第17話 兎と謎草



「何だか、とんだ騒ぎだったな」

「ええ……」

「どうした? お前、狐につままれたような顔をしてるぞ?」


 ギルドの門扉を悠々と潜くぐり、同意を求めてくるナツメに適当に相槌を打つと、そんな事を言われた。


 どこか、夢を見ているような気分だった。

それも、お祭り大バカ騒ぎをやっているとびきり派手なやつだ。



「人って、こんなに簡単に動くものだったかしらと思って」

「まあ、男は地位や名声の類いには目がないからな。探索者なんてやってる場合は特に。そういう奴らは皆多かれ少なかれ自分の名を上げたいって潜在的な欲求を持っているよな。……まあ、騒ぎになるだろうなとは思っていたけれど、さすがにあそこまでとは思わなかったな」

「自分で焚き付けておいて、よく言うわ」

「そうか? 俺は俺の思った事を言ったまでだけどな」



 さっきのナツメの発言は一歩間違えれば、喧嘩を売っていると言われても仕方ない、際どいラインだったと言えば、当の本人はケラケラと笑っている。


「しっかし、クレアさんのあの顔には驚いたよな。ドSのプライドが木っ端微塵というか……」

「確かにあれは思わず笑ってしまいそうになったわね」



 結局あの後、事実確認と巨大兎の鑑定に時間が欲しいと言われ、報酬その他諸々は後日という事になったのだが、それを告げるクレアさんの表情が可笑しかった。


 いつも取り澄ましているというか、常に見下してくるようなイメージのある彼女が、慌てふためいたのだ。

どんな美人でも、度を越して驚愕すれば間抜け面になるらしい。

普段の彼女とのギャップが凄まじかった。


 惜しむらくは、私たちの話の真偽を確かめるべく探索者たちが殆んど出払っており、彼女のその表情を目撃した者がかなり少なかった事だ。



「ま、クレアさんも血の通った人の子って事だな」

「そうね」


 虐げられてきた分、鼻を明かしてやったかのような爽快感があった。


「……で? 俺はお前の仲間として合格なのか? 不合格なのか?」


 ひとしきり笑った後で、ナツメは急に真顔になった。

早く答えろと言わんばかりに前のめりになってくる。

しかし、私は首を振った。


「いいえ、今はそんなのより大事な事があるわ」

「何かあったか?」

「ご飯、よ!」



 ――ぐーぎゅぐーぎゅ。



 高らかに宣言すると同時に私のお腹も賛意を唱える。

実に息の合ったコンビネーションだ。



「お前、パーティーの今後より食欲優先かよ!」

「当たり前じゃない! 食事より大事な事がこの世にあるわけ無いでしょう?」

「……はあ、もういい。分かった。じゃあ、食い終わったら話をきっちり聞かせてもらうからな」

「はいはい、分かってるわよー」


 理解と言うよりは、諦めの境地に達したらしいナツメの言葉に私は適当に頷いておいた。




*****




 ――場所は変わって。



「それで、何で飯屋じゃなくてどっかの屋敷に連れて来られているんだ? しかもなんかちょっと微妙に薄汚れた感じの」

「どっかの屋敷じゃなくて、私の屋敷よ! 仕方ないでしょ、使用人を雇うお金が無かったんだから」



 我がダルグ男爵家本邸・玄関ホールにて私たちはそんな会話を繰り広げていた。



「お前、苦労してるんだな。……と、それはそうと、何でお前んちに俺は招待されているんだ? 飯を食うんじゃなかったのかよ?」

「食べるわよ。今からここで調理をして」

「……まじかよ。審判の時がどんどん遠のいていく気がする……」



 大袈裟に落ち込むナツメを放っておいて、私は腕捲りしながら厨房へ向かった。



「調理器具だけは揃ってるんだなー」



 そんな台詞を吐くナツメを横目に、私は調理へと取り掛かる。


 メインは勿論、兎だ。

血抜きなどの下処理は迷宮内で終えてしまった為、あとは適当に切って煮るなり焼くなりするだけだ。


「お肉~、お肉~! ふんふふ~んふ~ん♪」


 上機嫌で即興の鼻歌を歌いながら、包丁を手に取る。

いざ入刀と銀色の刃先を煌めかせたところで、背中に突き刺さるような熱い視線を感じて手を止めた。


「何?」

「いや、シャンヌってそこはかとなーく、料理苦手そうな雰囲気が漂っているよなーと思って」

「失礼ね! 私だって料理くらい人並みに出来るわよ」

「……本当か?」


 あらぬ疑いを掛けられて、軽く憤ってみせる私に対し、ナツメが向けてくる視線はやはり変わらない。

純然たる疑いの眼差しだ。

失礼極まりない。


「そんな事を言うなら、貴方の分は作らないわよ?」

「むしろ不味かった時の身の安全的にはその方がいいのか……?」


 本当に失礼極まりない。


「シッシッ、あっち行きなさい。気が散るのよ」

「いや、ここで見ている。見張っている。俺の身の安全の為に。……いや、これはお前の為でもある」


 私の料理の腕前に懐疑的なナツメは、調理をする私を監視する事に決めたようで、何とか追い払おうとすもなかなかどうして頑固で、私の右斜め後ろの位置から梃子でも動こうとしない。


「もう! 分かったわよ。好きに見ていなさい。私は私のやりたいようにやるわ」


 後ろから見られているのは、誰にとっても気持ちの良い状態ではない。

ちゃっちゃと作業を進めてさっさと終えてしまおうと思った。


 今度こそ、肉に刃先を入れて適当な大きさに切り分ける。

今回使うのはたっぷりとして食べ応えのあるモモ肉だ。

清潔な布で包んで軽く汁気を拭き取った後、軽く塩を振る。


 続いて、食糧庫から出してきた謎草を刻もうとしたところ、ここで邪魔が入った。


「オイコラ、ちょっと待て。その手の草は何だ?」

「これ? これは迷宮内に生えていた草よ? 名前は知らないけれど、ハーブの代わりに使おうと思って」

「何で訳のわからない謎の草を平気で料理に使おうとするんだよ!? 正気か?」

「だって、きちんとした香草なんて我が家には無いんだもの。肉料理は臭み取りに香草を使うのが定番でしょう? これ、口に入れるとハーブみたいにスッキリと爽やかな風味がするのよ? ちょっと舌がピリピリするけど」

「臭みがどうとか、風味が似てるとか似てないとか、そういう問題じゃ無いだろう! 舌がピリピリした時点で食うの諦めろよ! もし毒草だったらどうするんだ? お前の頭はスッキリじゃなくて、さっぱりだな、おい」

「大丈夫よ。既に何度か炒めたり煮込んだりして食べたけど何ともなかったもの。死にはしないわ」

「お前……、どんな逞しい胃腸をしてるんだ? つーか、どれだけ苦労してきたんだ……?」

「うっ、うるさいわね! あっち行ってなさいって言ったでしょう!?」

「うわっ、ちょ……。包丁片手に迫るな、怖い!」


 同情されるとなんだか無性に鼻の奥がツンとして 、居心地が悪くなる。

それを隠すかのように、ナツメを壁際に追い詰めて脅かす事で私は溜飲を下げるのだった。


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