EPISODE11 追尾の応酬

 上空で何かが弾ける音がしたと、認識した時には既に遅かった。

 マジックポイントを込めて放たれた矢は、空中で拡散・分裂し。木々の合間を突き抜けて、ドーム全体に雨のように降り注いでいく。

『くそっ……やられたっ』

 即座に蹄人から「回避」の命令が送られてくるものの、間に合わずに一本の矢がスカーレットの体を貫く。

 アリス最大の必殺技「裁きの雨」は、マジックポイントを全て消費する代わりに、ドーム全体に攻撃する強力な技。使うとマジックポイントが回復するまで、他の必殺技を使えなくなるため、基本的には終盤の局面でしか使うことのない、はずだったのだが。

『裏をかいて、いきなりぶっ放してきたかっ……スカーレット、出来るだけ矢を避けながら中央に向かえるかっ』

「多分。全部回避することは無理だが、負けない程度には避けながら移動することはできるっ」

 返事の代わりに、「回避前進」の命令が送られてきた。素直に従って、スカーレットは銃を構え走り出す。

 絶え間なく降り注ぐ矢の雨の中、素早く感知した矢は回避しながら、森の中を走り抜けてゆく。しかし回避した先に飛び込んできた矢は、どうしようもない。

 一本、二本。ヒットポイントが二つ削られたところで、木々の合間に白と青の鮮やかなカラーを見つけた。

「そこだっ」

 蹄人からの「左連射」の命令に従い、スカーレットは思い切り地面を踏みしめて。メイド服姿のアリスに向かって跳びかかりながら、左手の銃の引き金を連続で引く。

 白いレースが鮮やかな、アリスの背中に向かって放たれた弾丸は。最初の一発こそ命中したものの、残りの五発は避けられ正面にあった木の幹に突き刺さった。

『これは……』

 ヒットポイントを削られながらも、素早い身のこなしで、アリスはスカーレットから距離を取る。

 いや。人形の性能を加味しても、あまりにも素早くかつスムーズすぎる動きで、アリスは木々の間に紛れ込むと、あっという間に姿が見えなくなる。

 森という地形に、スカーレットが無意識に移動速度を落としていたにも関わらず、アリスは移動速度が遅くなるどころか、むしろ異常なほどに素早くなっているのだ。

『特定フィールドにおける、移動能力強化オプション、か。これはなかなか、厄介なものを持っていらっしゃる』

 人形のオプションの中には、ランダムで選ばれるフィールドのうち、特定のフィールドで移動力や攻撃力が強化されるものがある。

 強化の度合いはオプションの価格に左右され、安いものだと補正がしょっぱかったり、特定のフィールドで逆に弱体化するというデメリットが付いていたりする。

 強化の補正が大きく、かつデメリットのないオプションとなれば、軽自動車が一台買えるお値段になることもざらである。

 いくら全国大会準優勝の人形とはいえ、さすがにそこまでの高額オプションを搭載することは難しいだろう。と、いうことはつまり。

『特定フィールドでは強力な移動バフを得られる代わりに、別のフィールドでは同じだけのデバフを受けることになるタイプのオプション……まったく、初手大技といい、とんだ博打を仕掛けてくるものだ』

 半ば感心したように呟きながら、蹄人はスカーレットに対して、五本の指にセットした必殺技の一つを発動するように指示してくる。

『だけど。どれだけ素早く動けても、弾丸のスピードには追い付けない。だから当たれば、問題ない。そうだろう、スカーレット』

 蹄人の言葉に頷いて、スカーレットは意思をこめて引き金を引く。

 弾丸を曲げられるようになってから、蹄人と共に練習を重ねてきた必殺技。銃タイプに限らず、遠距離で攻撃する人形にとって、基本ともいえる必殺技。

 銃口から放たれた、マジックポイントの籠った一発は。目にもとまらぬ速さで、木々の間を通り抜けていった。


 一発撃ったら逃げるのは、遠距離攻撃を主体とする人形の基本的な動きである。

 スカーレットの銃弾を一発食らったものの、この程度のことは想定内。移動オプションに物を言わせて、森の中を移動しながら、アリスは双矢の指示を待ちつつ思考を巡らせる。

 双矢がスカーレットの主人である、藍葉蹄人に恐怖していることは薄々気づいていた。人形決闘をするにあたって、蹄人に不利な状況を作り挑んだのも、恐怖心の裏返しであるのだろう。

