第6話 職場

 受話器を置いた。電話の相手は以前勤めていた人の身内の方だった。やめられていたことを知らなかったようだ。


「誰から?」


「佐伯さんのお兄さんからでした」

「ああ、佐伯さん懐かしいね。独立するから辞めたのかと思っていたのにそんな気配もないねぇ。何しているのかね」


「佐伯さん、お亡くなりになられたそうです」

「えっ?」

「それで今からお葬式にいかれるそうです」

「そんな…場所は?」

「いえ、ここから遠いそうで、県外なんだそうです」

「そうなの…理由は病気、事故?まさか自死ってことはないよね?」

「病気だそうです」


「そうか…病気が発覚したから辞めたのか。相談してくれたらよかったのに…」


「そうですね」


 あ、事務員の吉井さんに事務長の竹岡さん…まだやめて数ヶ月だけど懐かしい。私に良くしてくれた人たちだ。


 仕事は大変だったがやりがいもあって楽しかった。仕事は。しかし、人間関係はそこそこだ。仲のいい人もいれば最悪な人たちもいた。


「え?さくらちゃん亡くなったの?うそでしょ?マジで?」

「えー?本当ですか?」

 同じ部署の大原ミコさんと国俊恵美ちゃん、ミコさんはさくらより年上で同じ独身仲間だ。恵美ちゃんは10歳年下だが2人とも仲良くしていた。ミコさんとは同じ猫好きで猫たちが死んでからもよく猫カフェに一緒にいって慰めて貰っていた。黙っていてごめんね。


「そんな…聞いてない。ラインだって先月もらってたし…マンションも売って新しい土地で頑張るって…」

「それって終活ってことですかね?どうして辞めることにしたのか聞いてました?」

「いや、聞いたけど…なんか誤魔化された。でも本人が決めた事だし、もしかしらヘッドハンティングされて話せないのかなって」

「さくらさん、早くから主任になって割といじめられてましたもんね」


「…そう、腕はいいけどコミュニケーション下手だったからね。まだ信じられない…」


 ふたりは目を合わせて、ため息を吐く


「恵美ちゃんお線香上げに行こうか」


「…そうですね」


 ふたりはさくらの死を受け入れられない。お葬式にも行けてないからお別れも出来ていない。心の整理が付かないのだ。





「佐伯さくら?ああ、さくらちゃんね、辞めて独立するんだとか馬鹿な事言ってた人でしょ?え!死んだの?へぇ、え?まさか自殺?あっ違うの、なんだ。じゃあなに病気?あっそぉ…だから辞めたのねぇ。仕事で成功しても死んだらなんにもならないわね。あの人なにが楽しくて生きてたのかしら」


 あらぁ、相変わらずの無神経ぶりを発揮してますね。同期の花岡希。大っ嫌いだった。同期だったけど、26歳で結婚退職して、数年で離婚、パート要員として出戻った。パートなのに元社員というだけでタメ口に口出し。節度がまるでない。私が主任になってパート要員にあれこれと指示を出していたら「わかってるわ」「偉そうにしないで」など上司に向かって暴言連発、頭を抱えた。それで同じ企画部にしないでくれとお願いをしたのだ。それ以来接点はない。


「え?お金?私はいいわ、同期だから個人でするわよ」

 みんなでお金を出し合ってお香典を集めているのだ。なん万円とかではないのだ。2・3千円くらいスッと出せばいいのに。


 同期ではないが、社員にはさくらを毛嫌いする人がなん人かいる。主任に早くから選ばれた事への嫉妬もある。しかし、適格な判断と仕上げの丁寧さで業界内では株が上がっていた。そこへ来ての退職だった為、大手に鞍替えしたのか独立したのかと噂が立っていたのだ。


「佐伯さん、亡くなったの…いい仕事してたのにね…」

「大戸さん何言ってんの?よくなんで佐伯さんより自分の方が評価低いんだって文句言ってたじゃないか」

「やめてよ、それは吉瀬さんだって同じでしょ?」

「俺はすぐに諦めたよ。正当な評価だと思ったよ」


 え?大戸さんは兎も角、吉瀬さんにも随分と嫌味を言われたと思うが…


「あら~結構な嫌味を言っている所を見た事あるけどぉあれは公開処刑だったわよ」

「あ、あれは若気の至りって言うか…」


 飲み会の席で若かった頃、吉瀬さんはよくさくらに絡んでいた。


「アニメのクオリティが高い!キレイな構図だよな。やっぱり、本人も同じように女子力が高いから仕事にも繋がるのかねぇ教えてほしいよ、ははは」


 大きな声でみんなに聞こえるように、「私生活でもいい生活して、男にも不自由しないもんな」とさくらの容姿とは正反対の事を言っては嫌味を連発していた。

当時、マンションも購入して、ちょっと前には彼がいたことを言ってるのだろうが、なんともひどい扱いだった。


 近くにいる人も「そんな事はない」と言えない事を言うのだ。最初の頃はさくらも言い争っていたが、段々と馬鹿らしくなり相手をしなくなったのだ。結局この吉瀬さんはリストラに合い、今ではパートだ。



 ひどく傷付いたし、辛かった。若気の至りで終わらせんなよ











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