第2話 おうち探検隊 2

 紗季のアホな歌が終わると、私はカメラの前で今日訪問する家を物色し始めた。もちろん演出だ。今日訪問する家は既に決まっている。


 紗季が歌っている間に、ディレクターの元山さんが私の手の中にメモを渡してくれていた。そのメモに訪問する家が指示されている。私がメモを見ると「向かいの自転車が止めてある家」と書いてあった。道の向こうを見ると、一軒の大きな家の前に子ども用の自転車が一つ止めてあった。


 きっと、あそこだ。


 私はメモをそっとスカートのポケットにしまった。そして、テレビカメラの前でいかにも迷っているような言葉を口に出した。


 「さあ、今日訪問するおうちですが・・さぁて・・どこにしましょうか?」


 そう言いながら、私は元山さんに指示された家に少しづつ近づいて行った。私の後ろには、石頭教授と紗季が続いている。普段のゲストだと、ここで「こっちの家がいい」とか「あっちがいい」とか言って大騒ぎを起こしてくれるのだが、二人ともまるで興味がないという様子で黙って私の後についてくる。


 もう、もうちょっと、番組に協力してよ。これじゃあ、番組が盛り上がらないじゃないの。


 私たちのまわりをカメラさんや音声さんが取り巻いている。その後ろにはディレクターの元山さんがいた。全員が私がふらふらと歩くのに合わせて、住宅街を右往左往しながら歩いているのだ。


 私たちが目的の家の前までたどり着いたときだ。家の中から小さい女の子がでてきて、子ども用の自転車に乗ると、さっさとどこかに行ってしまった。目印が急に無くなってしまって、私は困ってしまった。


 あれっ、このおうちじゃなかったのかな?


 私が周りを見渡すと、お隣の家の玄関にも古い自転車が止めてあるのが見えた。


 そこは、いまどき珍しい京町家風の家だった。玄関が木製の引き戸になっていて、玄関の横には竹製の犬矢来が続いていた。


 あっ、こちらのお宅だったんだ。うっかり間違えるところだった。


 私はテレビカメラの方を向いた。飛び切りの笑顔を見せた。


 「今週は、こちらのお宅にしましょう。では、いつもの儀式で~す・・・・探検隊、探検開始~!」


 私は腰に手を当てて、右手を空に突き上げた。番組で毎回やっている『探検開始』のポーズなのだ。いつも、探検する家が決まると、その家の前で進行役の女子アナとゲストがこのポーズを取ることになっていた。しかし、私の後ろの石頭教授も紗季のも、ボーっと突っ立ったままだ。私が二人を見ると、二人ともきょとんとした顔で私を見ている。


 あれれ、どうしたの、いったい? 


 一人手を突き上げた姿勢で、私は困ってしまった。


 きっと、ディレクターの元山さんが二人に伝え忘れたんだ。これじゃあ何だか、私一人がはしゃいでいるみたいじゃないの。


 しかし、ここで嫌な顔を見せるわけにはいかない。私は笑顔で家の玄関に向き直ると、インターホンのチャイムを押した。家の中でチャイムの音が聞こえた。しかし、いつまで待っても誰も出てこなかった。


 えっ、どうしたの? どうして誰も出てきてくれないの? いったいどうなってるの?


 訪問する家にはテレビ局が事前に話を通してある。進行役の女子アナがチャイムを鳴らすと、家の人が出てきて、「おうち探検隊」と聞いて驚いて見せるのがお決まりだった。その後、家の人を横目に見ながら、女子アナが強引に家の中に入っていくという展開が待っていた。しかし、どうしたのだろう。どうして、今回は誰も出てきてくれないのだろう?


 私はもう一度チャイムを鳴らした。しかし、やはり誰も出てこなかった。私はあせってきた。番組上、ここで時間を取るわけにはいかないのだ。


 そのとき、私の頭にある考えが浮かんだ。「おうち探検隊」はハプニングを楽しむ番組だ。ハプニングに対処できない女子アナが泣き出すのを見て楽しむという、意地悪な一面も持っている。


 私はこの番組は今日が初めてだ。ひょっとしたら、私を泣かせるつもりで、わざと家の人が私のチャイムを無視しているんではないかしら? そうするように、テレビ局が私に内緒で仕組んでいるんじゃないかしら? そうだ、きっと、そうだ。


 私は玄関の格子戸に手をかけた。格子戸を引くと、簡単に開いた。鍵は掛かっていなかった。私を先頭にして、私たちは家の中に入っていった。


 石造りの玄関土間とがりかまちがあった。上がり框の向こうには、長い廊下が続いていた。家の外から見るよりも、はるかに大きな家だった。


 「ごめん下さい」


 私は奥に声を掛けた。しかし、奥は物音一つしなかった。もちろん、誰も玄関に出てくる人はいない。私の横でカメラが回っている。これは生放送なのだ。


 「どなたも出ていらっしゃいませんが、玄関の戸に鍵が掛けてなかったということは、お家の方は私たちを歓迎していらっしゃるということだと思います。では、このまま、上がっちゃいましょう・・・ごめんくださいませ」


 強引なこじつけだったが、生放送なので仕方がない。私は靴を脱いで、框に上がった。石頭教授も紗季、それからスタッフも全員が私と同じように靴を脱いで框に上がった。


 全員が框に上がるのを見て、私は先頭に立って廊下を歩きだした。


 「さあ、行きましょう」


 全員が一段となって廊下を進んだ。


              (第2話 了)





 


 


 




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