第六期 大晦日決戦編

EPISODE36 衝撃的な発表

 明星院瑛との二戦目、そして萌木極にミルキーウェイのバディで勝利した、翌日のこと。

 平日であるその日に、高校生として蹄人がいつも通りに登校する途中、すれ違う生徒たちが蹄人を見て、何やら囁き合っているのが分かった。

 陰口をさんざん叩かれてきた身として、別に気にすることはないのだが。今回は思想に対する批判だけではなく、昨日の試合結果についても話されているようだった。

「やっぱり人形を道具だと思っている奴は許せないよな」

「でも、勝ったのは藍葉蹄人の方でしょ」

「あの勝ち方は良くないよ、人形を自分の攻撃に巻き込ませるなんて」

「でもそれって、人形との信頼があったからできたことなんじゃない」

 コメント欄の賛否両論が、そのまま現実世界へと広がったようだった。ネットのコメントが現実の影響を受けるように、現実もまた、ネットの影響をうけているということだろう。

 たとえ「否」の意見が多くても、ほんの少し「賛」の意見が混じっているだけで、随分と耐えやすくなるものだ。陰口を聞き流しながら、蹄人は校舎の中に入って靴を脱ぐ。

 来週は期末テストなのだ。授業はちゃんと聞いているとはいえ、しっかりと予習復習を重ねておいて損はないだろう。

 上履きに履き替えて廊下を進み、教室の中に入ると、中にいた生徒の視線が一斉に蹄人へと向けられる。

 睨みつけるようなものから、戸惑ったようなもの、驚いたようなものに、呆れたようなものまで。向けられる視線は千差万別だが、注目されていることには間違いない。

 自分もだいぶ、以前の調子を取り戻して来たと思いながら。蹄人は片手を上げると、にやりと笑って見せる。出来るだけ不敵に、少々悪意を込めて。

 あとは普通に自分の席に座って、鞄からノートと筆記用具と教科書を取り出し、黙々と勉強に励むだけ。

 何を言っても燃料になるぐらいなら、行動で示すのみ。そのための舞台は、もう決まっているのだから。

 ノートから顔を上げて、蹄人は教室の壁に掛けられた時計を見る。確か発表は、今日の午後8時だっただろうか。


 授業をしっかり頭に叩き込み、放課後にも図書室できっちりとテスト勉強を済ませてから、蹄人は筒道駅から電車に乗って、巻の元に向かう。

 電車から降りて、慣れた繁華街の道を歩き、雑居ビルの前でスマートフォンを確認すると、時刻はちょうど午後7時50分。

 計算していたとはいえ、ちょうどいい時間だと思い、つい掠れた鼻歌を歌いながら、蹄人は地下に降りると、もはやたまり場となった巻の自宅兼工房の扉の前に立ち、ドアベルのボタンを押す。

 少しして、扉が開くと。既に待機していたスカーレットが、深紅の髪を揺らしながら顔を出した。

 ミルキーウェイのメンテナンスを頼むついでに、スカーレットには巻のところで待機してもらっていたのだ。

「お帰り、蹄人」

「ただいま、スカーレット」

 どことなく嬉しそうなスカーレットに微笑み、蹄人が部屋の中に入ると、カットが用意したのであろう夕食の良い匂いが漂ってきた。

 部屋の中では、カットが自慢の料理を片付けたテーブルの上に並べており。中央に置かれたパソコンの前で、ソファーに座った巻がカタカタと指を動かしていた。

「マッキー」

 蹄人が声を上げると、巻は手を止めてパソコンから顔を上げた。

「ちょうどいいタイミングで来たな、ティト。今設定が終わったところだから、飯食いながらゆっくり見ようぜ」

「そうだな。じゃ、手え洗ってくる」

 トイレで手早く手洗いうがいを済ませてから、蹄人はソファーに座って、割り箸を手に取った。

 これだけの頻度で夕食をたかっているなら、マイ箸くらい置いておいてもいいなと思ったのだが。ごちゃごちゃと物で溢れた巻の部屋を見て、その考えを撤回し、ほうれん草の胡麻和えを口に運ぶ。

