EPISODE42 切り札を切れ

 練習用のボトルの中は静寂で満たされた小さな世界であり。そこにはスカーレットと、操作糸で繋がった蹄人しかいない。

 二人だけの閉じた世界の中。白い四角い部屋の中央に立ち、無言で撃鉄を起こすスカーレットに、蹄人の声が聞こえてきた。

『切り札が必要だ』

 言葉と共に、白い部屋の中に純白の模型が現れる。シンプルな造形をしたそれに、スカーレットは真っ直ぐ銃口を向けた。

『正直言って、蒼井結翔とパートナーは、今まで戦ってきたレベルが段違いだ。正攻法ならまず間違いなく負けるし、策を駆使しても追い詰められるだろう』

「だったら、どうやって勝つんだ」

『そのための切り札だ。誰も知らない新たな必殺技。それを対蒼井結翔の為だけに用意する』

 期末テストが終わって以降、蹄人が蒼井結翔の対戦記録や銃タイプの必殺技について、狂ったように調べていたことは知っているが。すべてはこの「切り札」のためのことだったのだろう。

「なるほど……で、どんな技にするんだ」

 自信たっぷりに、スカーレットは微笑んで見せる。

 必殺技の種類にもよるが、大抵は完成から使いこなせるようになるまで、一定の時間と練習を要するものだ。

 だが自分なら。藍葉蹄人の最高の「道具」である自分なら、すぐに修得して必ず使いこなせることが出来る。これは自信ではなく、確信である。

『マジックポイントを全部使ったっていい、一発当てれば逆転勝利につながるような、必殺の一撃……』

「つまり」

『パラライズバレット。命中したら一定時間動けなくなる、麻痺弾を作る』

 蹄人の言葉と同時に、模型の背後の壁が変化して、「NORMAL」と表示されたモニターが現れる。どうやら人形に命中した弾丸の効果を、視覚的に判定してくれるようだ。

『まずは一発。撃て、スカーレット』

 蹄人から送られてきた、「麻痺弾」の指令に従って、スカーレットは左手の引き金を引く。

 発射された弾丸は、真っ直ぐ模型に突き刺さったが。画面の表示は「NORMAL」のままだった。

 さすがにそう簡単にはいかないが。これはほんの軽いジャブ、本番はここからである。

『調べたところによると、麻痺効果のある必殺技を編み出すには、「相手の動きを奪う」を鮮明に思い浮かべることが重要らしい』

「動きを奪う……止めるとか、拘束するとかじゃなくて、『奪う』ってところが難しいな」

 考え込むスカーレットに、蹄人が小さく笑う声が聞こえた。

『まあ難しく考えるな。スカーレットのやりやすいようにやればいい』

「了解」

 頷いて、スカーレットは目を閉じる。

 埋め込まれた人工の頭脳で。目の前の模型へと、紹介画像で見たハルカの姿を投影する。

 自分に向かって、襲い掛かってくるハルカ。その姿は可憐な容姿と裏腹に、鬼神のごとく苛烈なものであり。

 そんなハルカに対して、スカーレットは銃を構え、引き金を引く。この弾丸が突き刺されば、「勝てる」と。心の底からそう思い、祈り、信じて。

 マジックポイントの減少を感じるとともに、弾丸が放たれる手ごたえがあった。ゆっくりと目を開くと、目の前の模型に風穴があき、背後の画面に「PARALYSIS」の文字が浮かび上がっていた。

