第3話 過去の自分に、似た少女

 春の夜風はまだ冷たい。ただ少し酔った体を冷ますには、この庭園はちょうど良かった。

 夜会は本当に好きではない。夜会はというより、貴族の集まりはやはり何度来ても苦手だ。


「はぁ」


 媚びて上辺だけの付き合いがほとんどの世界は、見た目の煌びやかさとは反対で伏魔殿に近い。今日も嫌みと腹の探り合いをしている人達を横目に、慎ましくいつもの愛想笑いでやり過ごしてきた。しかしそれは苦痛でしかなく、どうしてもお酒が進んでしまった。仕事の一環だとでも思わなければ、とてもやっていられない。


「ん? 声」


 戻りたくないと愚痴を溢しそうになった時、そう遠くない場所から誰か数名の話し声が風に乗って聞こえてくる。盗み聞きはいかがなものかと思いつつも、私は引き寄せられるように声のする方へ進み出した。


「愛想もなくて、がっかりだわ」

「お兄様にも全く似てないですし。あなた、ホントにお兄様の子なのかしらね?」


 ふたりの貴婦人が、代わるがわるに小さな令嬢に嫌味をぶつけている。この子の親はと、急いで辺りを見渡しても誰もいない。小さな令嬢はただ下を向き、その苦痛に耐えているようだった。

 その姿に過去の自分が重なり、怒りと悲しみが溢れそうになる。


「泣きもしないし、ホント面白くもない」

「クスッ。お母様、きっとまだ何を言われているかなんて、分かりもしないのですよ」

「あの子の、子どもの頃とは大違いね」


 分かりもしない。その一言で、私の中の何かが音を立てて壊れていった。


「あー、飲みすぎたー」


 わざと聞こえるように、大きな声を出す。令嬢としては、あるまじき行為だ。しかしそんなこと、今は構ってはいられない。


「やだ、お母様、誰か来ましたわよ。もう戻りましょう」

「そうね」


 ふたりが退散して行く姿を確認して、私はその小さな令嬢に近づいた。

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