第34話『湖畔の街へ』



 湖畔の街アレスへ旅立つ当日。持ち物をしっかりと確認してから、俺とルナは屋敷を出て、街の入口へと向かった。


 その道中、ルナが見慣れない帽子を被っているのに気がついた。


「あれ? お前、帽子買ったのか?」


「違うよ。ほら、ウォルスくんがこの間持って帰ってきた……戦利品?」


「あ、例の食い逃げ犯の」


 言われて気づいた。ルナの被ってる帽子、この前の食い逃げ犯が落としていったやつだ。綺麗に洗われて、穴やほつれも修繕されていたので、ぱっと見わからなかった。


「食い逃げ犯言わないの。もしかして、やむにやまれぬ理由があったのかもしれないし」


「それでも、ルナの本を盗ったのは許せないぞ。今度見つけたら、兵士に突き出してやる」


「そういうの良くないよ。今度会ったら、この帽子と交換してもらうつもりだから」


 そう言いながら、ぽんぽんと頭の帽子を撫でる。同時に、本は残念だったけど、なくてもなんとかなるし……と付け加えていた。


 あいつが本と帽子を快く交換してくれるなんて思えないけどなぁ……なんて考えていると、街の入口である門が見えてきた。


「よう。時間通りだな」


 その袂に、ゼロさんが立っていた。見慣れた商人の格好で、背中には大きな袋を担いでいる。


「早速出発しようぜ。今日中にできるだけ進んでおきたいからな」


 挨拶もそこそこに、ゼロさんは先頭に立って歩き出す。きちんとした街道が整備されているとはいえ、城の地図で見た時はだいぶ距離がある感じだったし、距離を稼いでおきたいんだろう。


 俺とルナも顔を見合わせて、気合いを入れてゼロさんの後を追った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ゼロさんを先頭に、真ん中にルナ、しんがりに俺。右手側に川を見ながら、街道を歩く。


 空は澄み渡っていて、鳥のさえずりが聞こえ、春らしく心地のよい風がそよぐ。まさに旅日和だった。


 ルナも気持ちが良いのか、微かに鼻歌が聞こえてくる。まぁ、気持ちはわからなくもないけどさ。


 ……そんな矢先、アレス側からやってきた馬車が俺たちの隣を通り過ぎて砂埃が舞う。それをまともに吸い込んでしまってむせ込んでいると、ゼロさんが「この時間に馬車は珍しいな」と言って苦笑する。


 王都に向かう道だし、馬車が通るのも当然なんだけど、もう少し通行人のことを考えて走って欲しい。


「そうだ。ゼロさん、少しいい?」


 そんな馬車の出す騒音が消えた頃、ルナがそう切り出した。ゼロさんは歩みを進めながら、「どうした?」と意識だけをルナの方へ向けた。


「月の神殿についてなんだけど、どんな場所なの?」


 それを確認して、ルナが質問する。それは俺も気になっていた。仮にも月の巫女と関係がある可能性がある場所だし、さぞかし荘厳な雰囲気の場所なんだろう。それこそ、王家の人間が一緒じゃないと入れないようなさ。


「そうだな……簡単に言えば、寂れた観光地だ」


「「へ?」」


 予想外の返答に、俺とルナの声が思わず重なった。


「月の神殿はアレスの中心部から少し……いや、かなり離れたところにある遺跡だ。いつごろ建てられたのかは一切不明で、昔は定期的に王国主導の調査もやってたみたいだぜ。少なくとも、俺が王座に就く前の話だな」


「そ、そうなんだ……」


 ルナも対応に困っている感じだった。俺だって、周囲を兵士に守られた立派な神殿を想像していたのに。観光地? なんか雲行きが怪しくなってきた。


「で、先の戦争が終わってからの経済復興の一環として、アレスから神殿の観光地化の話を打診されてな。軍による調査も終わっていた手前、きちんと管理をすることを条件に、当時の俺も神殿周辺の観光地化を了承したわけだ」


 ……つまり、一通り調べ終わって危険もないから観光地にしたと。そんなところに行くのか。月の巫女と関係ありそうとはいえ、大丈夫かな。


「だから、ルナもそう気負うな。俺たちが向かう先は観光地だ。観光旅行だと思って、気軽に行こうぜ。何か見つかれば、御の字だ」


 ちらりとルナの方を見て、ゼロさんが笑った。この人はもしかして、ルナの言葉の端々に見え隠れする不安に気づいていたんだろうか。だからこそ、少しおどけた風に言ってくれたのかも。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……その後は黙って歩き続け、気がつけばお昼時。そろそろ食事にしようということで、一旦街道を逸れて川の近くの平地に腰を下ろす。


「えーっと、何を食べるかな……」


 自分の背負っていた袋を開けて、食料の目星をつけていると、ルナが「ちょっと待って」と俺を制した。大した食料も持って来ていないはずだけど、何か考えがあるのかな。


「ゼロさん、例の物、持ってきてくれた?」


「おう。しっかり三人分用意してきたぜ。これだろ」


 そう言って、ゼロさんが取り出したのは釣り竿だった。それも、人数分。


「釣り竿なんて出して、どうするんだ?」


 俺が問うと、ルナは川を背にして両手を広げながら「目の前に川があって、新鮮な食材が泳いでるんだから、それを利用しない手はないよ!」と高らかに言い放つ。


「じゃあ、今からこれで魚を釣るのか?」


「そう! 成果次第でご飯が豪華になるから、頑張って!」


 そう言いながら、笑顔で釣り竿を手渡される。


「ちょいまち。俺、釣りなんてやったことないんだけど。第一、餌もないしさ」


「釣りのエサなんてそこら辺の虫でいいよ。ちょっと待っててね」


 そう言うと、ルナは小さな麻袋を手にして、自分の服が草まみれになるのもお構いなしに草むらに分け入っていった。


「……月の巫女様は見かけによらず、ワイルドだな」


 ゼロさんが冗談半分に言う。まぁ、なんだかんだで田舎育ちだからさ。俺らって。


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