 確かに客観的に見るならば、世界大会ベスト4と全国大会準優勝では、格が違いすぎるのかもしれない。

 が、アリスはそうは思わない。双矢なら藍葉蹄人に、必ず勝てると信じている。

 だから自分も相棒として、スカーレットに必ず勝つ。この障害を必ず乗り越えて、双矢と共に先に進むのだ。

 心の中で改めて、己の決意を確かめた時。アリスの頭の中に双矢の声が響き渡った。

『よし。このまま移動しながらマジックポイント回復を待って、回復したら次の攻撃を叩きこむ』

「了解しました、ご主人様」

 人間がこれだけ動き続けたら、息切れして立ち止まるところだが、人形は休むことなく動き続けることが出来る。

 鎮世や部員たちから得た情報によると、スカーレットは人形決闘部を壊滅させた際の戦闘において、一度も必殺技を使わなかったという。

 あれから今まで、二人に何の変化もなければ、動き続けるこちらを狙い撃つことは、絶対に不可能であるはずなのだが。

「―――さすがに、そんなことはないみたいですね」

 呟いた直後。木々の間を縫うように駆け抜けてきた、深紅に輝く一発の弾丸が。アリスの背中に突き刺さり、ヒットポイントを一つ削り取ってゆく。

「ぐっ……」

『大丈夫か、アリス!』

 衝撃に軽くよろめいて、一瞬だけ足を止めたものの。アリスはすぐに再び、森の中を走りだす。

「大丈夫です、ご主人様……しかしやはり、修得していたみたいですね」

『ああ。この一週間で追尾弾を完成させてきたのは、さすが藍葉蹄人だ』

 追尾系の技は、遠距離攻撃を主体とする人形にとって基本中の基本ともいえる必殺技。一発貰ったとはいえ、この程度は予想の範囲内。

 アリスは身を翻すと、背中の矢筒から矢を抜き取り、弓に番って引き絞る。

 追尾が使えるのは向こうだけではない。遠距離武器を獲物とする人形として、年季の違いを見せつけてやる。

 あとは引き絞った矢にマジックポイントをこめて放つだけなのだが、アリスの頭に双矢の鋭い声が響く。

『待て、アリス。追尾矢分のマジックポイントが足りない。今は回復に専念するべきだ』

「……すみません、先走りました」

 矢を下ろすと、アリスは再び森の中を走り出す。

 最初の「裁きの雨」よりずっと消費は少ないものの、追尾矢それなりのマジックポイントを消費する。特にアリスの放つ追尾矢は「特別製」であるため、通常の追尾矢よりも消費が多いのだ。

