第16話 穴場

「よし。じゃあ俺はクエストに出掛ける」


 一日のつもりが三日も宿にこもってしまった。玄関の前でメイドが頭を下げる。


「行ってらっしゃいませであります。お帰りはいつごろになられる予定でありますか?」

「決めてない。ただクエストの報酬を受け取ったら、それで飯を食ってくるつもりだから、多分夜だな」

「夜でありますね? 了解しました」


 ラーミアがとても良い笑みを浮かべた。恐らくは剣王国と連絡を取る気なのだろう。


 お仕置きの時にメイドの事情を少しばかし聞き出したが、それを理由に好き放題させる気は無い。


「最後にもう一度だけ言っておくぞ、メイドとしてしっかり働いていれば、俺のいないところでお前が何をしようが文句はない。だがメイドの仕事を疎かにしたり、俺の冒険者業を邪魔することは許さない。いいな」

「了解であります。ですが一つだけ質問があるのですが、メイドの仕事とは具体的にどのような内容を指すでありますか?」

「あ? あ~」


 改めて問われると難しいな。何をすればメイドと呼べるんだ?


「……行ってらっしゃいとお帰りなさいを言う……こと? 後は家事とかだな」

「なるほど。つまり行ってらっしゃいを言えた私は完璧なメイドということでありますな」


 雇われてから三日と経たずにお仕置きを受けた女が何か言ってる。


「まぁ、自信を持つのはいいことだな。その調子で頑張れよ」

「了解であります。お帰りなさいもきっと言ってみせるであります」

「そう願う」


 せっかく手に入れたメイドだが、契約を守る気がない奴を雇ってても仕方ないからな。


 俺はメイドを残して宿を出た。


「さて、何処で採るかな」


 今日は予定通り薬草採取をするつもりだ。俺は街の外を目指して歩きながら採取リストを捲った。


「このツキノ草がおすすめという話だったな」


 せっかく教えてもらったことだし、今日はこれを集めるか。


「だが人気で逆に採取しにくい可能性があるんだったか」


 さて、どうするか。採取リストに付属している薬草の生息地を眺める。そこそこ広い範囲が載っている。俺なら余裕で行って帰ってこれる距離だが、ただの人間ではこの範囲全てをカバーするのは骨だろう。


「ん? 待てよ」


 予想だが、薬草採取を専門にしてるということは、戦闘能力に自信がないということではないだろうか? つまり魔物が生息している場所にあり、かつ戦闘能力が高い冒険者が見向きもしない薬草を探せば、ソコソコの収益を上げられるのでは?


 さっそく地図にあるツキノ草の生息地を確認。その中から街から距離があり、かつ魔物の出現が多い場所を探す。


「……あった。大体馬車で三日くらいの距離か」


 ここならツキノ草も見つけやすい気がする。街を出た俺は人気のない場所を探して跳躍。ほんの数分で目的の場所に到着した。


「ん? なんだ?」


 近くで生物が争う音がする。するが……まぁどうでも良いことなので薬草採取を始めた。


「しかし思った以上に地味な仕事だな」


 特定の薬草を探して森の中を移動する。ただそれだけ。高揚どころか苦痛すらない。淡々とした作業。


 適当に歩いていると薬草よりも先に廃墟と思わしき建物が見つかった。


「元は教会か」


 中から聞こえる戦闘音は着地した時に捉えたものだ。


「んっ? あれはまさか……」


 いや、間違いない。俺は丘の上にある古びた教会に近づいた。その庭でーー


「あった。ついに……と言うほどでもないか」


 ツキノ草を手に入れた。しかも他にも沢山ある。今日はクエストの報酬で飯を食おうと考えていたが、これなら問題なく達成できそうだ。


「しかしどれくらい取れば飯代になるんだ?」


 リストにはg単位の価格が書かれているが、重さを測る道具なんて持ってきてない。


「まぁ、適当でいいか」


 そんなわけで草を千切っては袋に入れ、千切っては袋に入れるを繰り返す。


「カッカッカ! 弱い、弱すぎる。人間とはなんと脆弱で、なんと哀れな生き物か」

「何ですって? この次期剣聖間違いなしなラーシャ様が弱いですって? 取り消しなさいな」

「落ち着けラーシャ。クリスティナ、お前はラーシャを連れて逃げろ。ここは俺らが引き受ける」

「ん? この声は?」


 廃墟から聞こえてきた声に聞き覚えがあって、空いた壁の隙間から建物の中を覗き込んでみる。


 中では黒いローブを身に纏った骸骨が四人の冒険者と向かい合っていた。


「ああ。あの時の」


 戦っているのはギルドで荷物持ちを提案してきた四人だった。

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