第15話 ドSの受付嬢



「さてと。無事、ボス二連戦を終えたところでお楽しみタイムだな」

「ご飯! お肉!」

「ぶっ……。いや、その前に宝箱の中身を回収しようぜ」

「ハッ、しまった。私とした事が、つい……」

「すげー、今さらな発言だな」


 お楽しみタイムといえばご飯だろう。

反射的にそう言えば、ナツメは噴き出した。

彼の中で、私のイメージが食いしん坊キャラで固まりつつあるらしい。


「納得行かないわ」

「納得が行こうが行かまいが、現実は一瞬たりとも待ってはくれないぞ。……よし、罠は無いみたいだな」


 急に笑ったり、急にドキッとするような事を言ったり。

ナツメが真面目なのか不真面目なのかよく判らない。


「……待って」

「まさか自分が開けたいって言うんじゃないだろうな?」


 無造作に宝箱を開けようとするナツメに制止をかけると、非常に面倒臭そうな顔をされた。

その言葉に首を振る。


「違うわ。その宝箱、本当に開けて大丈夫なの?」

「ああ。俺の職業を忘れたのか? 考古学者なら、こういうのは慣れてる」

「その言葉、かなり信憑性に欠けるんだけど?」


 胸を張って太鼓判を押すナツメに私は疑いの目を向けざるを得なかった。

さっき上の階で不用意に装置を作動させた人間の言葉とは思えない。


「ああ、あれはわざとだよ。その方が面白い事になりそうだと思って。実際、面白かっただろう?」

「わざとなら、なお悪いわよ」


 ナツメについて、私の中で注意事項が増えた。

調子に乗ると、とんでもない悪ふざけをする危険人物である、と。


「そんなに信じられないなら、お前は先に帰って俺一人で開けてもいいんだぞ? その代わり、お宝は全部俺がいただくけどな」

「冗談じゃないわよ。全部私に寄越しなさい」

「お前、割りと頻繁にそういう横暴な事を言うよな。今日の稼ぎは半々だ」

「……チッ。仕方ないわね。じゃあ、二人で初めて見付けた宝箱だから、記念に二人で開けるわよ」


 二人で同時に開ける。

その提案にナツメも頷き、話が纏まった。


 二つ並んだ宝箱の一方に手を掛ける。

願わくば中身が『当たり』である事を祈るばかりだ。



「せーのっ」


 掛け声と共に二つの宝箱は開かれた。


「これは……本?」

「こっちは腕輪みたいだな」


 つくづく、今日は本に縁のある日らしい。

秘かに幻の珍味的な食材を期待していたので、がっかり度合いも半端ない。


「これは相談の余地も無いわね。……肉、どころか食べ物ですらなかった……」

「いや、宝箱の中に食い物が入ってたら恐ろしいだろう。漏れなく腐っているとか、どんな嫌がらせだよ?」

「私はお腹がすいたのよ!」



 ――ぐーぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる……。


「わかった、わかった。とりあえず今日の探索はここまでにしておいて、あの大兎を持ってギルドに報告に行こう」

「転送」


 お腹の主との最強タッグによりナツメの説得に成功した私は、いそいそと転送魔石を発動させた。




*****




「あら? シャンヌさん、まだ探索者を続けていらしたのですか? 今朝、全財産を失われて何処かで野垂れ死んでいらっしゃるかと思いましたのに……」


 迷宮入り口から徒歩で移動してギルドに入り、カウンター前の行列に二人で並んで、漸く自分の番が回ってきたと思った瞬間に言われた言葉。

それがこれだった。


「失礼ね! ちゃんと生きてるわよ」

「悪運だけはお強いのですね。つい口喧しく接してしまうのは、お一人は無謀だと再三忠告申し上げたのに、なかなかお聞き下さらないからですわ。幾らこの国で生きていく手段が探索以外に乏しいとはいえ、国外に出れば幾らでも選べる道がございますわ」

「まあまあ、クレアさん。今日はシャンヌ一人じゃなくて、俺も一緒だったんですよ」


 苛立ちは空腹故か、はたまた別の理由か?

ついつい眉を吊り上げてジロリと睨めば、慇懃無礼な受付嬢は少しもたじろぐ気配なく、涼しい顔をしてきっちり倍返しされた。


 さすが並々ならない超高倍率の難関を突破してギルド職員となった人物だけの事はある。


 顔良し、頭良し、口は酷し。

荒くれ者や無法者も多く、気に入らなければ武力に訴えてくるようなケースも頻繁に発生する為、並の娘ではギルドの受付嬢は務まらないのだ。


 一部の特異嗜好の男性の間では、彼女ら受付嬢は絶大な人気を誇っているらしい。

ちなみに、今朝ほど依頼の仲介手数料と称して私から有り金を全てふんだくったのは他ならぬ、目の前の彼女だ。


 そんな人物にポンポンやり込められて、および腰になっているところにナツメが横から口を挟んだ。



「まあ、ナツメ様が? さぞ、ご苦労が多かった事でしょうね」

「どういう意味よ?」

「そのままの意味ですわ」

「まあまあ。俺の顔に免じてそのくらいにしておいてやってくれよ」

「ナツメ様がそう仰るのなら」


 無意識に足は小刻みに動き、床をカツカツと踏み鳴らしていた。

ナツメとクレアさんは随分と親しげだ。


「この扱いの差は何なのよ……?」

「うだつの上がらない自称魔法使いと、有能で戦闘もお出来になる考古学者様の差、でしょうか? 有望な探索者とそうでない方、大切なクライアントへの応対に格差があるのは当然の事ですわ」


 ボソッと独り言を言ったつもりが、余裕で聞き咎められ、自分でも気にしているところを実に正確に、そして的確に抉ってくるクレアさんは鬼のようだった。

冷たいとさえ感じる程に整った容姿がまた恐ろしさを助長させる。


 悔しかったら探索者ランクを上げろ、という事か。



「さてと。本日はどのようなご用向きでしょうか?」



 いとも容易く自分のペースに持ち込んでしまう彼女に、口では一生敵わない気がした。


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