第28話『新生活』
「よし。大体こんなもんだな」
とんでもなく広い屋敷の中を見終え、俺たちはエントランスへと戻ってくる。いくつもある窓から差し込む日光はだいぶオレンジ色になっていて、いつの間にか夕方近くになっていた。
「さっきも説明したが、当分の食糧は炊事場の貯蔵庫に入ってる。少しだが金も置いておくから、困ったときは遠慮なく使えよ。村と王都じゃ、物価もだいぶ違うからな」
言いながら、近くの棚の上に布袋を置くゼロさんにお礼を言うと、「近所の連中にもそれなりの話はしてあるが、どうしても困ったときは城に来い」と、付け加えてくれた。
「それじゃあな。また明日来るから、ゆっくり休めよ」
最後にそう言って、屋敷を後にしていった。その背中を見送りながら、「せっかくだし、夕飯食べていけばいいのに」とルナが小さな声を漏らしていたけど、やっぱり王様だし、忙しいのかもしれない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それじゃ、晩ご飯にしよっか。ウォルスくん、手伝ってね」
玄関扉を閉めた後、ルナは俺の方を振り向き、胸の前で、ぱん。と手を叩く。その動作に妙な違和感を感じながら、炊事場へ向かうルナの後に続いた。
「わぁ、たくさん入ってるよ」
ルナが貯蔵庫の扉を開けるや否や、歓喜の声を上げていた。俺は例によって火の魔法でかまどに火を入れつつ、横目でその様子を眺める。
「大きなソーセージがあるから、バターで焼こうよ。野菜はどれも新鮮そうだし、簡単に切ってサラダだよね」
調理の算段をしながら、あれやこれやと食材を手にする。さすが手慣れてるな。
「ソーセージを焼くとき、このスパイスを使ったらうまくなるんだぞ」
俺も負けじと、近くの棚に置かれた小瓶を手にする。「え、ほんとに? なんで知ってるの?」という声が返ってきたが、へへへ、と笑ってごまかしておいた。この前、ゼロさんがこのスパイスを使って調理しているのを見ててよかった。
その後、ルナがソーセージを焼く間に、サラダ用のドレッシングも作っておいた。これもゼロさんが以前持っていた食用油と同じものがあったからできた芸当だった。
……それにしても、ルナと一緒に料理とか初めてかもしれない。元々、村長の家と教会で別々に暮らしていたし。なんだろ。このむず痒い気持ち。
そして日が完全に暮れた頃、夕飯が完成した。スパイスの効いたソーセージに作り置きされていたパン、特製ドレッシングのかかった野菜サラダ。
どれも美味しかったけど、広いテーブルに二人っきりで食べる食事はどこか物寂しい気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「えーっと、こんなもんでいいのかな」
食事を済ませた後、俺は裏手に回り、外のかまどにつけた火と格闘していた。
ゼロさんから聞いた話によると、ここに火を燃やすことでお風呂が沸く仕組みらしい。
水を張った窯の下で火を焚いたら、それこそ沸騰して茹で上がってしまいそうだけど。中の筒を通る間に温度が下がって良い感じの湯加減になるらしい。
「ルナ、どうだー?」
ちなみに、ルナは浴室の方でお湯の感じを見てくれている。換気用の窓があるから、声は聞こえるはずだけど。
「うん。ちょうどいいよ」
その時、がららと窓が空いて、そんな声が降ってきた。思わず見上げると、ルナの濡れた髪と白い肌が見えた。
「おおぅ!?」
思わず変な声が出て、速攻で顔を伏せた。なんでもう服脱いで入ってるんだ。
「どうしたのー?」
「いや、なんでもない……」
なんとか平静を装うも、たぶん、俺の顔はこのかまどの炎と同じように真っ赤になってると思う。せめて、前隠してくれ。
「どれくらいの火加減? ウォルスくんが入る時は、私は火を管理しないといけないし、見せて?」
「こ、これくらい」
俺がかまどを指差すと、「ここからだと、良く見えない」と、言いながら身を乗り出してくる。やめてくれ! それ以上身を乗り出すな! 俺はよく見えちゃうから!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そんなこんなで俺も入浴を済ませて、別々のベッドで眠ることにした。元は貴族の屋敷というのもあって、古いながらもふかふかのベッドだった。ゼロさん、ベッドメイクまでしてくれたみたいだし。
「……なんか、色々あって疲れたな」
精神的な疲労が解消されたおかげか、ベッドに入ると直ぐに眠気がやってきた。これは、いい塩梅に眠れそう……。
……意識が沈みかけたその時、部屋の扉が開く気配があった。
「……?」
目を開けると、目の前にルナの姿があった。暗くてよく見えないけど、枕を抱えて、少し震えている気がした。
「……どうしたんだ?」
「さっきまで、大丈夫だったんだけど……一人になったら、眠れなくて。今日だけ、一緒に寝ていい?」
少しの恥じらいと、不安を含んだ声。それだけで俺は察した。
ゼロさんが安全を保障してくれたところで、ルナが月の巫女である事実であることは変わらない。今日一日元気に振る舞っていたのは、不安に対する裏返しだったのかも。
それに、村が襲撃された時、ルナは部屋で眠っているところを襲われた。間一髪助かったとはいえ、相当なショックがあったはずだから、似たような状況に置かれたことで、その時の恐怖がよみがえってしまったのかも。
「いいぞ。ほら」
俺は素知らぬ顔で端に寄り、ベッドを空ける。ルナは消え入りそうな声で「ありがとう」とお礼を言って、もそもそとベッドに潜り込んできた。
「懐かしいよな。小さな頃も、ルナは時々教会抜け出して俺の部屋に来てたよな」
「……そうだね。昔はソーンさんがかなり厳しかったから」
そう言いながら、ルナは俺の手を握ってきた。その細く震える手を、俺は優しく握り返す。
「村長もそうだったけど、あの二人は俺たちが孤児だからって甘やかさずに育ててくれたんだよな。正直、俺もきつい時もあった」
「でも、あの頃からウォルスくんはずっと優しくて、頼もし……」
……そこまで話して、ルナは糸が切れたかのように眠ってしまった。うぬぼれかもしれないけど、俺が隣にいることで安心してくれたのもしれない。
俺も目を閉じて、ルナの規則正しい寝息に耳を傾ける。それはまるで子守唄のように、俺を心地よい眠りへと誘った。
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