『第一段階突破だ、スカーレット』

 嬉しそうな蹄人の言葉に、スカーレットは笑みを浮かべながら銃口を下げた。

「あとはこれを実践でも使えるように、仕上げていくんだろう」

『ああ。効果時間ももう少し欲しいし、弾丸操作と組み合わせて使えるようにもしたい……時間は少ないが、必ず仕上げる』

「もちろん。蹄人のほうこそ、私をちゃんと使いこなせるのか」

 親しみを込めた挑発に、蹄人は鼻を鳴らして自信たっぷりに答える。

『もちろん。お前は最高の道具だ。だったらその実力を完全に引き出せるようにするのが、使い手である僕の役目だろう』

「……それでこそ、蹄人だ」

 ちょうど会話の間で回復していたマジックポイントを弾丸に乗せて、スカーレットは自動で取り換えられた新たな模型に向かって発砲する。

『いいか、切り札を使うのは、ここぞというときだ。僕が合図を出すまで、絶対に使うな。使ったらあとは一気に決める。勝つぞ、スカーレット!!』

 蹄人の言葉に頷きながら、スカーレットはリロードを挟みつつ、次々と交換される模型を撃ち抜いていく。

 積み重ねは確実な糧となる。スカーレットが蹄人と過ごした日々の中で、学んできたことの一つだ。

 やがてある程度練習を終えたところで、スカーレットは銃口を下げる。

「そうだ蹄人」

『ん、どうしたんだスカーレット』

 蹄人のことを信頼してはいるが、一応確認しておきたいことがある。

「必殺技が必要だというのは分かったが、どうして麻痺弾にしたんだ。もし、状態異常を無効化されるオプションなんかがあったら……」

 最後の方に心配がやや滲みだしてしまったものの、蹄人は何だそんなことかというように鼻を鳴らす。

「勝算はある。だから『道具』が、心配しなくていい」

 これが蹄人なりの「大丈夫だ」という言葉なのだということは、相棒として非常によく理解していた。

 例え状態異常を無効化するオプションが存在していたとしても、蹄人が「勝算がある」というのなら、道具として彼を信じ従おう。

 再び模型に銃口を向け、スカーレットは引き金を引く。たとえ何があっても、自分は勝利を信じる蹄人に従い信じよう。それが道具としての、矜持なのだから。


 相変わらずドームの中の灰色の街には、無数の雨粒が降り注いでいた。だが熱い戦いの中にあったスカーレットとハルカには、降り注ぐ雨など一切眼中にない。

『切り札を切れ』

 ハルカとの会話を交わす前に、蹄人から送られてきた命令に従って。スカーレットはノックバックしながら、上空に向かって弾丸を放った。

 追尾性を付けた、麻痺弾。コストを削るところまではさすがに手が回らなかったため、マジックポイントはごっそり持っていかれたものの。上空で旋回させて時間を稼ぎつつ、とどめに全意識を集中させていたハルカの背中に、弾丸は真っ直ぐと突き刺さった。

 果たして、込められた麻痺の効果は見事に発揮されて、ハルカは剣を振り上げたまま、表情を歪ませ硬直している。

 練習によって、ある程度の効果時間はあるものの。せいぜい数十秒が限度であるため、さっきのお返しとばかりにぐだぐだと能書きを垂れている暇はない。

 だからスカーレットは両手の銃の銃口をハルカに向けて、一言だけ言うことにした。

「形勢逆転、私たちの勝利だ、ハルカ」

 スカーレットは左右の銃に残った弾丸を、ハルカに対して思い切り連射する。雨の中を真っ直ぐ突き抜けて、放たれた弾丸はきっちり、動けなくなったハルカへと全弾叩き込まれていく。

 今度はハルカが後ろに吹っ飛ばされる番だった。吹っ飛ばされた直後、麻痺の硬直が消えたようだが、もう遅い。勝敗はすでに、決したのだ。

「嘘……」

 地面に叩きつけられながらも、両手に持った剣をしっかりと握りしめて、何とか立ち上がろうとするハルカだったが。すぐに悔しそうな表情を浮かべる。視界が敗北の暗黒に染まり始めたことに気が付いたのだろう。

「あんな麻痺弾なんかに……」

『……正直ドールマスター・蒼井結翔なら、状態異常完全無効オプションを自分の人形に搭載していても、何も不思議じゃない』

 頭の中で、蹄人が静かに語る声が聞こえた。やはり状態異常を完全に無効化するオプションは存在しているのか。

『だが、それでも僕が麻痺弾を決め技に選んだ理由は2つある』

 銃口を下ろし、スカーレットは蹄人の言葉に耳を傾ける。雨の音と蹄人だけが、スカーレットの聴覚機能に響いてきていた。

『一つは状態異常無効オプションが、性能に比例して容量と金額が大きいこと。ハルカに隠密行動と瞬間バフのオプションが搭載されていると考えれば、状態異常完全無効を入れるにはぎりぎり容量が足りない』

 視界が勝利を表す純白に染まっていくなか、蹄人の声だけがはっきり聞こえてくる。これはきっと、巻に教えてもらったことだろう。

『そしてもう一つは……エデンズ・カップの一週間前に行われた公式戦で、ハルカとは別の人形に状態異常無効オプションを使っていたこと。いくら強力なスポンサーがバックにいるとはいえ、高級車一台分のオプションを複数用意するのは、そう簡単じゃないからな』

 麻痺弾の練習は公式戦の前から始めていたが。その時には既に公式戦の情報、対戦相手が状態異常戦法を得意としているということを調べ上げていたのだろう。

 つまり最初の頃から蹄人がずっとやってきた、事前の情報収集が勝利につながったということだ。

 蹄人がスカーレットを「使って」いたからこそ、スカーレットが蹄人に「使われて」いたからこそ、勝利を掴み取れたのだ。

 人間だけのものでもない、人形だけのものでもない。人間と人形、二人の勝利。

「せっかく……久しぶりに……戦えたのに……」

 悔しそうに、ハルカの言う声が聞こえていた。スカーレットの頭の中だけで聞こえていた、蹄人の解説をもし聞いていたら。蒼井結翔が複数の人形を使って人形決闘を行っていたことが敗北の一因になったと、ハルカが知ったら。どんな反応を見せたのだろうか。

 白に染まる視界の中で、スカーレットは項垂れるハルカを真っ直ぐ見つめていた。敗北した相棒に、結翔はどんな言葉をかけてやっているのだろうか。

『……さて。スカーレット、ドームから戻る前に、ハルカに言っておきたいことはあるか』

 スカーレットと同期した視界で、ハルカを見つめていた蹄人の言葉に。スカーレットは静かに首を横に振る。

「いや。言いたいことは、さっき全部言わせてもらった」

 それよりも。蹄人のいつもの言葉が聞きたい。あの一言の為なら、どんな強い相手だって倒して見せるのだから。

 蹄人もそんなスカーレットの気持ちを分かっているのだろう。やれやれというように、小さく息を吐く音が聞こえた。

『よくやった、スカーレット』

 蹄人からの信頼の籠った労いの言葉に、スカーレットは心底嬉しそうに微笑んだ。純白の視界が、いつにもまして輝いて見えた。

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