 しばらくは空腹の訴えに従い、夕食を黙々と口に運んでいたが。壁に賭けられたトゥーンチックなキャラクターの顔を模したデザインの時計が、午後8時ちょうどを示したと同時に、パソコンから大音量で軽快なBGMが流れ始めた。

「うわっ、音、音でかい!」

「すまんすまん……これでよしっと」

 巻が手早く音量を調整すると、スカーレットと一緒に、蹄人は画面をのぞき込む。

 画面には人形管理協会のロゴマークが表示されていたが、すぐに配信ブースへと切り替わった。

 映っているのはラストホープ・グランプリをはじめとした、数々の公式大会でメイン司会を任される、協会公認司会者のパペット本田と、その伴侶人形であるリンリンである。

 緑の髪と純白の衣装が特徴的な彼と彼の伴侶人形は、人形決闘黎明期から実況活動を行ってきたパペット松田の愛弟子であり。エンターテイメント性に重視を置いた人形決闘「人形演舞」で、数々の名誉ある賞を受賞してきた一流のコメディアンである。

「……えーごっほんごっほん。皆様ご機嫌麗しゅう、エデンズ・カップで司会を務めさせていただきます、パペット本田と」

「その助手リンリンでごぜえますわよ、皆様方」

「イエス。えー本日はエデンズ・カップについて、重大発表があるということで、この緊急生配信をやっているわけですが」

「これでも忙しい身なのに、引き受けてやりましたわな」

「こらこら、リンリン。上から目線は良くないぞ―――もったいぶるのもナンですし、開始三分だけどさっそくドドンと発表しちゃいましょう」

「ドドンといきますわ、ドドンと!」

 リンリンがみつあみを揺らして手を叩くと、画面に情報表示用のウィンドウが出現する。

「発表の内容は、ずばり。大会のオープニングを飾る、エキシビジョンマッチについてです」

「確かドールマスター蒼井結翔が、誰かと戦うんでしたっけ。ドールマスターと一騎打ちなんて、ある意味対戦者が哀れって感じですな」

「またそういうことを言って……ま、今回発表するのは、その対戦者なんですけどね」

 そこでパペット本田は息を吸い込んで、襟に着けたピンマイクをそっと直す。この仕草は視聴者にとってお馴染みのものである。

「昨年の秋、絶望のどん底に沈んだ少年が、新たなパートナーと共に地獄から舞い戻って来た。もう一度、表舞台へと返り咲くために。彼の名は―――藍葉蹄人ォ!!」

 パペット本田がパチンと指を鳴らすと同時に、表示されていたウィンドウの中に、蹄人の姿が映し出される。過去の大会のものから切り抜いたものであるため、今の自分よりも若干子供っぽさが残っていて、一応使用許可は出したもののほんの少しだけ恥ずかしい。

「おお、さっそくコメント欄がざわついてますな……藍葉蹄人といえば、去年のラストホープ・グランプリでの衝撃的な一件で、ランキング及び公式大会への参加権を剥奪されていたはずでは?」

