。働けないから、お金も稼げない。だから、生きていくためには盗んだりするしかない。ルナもそれを察しているんだと思う。


 ため息混じりに「アンタ、変わってるわね……」と言い、ベッドに仰向けにひっくり返ったソラナと、そんな彼女を見ながら「そうかな……普通だと思うけど」と首を傾げるルナのやりとりを見ながら、俺は何とも言えない違和感を感じていた。




「お前ら、待たせたな」


 それからしばらくして、ゼロさんが部屋にやってきた。


 ベッドでひっくり返っているソラナを見て、「肝の座った奴だな」と笑っていたけど、直後にルナに促され、ゼロさんとソラナはお互いに自己紹介をした。


「商人のゼロだ。よろしく頼むぜ」


「……商人? 武闘家じゃなくて?」


 ゼロさんの職業を聞いたソラナの第一声はそれだった。確かにあれだけ動きのいい商人なんていないと思うけど、ゼロさんは「戦う商人なんだよ。時には野盗に襲われることもあるからな」と、はぐらかしていた。


 続いて、ルナはソラナの身の上を話したうえで、彼女の犯した罪を咎めないように頼んでいた。恐らく、商人のゼロさんじゃなく、国王のゼロさんに対して。


 ルナの言葉から察するものがあったのか、ゼロさんは「それは別に構わねぇが……」と、困惑しつつも了承してくれた。


「それで、いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」


 換気のために開けられていた窓を閉め、ゼロさんが少し声のトーンを落として言う。俺とルナは顔を見合わせた後、どちらとなく「じゃあ、良い知らせから」と伝えた。


「わかった。まず、あの場でルナの魔法を見た連中には口止めをしといたから、これ以上騒ぎは大きくなることはないぜ」


「口止めって?」


「袖の下。いわゆるワイロってやつだよ。あまり使いたくない手だけどな」


 直後に「いや、むしろ商人らしいか」とおちゃらけるゼロさんに、ソラナは「ええ、ホントにね」と、あきれ顔だった。


「……怪我してるソラナちゃんを見て、思わず力を使っちゃったけど、これからは気を付けないといけないのかな」


 一方で、ルナは自分の手のひらを見ながら不安顔だった。村に住んでいた時のように、いつもの感じで使っちゃったんだろうけど。


「世の中に回復魔法が存在しないわけじゃないが、あんな手軽に使えるもんじゃないからな。ウォルスの炎魔法も含めて、魔法の仕組みを知ってる奴ほど、お前らの力を見たら困惑するだろうよ」


 ゼロさんが言う。そういえば、俺の炎魔法もそうなのか。無意識にやってるけど、一目で火をつける時は気をつけないといけないかも。


「あー、でも、あたしは……」


 そんなことを考えていると、ソラナがベッドから起き上がり、ルナの方を向いて言葉を濁しながら言う。


「あたしはその、ルナの魔法、素敵だと思うわよ?」


 言い慣れていないのか、顔が引きつっていたけど、ソラナなりにルナを庇ってくれたんだろう。ルナも満面の笑みで、「ありがとう」とお礼を言っていた。


「お、お礼を言うのはこっちの方よ。その、今更だけど……足治してくれて、ありがと」


 たどたどしくも、ソラナもお礼を言う。こっちも言いなれていない風だったけど、ルナは嬉しそうだった。ほんの少しだけど、ソラナも心を開いてくれたのかもしれない。


「で、次に悪い知らせの方だが……」


 そう言うゼロさんが取り出したのは、例の神殿の鍵が入っている袋だった。


 何だろうと思っていると、ゼロさんが袋に手を突っ込んで鍵を取り出す。片手に収まり切れないくらい大きく、凝った装飾がされたその鍵は、真ん中あたりから真っ二つに折れてしまっていた。


「え、その袋の中、鍵が入ってたの?」


 続いて声をあげたのは、その袋を持って逃げまくっていたソラナだった。


「もしかして、袋の中味も確認せずに逃げ回ってたのか?」


 俺が訝しげな視線を向けると、ソラナは「し、仕方ないでしょ。あの人のお昼ごはんが入ってると思ったのよ」と、バツが悪そうに言う。あの人……というのは、月の神殿の管理をしていた、あの男性のことだろう。


「……なるほどな。お前は管理人の昼飯と間違えて、鍵を盗んじまったわけか」


 ゼロさんは歪な形に曲がった鍵を片手で弄びながら言う。そして「盗んだことはよくねぇが」と、前置きした上で、「反省してるようだし、お咎めはなしだ」と付け加えた。


「よくわかんないけど、その鍵はアンタたちにとって大事なものなの?」


「ああ、それなんだけどさ……」


 なんだかんだで、一人置いてけぼりを食らっていたソラナに対して、俺たちはアレスにやってきた理由を説明してやることにした。




「……そうだったの。その、ごめん……」


 理由を説明したところ、不可抗力とはいえ鍵を壊してしまったことに負い目を感じたのか、ソラナが目に見えてしおらしくなった。


「ううん。ソラナちゃんが気にすることないよ」


「そういうこった。長いこと使ってなかったから、どのみち衝撃に弱くなってたのかもしれねーしな」


 二人はそれぞれフォローしつつも、これからどうするべきか悩んでいるみたいだった。


 ルナが小さな声で「これ、さすがに使えないよね?」と聞けば、ゼロさんが「修理しねーと無理だな。随分古い型だから、そんじょそこらの修理屋には直せねーぞ」と返す。何かいい方法がないかな。


「……ねぇ。調べ物をするなら、大図書館に行ってみたら?」


「え、大図書館?」


「ほら、向こうに赤い屋根の大きな建物が見えるでしょ。あそこよ」


 その時、ソラナが窓の外を指差しながら言っていた。そういえば、舟で運河を渡っていた時に近くを通った気がする。すっかり忘れていた。


「そっか。調べ物といえば図書館だもんね。わたし、行ってみたかったの!」


 大図書館、という単語を聞いてか、ルナのテンションが明らかに高くなった。こいつ、本当に本好きだよな。


「じゃ、あたしはこれで……」


「せっかくだし、ソラナちゃんも手伝って!」


 ちょうど頃合いと見たのか、部屋の扉に手をかけたソラナだったけど、空いている方の手をルナがしっかりと握っていた。


「へっ!? あたしも!?」


「うん!せっかくだし、手伝って!」


 そう言うと、ぎゃーぎゃーわめくソラナをものともせず、ぐいぐいと外へ引っ張って行ってしまった。


 予想外の行動で呆気にとられながら、俺とゼロさんもその後に続いたのだった。


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