――その瞬間、背後の海から、巨大なが顕現する。



 水しぶきを全身に浴びながら、ハヤテは大声で勝鬨を上げる。


「よっしゃー、作戦せいこー!!」


 水龍はエリカの指の動きに導かれ、教団の人間を次々と襲っていく。ユキマサは何が起きているのかわからず、ただ立ち尽くしていた。


「……何が起きてんだ」

「使徒が顕現して、それをエリカが操ってるだけだが?」

「それはわかってる、わかってるんだが、……おまえがやろうとしてやったのか?」

「そうに決まってるだろ馬鹿者」


 ――使徒顕現の条件はみっつ。


 死者が「死者」として認められていること。葬儀などの死者を弔う儀式が行われていないこと。周りに自然物があること。


 ハヤテはこのみっつを確実に満たしたうえで、エリカに無理やり顕現したばかりの使徒を地上に送り出させることで、この状況を可能にした。それでもまだ、運の要素は残るのだが。


「給料は出ないが、大事にならないうちにやってしまおう」


 銃貸してくれ、とハヤテはユキマサに言う。龍は苦手なはずなのに、彼女はひるまずに立ち向かっていった。


 核へめがけて頭上に一発。横にぶれて届かない。


 人間を食べているところを狙って、返り血だらけになりながら一発。またもや届かない。


 教団の人間がほとんど食われたか気絶したところで、龍の首を掴み、核が定まるまで首を取り押さえる。そこで一発。核に当たる。しかしまだ倒れない。


 さらに首を引っ張っていき、核を足で踏みつけて壊す。何度か殴打すると、やっと核が壊れ、使徒の実体が消えていく。


 龍型の使徒に恐怖心がないわけではなかった。ユキマサを傷つけた怒りのほうが強かったというだけだ。ハヤテは金にならない核を拾い集めると、今度はユキマサのほうを盗み見る。


「なんだあいつ……」

「すごいですよね。あんな、めちゃくちゃな方法で」


 隣で使徒を操っていたエリカが、ユキマサに近づいて言っていた。彼女の柔らかい笑顔を見て、ユキマサの表情が緩む。


「……そうですね。ああいうところだけは尊敬してます」


 ユキマサは、ちらりとエリカのほうを伺った。そして勇気を振り絞って、一言、話を切り出そうとした。


「「あの――」」


 声が重なった。ふたりは遠慮して、顔をそむけた。


 きっとユキマサの態度を見るに、結婚の申し出なんかをするつもりだったのだろう。ふたりがそのまま黙り込んでしまったので、ハヤテは見ていないふりをして彼らの間に入っていった。


「討伐終わったけど、これ警察に届けて報告しないといけないんだよなあ」


 ハヤテはなるべく自然に、服を見下ろした。制服は全身が濡れ、シャツに至っては透けて下着が見えている。困ったふうな顔を作って、ユキマサに言った。


「でもこんな服じゃ街中に出られないしなあ。どうしようかなあ。誰か服買ってついでに警察に報告してくれないかなあ」

「……そんな演技しなくても行ってやるが?」

「よし、じゃあエリカといっしょに行け! エリカに警察の位置を訊け!」

「まじでおま……おまえさあ……」


 ユキマサは苛立ちながら、しかしハヤテの言うことも一理あるので反駁できずにいた。エリカは嬉しそうな表情で、任せてください、と言っている。


「わかりました。行きましょう、エリカさん」

「はい!」


 ユキマサはハヤテとの別れ際、着ていた白衣を脱いで無言でハヤテに渡す。ハヤテは一週間前よりずっと汚れていた。


 彼は一週間、椅子に縛り付けられてタダシの居場所を詰問きつもんされ続けたのだろうか。自分なら絶対に言っていただろうな、と、ハヤテはひとり笑った。

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