 しかし逆に言えば、あの「特別製の追尾矢」さえ命中すれば、こちらがぐんと有利になる。だからこそ双矢は、アリスにマジックポイントの回復を指示したのだろう。

 考えながら走るアリスの頭の中に、再び双矢の声が聞こえてくる。

『アリス、スカーレットが最初に君を撃った時、左手の銃しか使わなかったのを覚えているかい』

「はい、覚えています」

『右手の銃は恐らく最初から、追尾弾に使うために残しておいたんだ。逃げ回っているのを追尾弾で削って、リロードを挟んで止めを刺す。それが向こうの魂胆だと思う』

「リロード……」

 双矢が言いたいことが、彼の作戦が分かってきた。

『だから僕たちは、スカーレットがリロードしている瞬間を狙う。ほんの僅かな時間でも、戦闘においては大きな隙だ』

「つまりあと五発弾丸を避けたら、スカーレットを襲撃するということですね」

『うん。だからこそ今は、追尾矢分のマジックポイントを貯めておきたいんだ……来るのが分かっているなら、追尾弾も避けられるよね』

「余裕です、ご主人様」

 周囲に対する警戒を強めながら、アリスは頷いた。

 スカーレットの方も反撃を警戒しているのか、今のところさらなる追撃は来ないが。まだ奥の手を隠し持っていることも視野に入れて、気を抜かず身構えていた方がいい。

 木の陰に身を潜めながら移動し、全方位に意識を張り巡らせ、飛んでくる弾丸に備える。

 人工的に再現された、木の葉の擦れざわめく音の中に。放たれた弾丸の発する乾いた風切り音が混じっていないか、注意すること約六秒。

 自身の背中を狙って飛んできた、二発の追尾弾に気づいた瞬間。アリスは近くにあった大きな木の陰に飛び込む。

 幹に弾の刺さった音がした直後、追加で飛んできたもう二発の追尾弾が、しゃがみ込んだアリスに襲い掛かる。

「くっ―――」

 地面を転がる様にして、一発は回避するものの。もう一発が足を抉り、ヒットポイントを削り取ってゆく。

 余裕と言ったのに、一発貰ってしまったのが悔しい。これでこちらも、残り2ポイントになってしまった。

 だがゼロにならない限り、負けではない。起き上がって態勢を整えるアリスに、双矢から「追尾矢発射」の指示が送られてくる。

 矢を弓に番って、回復したマジックポイントを込めながら引き絞る。通常の追尾矢よりも消費が多い分、効果も絶大なのだ。

「機械仕掛けの猟犬(メカニカルハウンド)!」

 技名と共に放たれた追尾矢が、木々の間を駆け抜けて言った直後。返すように飛んできた弾丸が、アリスの体に突き刺さる。

 これで残りヒットポイントは1となった。だがこれでいい、これで布石はすべて整った。

 再び移動しながら、アリスは位置確認オプションを起動する。

 通常、位置確認オプションは自分のいる位置しか表示できない。敵の位置まで表示するには、高額な上位バージョンを購入しなければならないのだが。

 一つだけ、裏技があるのだ。通常の位置確認オプションに、敵の位置を表示させる方法が。

「……来た」

 グリッド線の引かれた円の中に、青い光が点滅する。この光の輝く地点に、スカーレットはいるのだ。

『どうやら無事に命中したみたいだね』

 青い光を目指して走るアリスに、双矢が若干安堵したように囁く。

 通常の追尾矢はただヒットポイントを削るだけだが、アリスのものは違う。ヒットポイントを削ることはもちろん、命中した相手に「マーカー」を刻み込むのだ。

 刻み込まれた「印」はビーコンの役割を果たして、位置確認オプションで追跡できる。また回避されたら効果はないが、今こうして表示されているということは、あの追尾矢はスカーレットに命中したということである。

 位置が分かれば、移動強化オプションをフル活用して、追い詰めるのは容易い。走りながら矢を放つ準備をしつつ、アリスはスカーレットの姿を探す。

 六発撃った相手は、今リロード中のはず。あまり時間をかけている余裕はない、ここで一気に決める。

 木々の隙間に、スカーレットの赤い髪を見つけたアリスは、口元に笑みを浮かべて。高速かつ的確に狙いを定めると、最後の一発を放つ。

 スカーレットは完全に背を向けていて、放たれた弓矢は真っ直ぐ飛んで行って、回避しようにも遅くて、勝負は完全についたはずだった。

 はずだったのだが。矢が放たれた瞬間、まるで分り切っていたかのように、スカーレットは飛びのいて。回避しつつ振り向き、右手の銃口をアリスに向けた。

 まだリロードの終わっていない、「」の銃口を。


 最初の追尾弾を撃った直後、スカーレットの頭の中で蹄人の声が響き渡った。

『銃口を地面に押し当てて、残った弾丸を全て撃ってくれ』

 何故と問う前に、スカーレットは蹄人の命令を実行する。弾はすぐになくなって、自動リロードが開始された。

『あれだけの大技をぶっ放したんだ。向こうのマジックポイントは空になっていると思っていい。必殺技に頼りがちな弓タイプで、初手大技をかましてくる大胆さには感心するけど、だからこそ次の行動がマジックポイント回復のための逃げだということが、非常に読みやすくなるってことだ』

