第39話『湖畔の街の追いかけっこ』



 神殿脇の小屋を後にして、周囲を見渡す。寂れた観光地ということもあって周囲に人の気配はない。


「じゃあ、その紅い髪の人を探せばいいんだね」


「ああ、肩くらいまでの長髪で、女の子だった。すぐにわかると思う」


 そんな感じに犯人の特徴を話しながら、水路に沿って歩く。神殿から離れれば離れるほど、人通りが増えてきた。すれ違う人の顔を確認しつつ、見逃さないように進んでいく。


 三人であちらこちらと視線を動かしていると、突如として開けた場所があった。周囲を水路に囲まれたそれは、どうやら水上公園らしい。中央に置かれた噴水の周りで子供たちが遊んでいたり、綺麗に並べられたベンチでその子たちの母親らしき女性たちが談笑している姿が見える。


 ……そんな公園の一角に、こちらに背を向けてしゃがみ込む人物がいた。その髪色は目が覚めるような紅。見つけた。あいつだ。


 俺とゼロさんは目配せをして、気づかれないように気配を消しながらその人物に近づいていく。


「ほーれほーれ、お前ら、いい子だなー」


 ……ある程度近づいたところで、そんな声が聞こえた。俺たちの位置からは確認できないけど「にゃー」と、鳴き声が聞こえた。どうやら猫に夢中みたいだけど、この声、どっかで聞いたことあるような……。


「……はっ」


 そう思っていた矢先、背後から近づく俺たちに気づいたそいつが、振り向きながら飛び退いた。その動きに驚いたのか、近くにいた猫はすごい速さで逃げていった。


「……アンタたち、あたしになんか用?」


 振り返った少女は金色の瞳で俺たちを睨みつけてくる。その拍子に、紅い髪の間から獣のような耳と褐色の肌が見えた。間違いない。この間、ラグナレクの食堂で食い逃げをしていた、あの少女だった。


「あ、あの時の食い逃げ犯!」


「え、そうなの!?」


 俺が指差しながら叫ぶと、ルナも動揺しながら俺と少女を交互に見る。そんな中、少女が振り返ったタイミングで、その手に巾着袋が見えた。やっぱり、神殿の鍵もこいつが盗んだのか!?


「……いきなりで悪いが、ちょっと話を聞かせてもらえるか?」


 ゼロさんもその袋を確認したんだろう。素早く少女の後ろに回り込んで、がっしりとその腕を押さえる。相変わらず商人離れした動きだ。


「……触んないでよ! このっ!」


 ところが、腕を押さえられたはずの少女はその身をねじるようにして、力づくでゼロさんの拘束から逃れる。そしてお返しとばかりにゼロさんの腕を掴むと、これまた力任せに放り投げた。


「な、何!?」


 見た目は華奢な少女に軽々と投げ飛ばされたゼロさんは驚愕の表情を浮かべたまま、くるくると宙を舞い、公園を囲む水路へ水しぶきを上げて落下した。うそだろ。


「どきなさい!」


 信じられない光景に俺たちが目を奪われているうちに、赤髪の少女は袋を手にして、その場から逃げていってしまった。


「くそっ、待て!」


 ルナに公園にいるように伝えてから、俺は全身に魔力を巡らせながら駆け出す。今度こそ、捕まえてやるぞ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 魔力で身体能力を向上させた俺は、全力で少女を追う。


 今なら細い水路ぐらいは楽々飛び越えることができるし、その背中も着々と近づいてきている。これなら追いつける。


「……へぇ。なかなか使いこなしてるじゃねーか」


 その時、ゼロさんが追いついてきた。全身ずぶ濡れだけど、すごい速さだ。


「この魔法、使い慣れてきた気がするよ。前に使った時より、身体が軽い気がするしさ」


「そりゃ良いこった。なら、二手に分かれても良さそうだな。反対側から回り込んでやるよ」


 ゼロさんは嬉しそうに言うと向きを変え、細い路地へと消えていった。その背を見送り、俺は一層足に力を込める。




「よし、観念しな!」


 それから少しの間をおいて、最高のタイミングでゼロさんが少女の前に飛び出す。ちょうど、俺と挟み撃ちにする形だ。


「おあいにく様。じゃーね!」


 優位に立ったと思ったのもつかの間、赤髪の少女は大きく跳躍し、屋根の上へと跳び上がって逃げていく。


「待ちやがれ!」


「逃がすか!」


 俺とゼロさんも跳躍し、負けじとその後に続く。屋根の上は滑りやすくて走りづらかったけど、身体能力が上がっているおかげでなんとかゼロさんについていけていた。


「うそでしょ!? アンタたち、どこまで追ってくるのよ!?」


「その袋を返してくれるまでだよ!」


 なんか聞こえたけど、俺は全身の魔力は維持したまま、その一部を手のひらに集約して火球を出現させる。二つの魔法を同時に使うのはこれが初めてだ。


「いい加減止まれ! このっ!」


 そして出現させた火の玉を、威嚇の意味を込めて少女のすぐ近くを狙って投げ放つ。屋根の上だから人もいないし、流れ弾が人に当たることもないだろう。


「ひっ!?」


 俺の魔法は少女の右肩を掠めていく。予想外の攻撃に驚いたのか、少女はバランスを崩す。


「あ」


 先も言ったけど、屋根の上は雨の影響で苔が生えていたりして滑りやすい。少女は一度崩したバランスを立て直せずに、勢いよく地面へと落下していった。


 ……やべ。あの高さから落ちたら、下手したらケガじゃ済まないかも。俺、そんなつもりじゃなかったのに。


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