 相変わらずの毒舌で喋りながら、首を傾げるリンリンに対して。テンションの切り替わったパペット本田は、腕組みをして力強く頷く。

「その通り。ですが今回は特例措置として、エキシビジョンマッチのみ参加許可がでたのです。しかも勝利したら、剥奪された権利を全て回復するという条件付きで」

「いやあ、いくらエキシビジョンマッチとはいえ、ブランクのある人形師が、ドールマスターに勝利なんて無理でしょ」

「それはそうかもだけど、勝負事の世界に『絶対』はないですから。もしかしたら、奇跡が起きるかもしれませんよ」

「でも、藍葉蹄人ってあの一件でパートナーと、強制的に契約解除されてたじゃろ。ということは今回、新しいパートナーを見つけたってことですかな」

「その通り。藍葉蹄人の新たなパートナー、それは深紅の銃使い。その紅は血より濃く、その弾丸はすべてを貫く。その名もずばり、スカーレットオォ!!」

 蹄人の横に、戦闘形態のスカーレットの姿が映し出される。こちらは極との人形決闘の後、練習用のセットアップボトルで撮影したものだ。我ながら綺麗に撮れていると思う。

「あら、もう始まってたんですね」

 いつの間にかソファーの背後から、メンテナンス後のスリープ状態から目覚めた、ミルキーウェイがモニターを覗き込んでいた。パペット本田も、まさか自分とミルキーウェイが一緒に、この配信を見ているとは思わないだろう。

「なるほど銃タイプですか、こりゃ楽しみですなあ」

「蒼井結翔のパートナーであるハルカは、銃タイプに不利と言われる剣タイプですが、ハルカは今までに何度も銃タイプの人形を打ち破ってきましたからね。それに蒼井結翔の人形は、ハルカだけじゃないですから」

「ハーレムじゃな、ハーレム」

「大勢の人形と契約することを、ハーレムというかどうかは知りませんけど。と、いうことで。エデンズ・カップで行われるエキシビジョンマッチは、蒼井結翔VS藍葉蹄人となります。皆様、お楽しみに!」

「残念ながら観戦チケットは完売しとるけど、配信もあるから楽しみにしててくだせえな」

「それでは皆様、良い夜を。また大晦日に、お会いしましょう!」

 きっちりとエデンズ・カップの開催情報が表示された後、配信は終了する。SNSでは今頃きっと、萌木極の配信の時とは比べ物にならないレベルで、自分のことが話題にされていることだろう。

「まったく、リンリンの毒舌が今日も絶好調だったなあ」

 巻がてきぱきとブラウザを閉じて、パソコンの電源を切って片付けると。蹄人は箸を持ったまま止まっていた手を、再び動かし始める。

「でも、案外間違ってもいないよ。常勝無敗のドールマスターに、一年のブランクがある底辺人形師が叶うわけがないさ」

 半分本気、半分冗談のつもりで言ったのだが。カットにパソコンを手渡していた巻は、一瞬きょとんとしてから呆れたように鼻で笑った。

「嘘つけ、絶対に勝つつもりでいるくせに」

 当たり前だ。たとえ相手がドールマスターだろうと、勝利を望まない人形師は存在しない。

 自分にはスカーレットという最高の「道具あいぼう」がいるのだ。「道具」が最高ならば、あとは使いこなす人間の腕次第。

「……ああ、勝つぞ、スカーレット」

 自然と口に出して呟いていた決意の言葉に、スカーレットは無言で頷くと、ソファーの後ろから蹄人に対して片手を差し出す。

 人間とは違う肌触りの、スカーレットの手を軽く握り。自らの意志を伝えるように、軽く頬を摺り寄せる。

「まったく、人前でいちゃいちゃしやがって」

 茶化すように、だがどこか嬉しそうに、巻が頬杖をついて言った。

「別にいちゃついてなんかないさ。それより食べ終わったら、さっそく練習と行こう。テスト勉強は済ませてきたから、後は人形決闘に集中できる」

 スカーレットの手を離すと蹄人は皿の上に残った料理を、胃袋に詰め込む作業を再開した。時間は有限であるが、あまりがっつきすぎるのも良くない。

「まったく、真面目だな、蹄人は」

 スカーレットが、呆れたように呟くのが聞こえた。反論しようかとも思ったが、すぐにする必要はないことに思い至って、蹄人は酢豚の残りを口の中に突っ込む。

 なんたって、そんな真面目な自分にとことん付き合ってくれるのが、他でもないスカーレット自身なのだから。

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