「なるほど。向こうがマジックポイントを回復しようとしている間に、こっちもリロードを挟んで残弾数をごまかしておくということか」

『その通り。全国大会準優勝で、弓タイプの使い手なら、残弾数のカウントは必ずやってるはずだ。だからこうして、数を誤魔化して裏をかく』

 正直、これは賭けでもあるのだろう。約十二秒とはいえ、反撃がないことを不審に思われたら、あっという間にこちらの意図は気づかれてしまう。そうなれば豊富な遠距離攻撃の必殺技を揃えている、向こうに分があるのは間違いない。

 だが残弾数を誤魔化すことが出来れば、それは勝敗を左右するほどの、大きなアドバンテージとなる。

『観客たちは今頃大盛り上がりだろうな。まったく、人形決闘をやっている間はドームの外の声や音が聞こえなくて、本当に良かった』

 楽し気に蹄人が呟くと同時に、リロードが終了した。銃口についた土を落とすように銃を振って、スカーレットは構えなおす。

『よし、それじゃあ左手の方で追尾弾を撃ってくれ。二発、二発、一発の形で』

「了解した」

『それから。多分途中で向こうから、追尾矢が飛んでくると思うけど、それは絶対に避けないで食らって欲しい』

 左の銃の引き金を二度引いてから、スカーレットは首を傾げる。もう一発なら食らえる余裕はあるが、来ると分かっているものをなぜ回避しないのだろう。

『……追尾弾を修得するにあたって、色々な資料を調べたんだけど。ある資料に追尾弾の「亜種」についての記載があったんだ』

「亜種、があるのか」

『普通の追尾弾に、色々な効果を加えたものが「亜種」になる。そしてその「亜種」の中に、命中した敵の位置をオプションで突き止めることが出来る、「印」をつけるものがあった』

 蹄人が言いたいことが、分かってきた。さらに二度、引き金を引いて追尾弾を発射しながら、スカーレットは頷く。

「つまりアリスの放つ追尾矢には、「印」の性質があるため、あえて食らって相手をおびき寄せるということか」

『その通り。いくら向こうに移動強化のオプションがあるとはいえ、来ると分かっていれば、アリスの攻撃を避けるなんて容易いことだろ』

「ああ。来ると分かってさえいれば、余裕だ」

 頷いた直後、スカーレットの正面に輝きを帯びた矢が飛んでくる。回避は、しない。真っ直ぐ顔面に突き刺さり、ヒットポイントを削られながらも、お返しとばかりにスカーレットは引き金を引く。

 これで五発。この矢が蹄人の読み通り、「印」をつけるものなら、アリスがやってくるはずなのだが―――果たして。

 意識を研ぎ澄まし、スカーレットは敵を待つ。道具として、たとえどれだけ疑問に思っても。どうして「印」つきの矢だと、核心を持って言えるのか、蹄人に問いかけることはしない。

 自分は道具だ、道具は大人しく主に従うのみ。心の中で何百回も繰り返してきた、決意を思い浮かべた直後。背後に気配がして、スカーレットは素早く横に飛びのく。

 直後、今まで自分が立っていた、自分の頭があった場所を、漆黒の弓矢が通り抜けてゆく。

 蹄人から送られてくる、「反転攻撃」の指示に従って。スカーレットは身をひるがえすと、右手の銃口を立ち尽くすアリスに向け、連続で引き金を引く。

 いくら移動強化オプションがあるとはいえ、六発全て回避することはできない。放たれた弾丸の一つが、アリスの体に突き刺さって、最後のヒットポイントを削り取った。

『どうやら追尾弾が一発当たっていたみたいだな』

 勝利の証として、視界がホワイトアウトしていく中で。蹄人が満足げにそう言ったのが聞こえた。

『ともかく。よくやった、スカーレット』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る