EPISODE30 有利と不利

 ドームの内部に広がる夜空には、満天の星々が輝いていた。

 周囲を森に囲まれた、小高い丘の上。中央には特徴的な形状をした建物があり、スカーレットはその前に立っていた。

『また珍しいフィールドを引いたな』

 撃鉄を下ろすスカーレットの頭の中で、蹄人がやや驚いたように呟いたのが聞こえた。

 このフィールドは「天文台」と呼ばれるものであり。激レアとまではいかないものの、引いたらSNSで自慢できるぐらいには、珍しいフィールドである。

「綺麗だな」

 銃を構えつつ、スカーレットが呟くと。蹄人が少し笑ったのが分かった。

『本物の夜空はもっと綺麗だ。今度見に行こう、スカーレット』

 蹄人が先の約束をするなんて珍しいと思ったが。それだけ自分のことを信頼してくれている、ということなのかもしれない。それだけ、藍葉蹄人も変わったということなのだろう。

 スカーレットは無言で頷くと、頭上の星空に視線を向けた。

『……さて、ミルキーウェイのことなんだが』

 テンションを切り替えた蹄人が、真面目な声で話し始める。

『ミルキーウェイは魔法タイプの人形だ。銃タイプに対しては、不利でも有利でもない感じだけど……』

 蹄人が一瞬、考え込んだ瞬間。星空に一筋の彗星が輝いた。

 虹色に輝き、鮮やかな尾を引く綺麗な彗星。それは天の最も高いところから、次第に地上へと向かってくる。

 いや、あれは彗星なんかじゃない。あれは―――魔法だ。とてつもなく大規模であるが、あれは間違いなく、相手の魔法攻撃なのだ。

 空を見上げて目を見張るスカーレットの頭の中で、蹄人が鋭く叫ぶ。

『いきなり「虹色流星レインボー・メテオ」を使ってきたのかッ!スカーレット、中央から出来るだけ距離を取って、流星へと向き直って迎撃しろッ』

「了解!」

 的確に送られてくる指示に従って、スカーレットは素早い動きで、丘の中央に建つ天文台から距離を取る。

 周囲を囲む森の手前まで来ると、スカーレットは引き金にしっかりと指をかけたまま、丘の中央へと向き直った。

 ちょうど、天文台の建物へと、虹色の彗星が落ちてくるところだった。屋根から突き出す天体望遠鏡の先端に、彗星の端が接触した瞬間。

 蹄人が何故「彗星」ではなく、「流星」だと言ったのか。その理由を、スカーレットは理解することとなった。

 天体望遠鏡に触れた瞬間、彗星は無数の星々に広がり、辺り一面へと拡散する。地面に落ちて跳ねながら、こちらに向かってくる小さな流星に向かって、スカーレットは銃口を向ける。

 左右六発ずつ、合計十二発の弾丸で、全ての流星を処理しきることは難しい。だからこそ、一発か二発は食らう覚悟で、スカーレットは引き金を引く。

『この「虹色流星」は、中心地点から離れれば離れるほど、拡散がまばらになっていくんだ。後退しながら撃て、スカーレット』

 蹄人の言葉通りに、バックステップで森の中に入ると、追ってくる流星の数がぐんと減った。これなら残った弾で、簡単にいなすことが出来そうだ。

 落ち着いたエイミングで、向かってくる流星をきっちりと迎撃した後。スカーレットは静かに銃口を下ろした。

 だが完全に防ぎきることは、やはり難しく。三つの流星を食らって、残りのヒットポイントは2になっていた。

 普通なら、初手でかなり追い詰められ、圧倒的に不利な状況だといえるのだが。

『流星をしのいで生き残ったのなら、これはむしろチャンスだ』

 送られてきた「リロード」と「敵捜索」の指示に従って。スカーレットは自動リロードを発動させつつ、森の中を走り出す。

「ミルキーウェイがどこにいるか、目星はついているのか」

『もちろん。「虹色流星」はドームの中心に撃つのが効果的な技だ。また敵が中心に近ければ近いほど、撃破できる確率も高まる』

「つまり」

『その逆の場所にいるってことだよ。ミルキーウェイはドームの外周部分にいる』

 恐らくそれは、蹄人の過去の経験に基づいて、叩き出された答えであるのだろう。

 瑛は蹄人の心を揺さぶるために、ミルキーウェイを使ったのかもしれないが。ミルキーウェイを使うということは、蹄人に手の内を知られた状態で戦うということでもある。

 森を突っ切る様に走り抜け、自慢の移動速度を以てドームの外周部分を素早く移動しながら、スカーレットは蹄人の解説に耳を傾ける。

『あの技はドームのどこからでも発動出来て、中心に撃てばほぼ全域を攻撃できる強力な魔法だ。だが、その分デメリットも多い』

「さすが、詳しいな」

『そりゃあ、「虹色流星」を編み出したのは僕だから。ただ編み出して登録したは良いものの、ほとんど使うことはなかったけど』

 あのような強力な技を、ほとんど使わなかったというのなら。一体蹄人とミルキーウェイは、どんな戦い方をしてきたのだろう。

 戦いが無事に終わったら、後で蹄人に聞いてみようか。今の蹄人なら、きっと教えてくれるだろう。

『……コストが重すぎるんだよ。一発撃っただけで、強化を重ねたマジックポイントが空になるぐらいに』

 なんて。スカーレットが考えていた傍から、聞くまでもなく蹄人が答えてくれた。

 魔法タイプの人形は、射程・火力・必殺技の種類ともに優れているのだが、代償として大きな欠点がある。

 それは通常の攻撃を行う際も、マジックポイントを消費するということ。たとえどんなに軽減オプションを積んでも、絶対にゼロにはならない仕様であり、もしゼロになっていた場合は違法オプションを搭載しているということである。

