第1話 報告

「スグリ、大変よ。お嬢様が!」


 私は王宮で開かれていた舞踏会から、急ぎ王都の屋敷に戻ると、馬車から飛び降り、お嬢様を迎えに出て来たスグリに抱きついた。

 スグリは、執事見習をしている幼馴染で、侍女の私と一緒にローズお嬢様に仕えている。


「マリー、落ち着け。お嬢様になにがあった?」


 スグリは、私を引き離すと、険しい顔で問いかけてきた。


「それが、お嬢様が魔眼でラーク殿下を氷漬けにしてしまったの」

「なんだって! だから言ったんだ、今日は舞踏会には行かない方がいいって――」


 私が仕えるローズお嬢様は、ロベリア公爵家の長女である。

 氷雪の魔眼の持ち主で、感情が昂ると周囲を凍りつかせてしまう。


 制御できないと危険な魔眼であるが、うまくコントロールできれば大変役に立つ。

 非常にレアで、十年に一度現れるかどうかである。

 それだけに珍重され、そのため、お嬢様は幼い頃から、この国リナリア王国の第二王子ラーク殿下の婚約者となっていた。


 しかし、殿下とお嬢様は不仲で、特に殿下とリリー子爵令嬢との仲が噂されるようになってからは、お会いすることもほとんどなくなっていた。

 そのうえ、最近では、お嬢様がリリー令嬢を虐めているという噂まで流れ、殿下から苦情が来るまでになっていたのだ。


 そんななか、開かれた王宮での舞踏会で、ラーク殿下は、婚約者のお嬢様でなく、リリー令嬢をエスコートした。

 それだけではない。ラーク殿下は舞踏会の最中に、お嬢様を、リリー令嬢を虐めた罪で断罪し、婚約の破棄を言い渡したのである。


 そのことで心を乱せれたお嬢様は、魔眼が暴走し、舞踏会の会場を凍り付かせ、殿下とリリー令嬢を氷漬けにしてしまったのだった。


 幸い二人とも命に別状はなかったが、お嬢様はそのまま衛兵に捕らえられてしまった。


「ともかく、このことをジギタリス様に報告しないと。マリーも来て!」

「私も公爵様の所に行くの?」

「王宮の様子を知っている、マリーが行かないでどうするのさ」


 私が二の足を踏んでいると、スグリが私の手を取り、引っ張って歩き出した。

 こうやって手を繋ぐのはいつ以来だろうか。私の頬が僅かに紅をさす。


 公爵様は私から事情を聞くと、執事のフォセカを呼び、今後の対応を考えるようである。

 スグリもそれに加わるようであるが、私は、これでお役目ごめんである。

 部屋に戻って寝ていいいと言われた。


「マリー、心配しなくても、お嬢様は俺が絶対になんとかしてみせる。安心してもう寝るんだ」

「わかったわ。後は任せたわ。スグリも無理しないでね。それじゃあおやすみ」


 私はスグリに見送られて、自室に戻るとベッドに入った。


 スグリは心配するなと言っていたが、はっきり言って私はお嬢様の心配なんか、これっぽっちもしていなかった。

 むしろ、捕まってしまって、ざまあみろ、といった感じである。


 お嬢様はスグリには優しかったが、私には意地悪で、厳しかった。

 子供の頃など、私がスグリと遊んでいると、必ず邪魔して仕事や勉強を私に押し付けてきた。

 難しい質問をして、私が困るのを楽しんでいるようでもあった。


 リリー令嬢を虐めていたという噂も、単なる噂ではないだろう。

 最近では、周りから悪役令嬢と呼ばれていた。


 大体、第二王子という婚約者がいるのだから、スグリにちょっかいを出さずに、婚約者と仲良くしていればよかったのよ。

 身分を考えれば、どうせスグリとは結ばれることはないんだから。


 でも、これでスグリは私のものね。


 幸せなスグリとの未来を夢見ているうちに、私は眠りについていた。


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