第33話 公爵令嬢はやさぐれる


「あら……? 殿下の前を歩く者に、ほこりがついて行くわ……?」


 ストーリッシュと合流した男は前を歩き、襲いかかってくるダンジョンクリーチャーを難なく剣でさばいていった。

 その背中にふわふわとついていく小さな白い毛玉。


「あなたたちが小さくなったみたいな毛玉ね」


『おしごとなのー』『やくにたつのー』


「毛玉のお仕事って…………」


 レティシアは既視感に見舞われた。


(あら……? いつだったか同じことを思った気がするわ……? あの時は――べん♪べん♪便利保温箱でケサランパサランたちが、増えたのよ…………)


「……ああ! あの時に増えた子なのね?!」


 見ている画面がゆらゆらと揺れるのと、ケサランパサランの動きが同じことにレティシアは気付いた。


(――――もしかして、この殿下の前を歩いているのがベンジャミンではないの――――!)


 一旦ホームに戻り名前を確認すると、ストーリッシュの名前の前にベンジャミン・ホイローとあった。

 思った通りだった。

 このカメラというのは、ケサランパサランの見たものが映っているということだ。


「まさか、あなたたちがカメラというものだとは思わなかったわ。すごいわね。とても役に立っているわよ。ありがとう」


『ほめられたのー!』『うれしいのー!』


 ケサランパサランは喜びの舞を踊った。

 またストーリッシュを追跡するカメラの画面へ戻す。

 ベンジャミンについていってる子の姿が、小さいとはいえしっかりと見えているのが気になる。


「ねぇ、あの小さい子は他の者から見えないのかしら?」


『みえるものもいるしー』『みえないものもいるのー』


(見ることができる者と、できない者がいるということね)


 なんの動きもないところを見ると、ストーリッシュには見えていないのだろう。

 少しすると、男たちの野営地に着いた。ストーリッシュは案内され椅子へ腰かけた。

 ワインを用意されたり、食事を供されている。


(これはいったいどういうことなの……。王子殿下のダンジョンお茶会?)


 レティシアは珍しくイライラしながら自分も赤ワインを出す。

 牛肉の野営焼きを取り出し、つまみながら画面を見ていた。


(そろそろ3刻が過ぎるわね……)


 卒業試験は、前の者と重ならないように、3刻の間が開けられることになっている。

 倒されたダンジョンクリーチャーが再配置される間隔より余裕をもたせて、なるべく公平になるよう決められていた。


 そして高位貴族ほど魔力が大きく早く進むと想定されているので、先にスタートさせるということになっている。

 一クラス十名前後、三クラスあるので、全員が中に入るまで4日かかる。

 もちろん学生は自分のスタートまで入り口でずっと待つ必要はなく、スタート時間までにダンジョン・ワールズエンドへ来ればいいことになっていた。


 卒業試験は一か月。

 5階層までのソロアタックは、失敗してもこの1か月の間であれば何度でもやり直せる。

 先に入る方がやり直せる時間が長いので有利ではあるが、普通の学生は何度も入らず最初の一回で10階層まで攻略し、余裕があるうちに戻ってくる。10日もあれば十分なのだ。

 だから4日ほどの差はあってないようなものだった。


(――――次に入って来るのは、本来ならばローズのはずだわ。あの子がエーデルシュタインうちで、今どういう扱いされているのか、わからないけれども……)


 ストーリッシュの家名は変わっていない。何か罰を与えられたのか、どういう立場にいるのか、この情報晶からは何も読み取れない。


(魔牢や王家の秘術とやらを使ったことが、陛下に知られてないとは思えないけれども……)


 考えても仕方がない。

 ホーム画面に戻しておき、あたらしく入ってくる者の名前が出るのを待っていると――――ローズ・エーデルシュタインの文字が画面に加わった。


(おじい様から罪を問われなかったのかしら……。それとも知られてない……? いえ、セゴレーヌが伝えてないわけがないわ。きっと、おじい様の温情ね)


 ストーリッシュと周りの男たちの名前も動き出していた。


(――――ローズといっしょに行くために待っていたのね。違反は違反だけれども、ローズは多分あまり強くないでしょうし、ちょっと殿下を見直したわ)


 ローズのことは大事にしてくれているらしい。

 それはいいのだが、周りの男たちが解せない。

 護衛か。護衛なのか。

 ソロアタック単独攻略の卒業試験に、護衛を雇ったのか。


 ストーリッシュのうしろについているカメラ(ケサランパサラン)に切り替えると、ストーリッシュとローズが並んで、しゃべりながら歩いている。ローズはキャッキャッと声が聞こえそうなほど笑いながら横を見上げ、ストーリッシュの腕にべったりとくっついている。

 ストーリッシュの方もまんざらでもなさそうだ。


 思わずレティシアの口から、公爵令嬢らしからぬ「――――ケッ」という声が漏れそうだった。

 ストーリッシュとそういうことをしたいわけではない。彼とだとどうしても、姉が弟の手を引いて歩いている気分になる。


 けれどもレティシアとて、そろそろニ十歳になる若い女子。婚約者と甘いひとときを過ごしてみたいという野望くらい持っている。

 古代魔道具も好きだけど、ロマンスにだって大いなる興味があるのだ。

 だが、こんなところにいては、古代魔道具はあってもロマンスはない。

 こんなところに閉じ込めた当事者たちはロマンスに満ちあふれて、レティシアの前に現れた。

 悪態くらいつきたくなっても仕方ないだろう。


 レティシアはワインをぐーっとあおり、高原スナギツネみたいな顔で画面をまた眺めた。





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