 必殺技の種類こそ豊富だが、その仕様によってコストとなるマジックポイントの消費量は、他の人形の倍近くかかるという。マジックポイントが尽きれば、当然何もできなくなるため、強力な魔法を連続で使用していると、すぐに足元を掬われることとなる。

 だから通常では、序盤はコストの低い魔法でヒットポイントを削り、終盤に必殺技の強力な魔法を放つのが定石とされているのだが。

『開幕に必殺技をぶっ放すのも、奇襲としては悪くないが……今回ばかりは、悪手だったな』

 蹄人がそう呟くと同時に、スカーレットはぴたりと立ち止まって、リロードの済んだ両手の銃を、目の前に立つミルキーウェイに向けた。

 ミルキーウェイは目を見張り、顔を引きつらせながらも片手を上げて、迎撃の構えを取る。

『避けろ、スカーレット。経過時間的に、弱い魔法一発しか撃てない。お前なら容易く回避できるはずだ』

 蹄人の言葉通りに、ミルキーウェイの手から小さな光弾が一発、スカーレットに向かって放たれる。しかし単発であり、かつ速度もそこまでない光弾なんて、少し身をひねるだけで容易く回避できた。

「ヒッ……」

 改めて銃口を向けたスカーレットの前で、ミルキーウェイが小さな悲鳴を上げたのが分かった。

 だが、これが人形決闘である以上、例え恐怖に泣き叫ぼうと、容赦をするつもりは一切ない。

『ミルキーウェイに弾丸の雨を避けられるスピードはない。万が一新しいオプションでそれが可能になっていたとしても、スカーレット、お前ならやれるよな』

「もちろんだ、蹄人」

『……チェックメイトだ、ミルキーウェイ』

 力強く、それでいて微かに悲しみの混じった宣言と共に、送られてきた「全弾発射」の攻撃に従い、スカーレットは両手の銃の引き金を引く。

「嫌―――」

 弾丸が直撃する寸前。あろうことかミルキーウェイは、スカーレットに対して背を向けた。逃げ出すことが無意味であるのは、分かっているはずなのに。恐怖と絶望から、直感的に逃走を選択してしまったのだ。

 放たれた弾丸が、ミルキーウェイの虹色に輝く神々しい戦闘形態の、背中へと容赦なく突き刺さる。

 こちらは2、向こうは5という、ヒットポイントのアドバンテージをあっさりと覆し。叩き込まれた弾丸がミルキーウェイのヒットポイントをゼロにすると、スカーレットの視界がホワイトアウトし始める。

『ありがとう、スカーレット』

 言葉通りの感謝と、微かな諦めと罪悪感が入り混じった、蹄人の感謝の言葉を受け止めて。スカーレットは静かに銃口を下ろすと、瞼を閉じた。


 スカーレットがドームの外に帰還すると、蹄人は目の前で膝をついた瑛を静かに見下ろした。

「負けた……僕が、負けた……」

「対戦、ありがとうございました」

 瑛に対して、静かに頭を下げると。蹄人は彼に背を向けて、VIPルームの出入り口へと向かう。

 強敵との人形決闘という、目的は果たせた。あっさりと決着がついてしまったのは少々拍子抜けだったが、勝利したことには変わりない。

「帰ろう、スカーレット」

 ついてくるスカーレットに一度振り向き微笑んで、蹄人は部屋の扉に手をかけた。

「待って……」

 引き留めてくるとしたら、それは瑛の方だと思っていたが。声を上げたのは意外にも、ミルキーウェイの方だった。

 扉に手をかけたまま、蹄人が振り向くと。頭を抱えて暴言を吐き続ける瑛の横で、ミルキーウェイは寂しげに俯いていた。

「蹄人、その、私……」

「……」

「今更謝ったって、許してもらえないと思います……でも」

 顔を上げたミルキーウェイを、遮る様に頭を横に振って。蹄人はかつてのパートナーに、ありのままの思いをぶつけることにした。

「ミルキーウェイ、僕はお前のことを、ただの一度だって憎んだことはないよ」

「じゃあ……」

「だからこれで終わりだ。僕にもお前にも、新しいパートナーがいる。いつまでも過去のことを引きずるのはこれで終わりにして、お互い先に進んでいこう」

「うるさいっ」

 蹄人はミルキーウェイに言ったつもりだったのだが、言い返して来たのは瑛の方だった。

 拳で目の前のテーブルを叩き、蹄人とスカーレットを睨みつけながら、瑛は八つ当たりの負け惜しみを吐き出す。

「お前なんかに……お前なんかに僕が負けるなんてッ!人形を道具としか思ってない、お前なんかにッ」

「……帰ろう、スカーレット」

「そうだな、蹄人」

 これ以上ここにいても意味はない。とっとと帰って、巻のところに顔を出すほうがずっと有意義で楽しいことだ。

「待て―――」

 今度こそ瑛に言われた、引き留めの言葉は無視して。蹄人はスカーレット共に、VIPルームを後にした。

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