第33話 目潰し




 矢一本で100万ゴールド。

それが支払えないなら、射たないとゴネるサイラスに対してナツメは伝家の宝刀とでも謂うべき羊皮紙を取り出した。


「探索者パーティー【異端の求道者たちヘレティカル・シーカーズ】約定第一条。当パーティーに属する者はパーティー内外を問わず、金銭トラブルを極力起こさないように最大限努める事」

「なっ……。それくらい覚えている」

「第二条。特に、会話や探索中の戦闘行動に対する報酬として金銭的要求をしてはならない。他パーティーと共同戦線を敷く場合も同様である」

「うっ……。それはだな……」

「第三条。探索により得られた収入、財宝は話し合いにより分配する事」

「ぐっ……」

「第四条。上記三ヵ条に違反した者に、100万ゴールドの罰金を科す」



 怒れるナツメは容赦なかった。

矢継ぎ早かつ畳み掛けるように、サイラスの反論の一切を無視して、羊皮紙に記載された文言をただ読み上げる。


 これは、もともとサイラスのパーティー加入を受け入れる条件として私が提示したものだ。

口頭だけで済ませては生温いと、その場で条文化したのがナツメである。


 ナツメの手にある羊皮紙にはしっかりと私たち三人の署名が書き連ねられている。

これで言い逃れは出来ない。



 まさかこんなに早くあれを活用する事になろうとは思わなかった。

それぞれに普通程度の良識があれば、特段書面を取り交わさなければならないような内容ではない。

しかし、今回はナツメの読みの方が正しかったという事だ。



「そうだな……。初犯という事で、今回はアイツを弓矢で無事に倒せたら、罰金は勘弁してやろう」



 罰金は100万ゴールド。

サイラスの矢も一本100万ゴールド。

奇しくも同額だ。


 金の亡者としては、やはり第四条は無視出来ないらしい。



「ぐっ……。謀ったな!」

「失礼な。お前の自滅だ。ほら、早くやれ」

「覚えてろ。この僕にタダ働きさせようなんて……」



 悔しさのあまり、ギリギリと完璧な並びの歯を軋ませるサイラス。

こういう表情をすると、美形も形無しになるのね。



 ナツメはヘドロっぽいモンスターの方を顎でしゃくる。

顎で使うとはこの事を言うのだろうか?



「いいだろう。奴は僕が倒してやる。だがしかし! お前たちの思い通りにはさせない」



 急かされて、サイラスは再び突っ込んでいった。

……矢を一本だけ持って。



「融けたナイフの恨み、思い知れ!」

「そっちかよ!?」



 万が一にも無数の目玉のどれかと視線を合わせてしまわないように、サイラスは薄目で矢を振りかぶる。



「よくよく考えたら、目を合わさずに目を狙って弓矢を射るってちょっと無理があるわね」

「確かに」


 見た目はかなり滑稽で破れかぶれだが、サイラスの行動はあれでなかなかどうして理にかなっている事に気付く。

やはり得物は矢でなく、もっと耐久性のある物の方がいいと思うけれど。



「ギャーーーー!!」



 サイラスの執念は魔物に深く突き刺さった。

耳が痛くなるような魔物の悲鳴が鼓膜をビリビリと震わせる。



「今日の成果は……そうだな。目玉を多く潰した順番に振り分けようじゃないか」

「何!? それを早く言え! にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろくっ!」


 金の亡者が目の色を変え、矢を刺したり抜いたりを繰り返す。

普通は途中で折れたりしそうなものなのに、器用な事だ。


 そんな中、今日ゲットしたお宝を私は頭の中で列挙し、愕然としていた。



「駄目だわ……。美味しそうなお肉が無い……」


 今日倒したモンスターは鼠だったり、蜘蛛だったりと美味しく頂けそうなやつがいない。

しかもナツメ情報によれば、どれもこれも牙やら臓器やらに毒を持っているらしい。

頼みの綱というか、期待の星の米も見つかっていないのに、何を心の糧とすればいいのか。


 植物の種子だと言うから、密林型の迷宮になら生えているかもしれないと期待したのに――。



「え、お前知らないのか? スニーク・スネークはそのまま食うと泥臭いが、綺麗に湯で洗って蒲焼きにすると旨いんだぞ?」

「何ですって!? それを早く言いなさいよ! フレイム・セイバー!」


 耳寄りな情報をナツメから提示され、腰を据えて泥々の謎のモンスターに取り掛かる。


 サイラスのナイフと違って、魔力の塊である私の武器は、モンスターの粘液に触れても融ける事は無かった。

それをさいわいとばかりに、サイラスと同じく薄目で滅茶苦茶にぶっ叩いていく。


 目を潰される度に痛みに悲鳴を上げ、悲鳴を上げている間にまた次の目を潰されるモンスターに反撃の余地はなかった。



「蒲焼きー!」

「金だ、金!」

「無脊椎動物の癖に霊長類に喧嘩を売るから、こういう痛い目に遭うんだ。神経伝達速度の次元が違う。所詮、俺たちの敵では無い!」


 欲するものは違えど、三人とも敵は同じだ。


 それぞれ好きな掛け声でやる気を向上させる。

ナツメはナツメで何やら一人で悪い笑みを浮かべている。



 数分後、すべての目を潰されて微動だにしなくなった魔物を前に、ナツメはここ最近のストレスを全て払拭し終えたような、非常に晴れやかな顔をしていた。


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