5.クラスメイト公認カップル?







「納得できなああああああああああああああああああい!!」




 ――翌日の学校にて。

 早朝の気怠さの蔓延する教室に、知紘の叫び声が響き渡った。周囲は何事かと振り返るが、なんだまた天野か、という確認を終えると会話に戻る。

 ボクは押さえていた耳から手を離して、ひとまずの事情を説明した。



「仕方ないだろ? 昨日はいきなりの大雨だったんだから」

「うるさいうるさい、うるさぁぁぁぁぁい! やったんか? アンタらやったんか!? 正直に言うてみぃ!!」

「やってないよ!? それに、なんで急に関西弁なんだよ!!」

「この意気地なし、甲斐性なし!!」

「しかも、どっちにしろ責められるのか!?」



 知紘が大騒ぎしているのは、おおかたの予想通りかと思う。

 不可抗力とはいえ、エヴィはボクの住むアパートに一泊したのだ。それをこの少女に隠し切れるはずがなく、現状として責め立てられている、という感じ。

 しかしながら、ボクたちには何もなかった。

 あるはずがないのだ。なのだけど――。



「薄暗い部屋の中に男女が二人、何も起きないはずがなく……!!」

「だから、なにもなかったって!?」



 知紘は納得する様子を見せなかった。

 結果的に、口論をするような形での応酬が続いている。

 ちなみにエヴィはというと、夜更かしに慣れていないらしい。珍しくも机に突っ伏して、すやすやと寝息を立てていた。

 他のクラスメイトたちも、そんな彼女にはさすがに声をかけない。



「むー! この話は、しばらく追及するからね!?」

「はいはい……。気が済むまでどうぞ……」



 数分の水掛け論の末、知紘の溜飲もやっと下がった。

 そんな頃合いのことである。



「やあ、天野に杉本。少しばかり、時間良いかな?」

「うん……?」



 一人の男子生徒が、ボクたちに声をかけてきたのは。

 いや、正確には一人ではない。その男子生徒を筆頭に、後方にはエヴィを頻繁に取り囲んでいたグループが集まっていた。

 先頭の男子の名前は、たしか――斉藤健太。

 サッカー部のレギュラー選手で、ボクとは真逆の性質の人物だった。



「どうしたんだ、斉藤。それに、こんな人数で……」

「いやいや。うちのお姫様を連れ回した件について、話を聞きたくてね?」

「お姫様……?」



 そう言われて、ボクの脳裏に上がった候補は一人だけ。

 エヴィだ。たしかに、彼女は彼らから蝶よ花よと持て囃されていた。



「いや、だから何もないって。ボクとエヴィは、ただの友達で……」



 おおよそ知紘と同じような話だろう。

 そう思って、ボクは斉藤に説明をしようとした。すると――。



「そうじゃねぇんだよ、この陰キャ!」

「な……!?」



 ――ガシャン、と。

 彼はなんの躊躇いもなく、ボクの机を蹴った。

 大きな音が響き、周囲の他の生徒たちも何事かとこちらを見る。その状況に至ってボクは、中学時代に経験したことを思い出した。

 こいつらには、なにか似たような空気を感じる。



「オレは、大切なエヴィさんに変な虫がつかないか気にしてんの! 聞くところによると、最近はあの子と登下校を一緒にしているそうじゃないか」

「それはそうだけど……」

「気に喰わないな。少しばかり、顔が良いからって……!」

「へ……誰の顔が良い、って?」

「てめぇ……!」



 途端に意味の分からないことを言われたので、素直に訊き返した。

 すると、それが相手の怒りの琴線に触れたらしい。斉藤はこちらの胸倉を掴んで、眉間に皺を寄せて睨み上げてきた。

 明らかな敵意。

 ボクはそれを察知して、ほんの少し身を固くした。



「ふざけんのも、いい加減にしろよ……? ずっとボッチだったくせに、今さら目立とうとしてんじゃねぇぞ!!」



 そして、その予感は正しかったらしい。

 斉藤は空いているもう一方の手で、拳を作って振り上げた。そして――。






「――Aufhören!」

「な……!?」






 あと少しで顔面を捉える。

 その瞬間に、彼女の凛とした声が響き渡った。

 全員が声のした方を見る。すると、そこにいたのは怒った表情のエヴィ。彼女はこちらに歩み寄ると、厳しい表情のまま、ボクを掴む斉藤の手を叩いた。

 さほど力を入れたものではないが、斉藤も驚いた様子で離す。



「エ、エヴィさん……? どうして――」

「すぎもとくん、わたしの、ともだち!」

「な……!?」

「とても、たいせつなひと!」



 そしてエヴィは、そう言ってボクの腕に自身のそれを絡ませた。

 片言を演じてはいるが、語気は強く。その鋭い眼差しを受けた斉藤は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて退散した。

 その様子を確認してから、エヴィはボクにこう言う。



「私も少しくらい、杉本くんの力になりたいからっ!」――と。



 彼女の姿は、とても堂々としていて。

 ボクにはそんな彼女が、とても輝いて見えた。だから、



「……ありがとう、エヴィ」



 自然と感謝の言葉を口にして、彼女の頭を撫でる。

 すると、周囲から冷やかすような口笛が聞こえてきた。



「お熱いね、お二人さん!」

「よっ! 青葉高校屈指の美男美女カップル!」



 周囲は勝手に盛り上がり、そう囃し立て続ける。

 ボクとエヴィは驚き顔を見合わせ、そして同時に声を上げるのだった。







「「ち、ちがうってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」――と。








 

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