第28話 ドラゴンにだって過去がある


 白い毛玉たちがふわりふわりと浮きながら『まえはひとだった』『しろいひとだった』というのを聞き、白銀のエールは思い出した。


(ああ、そういえばあやつらと会った時はそうだったな……)


 少し前のことで忘れていたが、この心地よい気があふれる不思議な場所に転移して来た時には、実はドラゴンの姿だった。

 飛ばされて気付くと、森の中にある広い真白な石タイルの床にいたのだ。床は円形の模様が描かれており光を放っていた。

 なにがなんだかよくわからなかったが、いやな感じがしなかったのでエールはドラゴン姿のまま、気ままに歩き出したのだった。


 実のついた木を踏みつぶせば、木の実や果実に変わる。

 鶏を踏みつぶせば、肉や卵に変わる。

 なぜかよくわからないが、ここはそういう場所なのだとエールは納得した。


 そして風の吹くまま気の向くままにふらふらと歩いていると、洞窟を見つけた。ちらりと見える限りでもキノコがあるのがわかる。

 エールはキノコも好きだった。

 ドラゴンのままでは入れなかったので、人の姿になり洞窟へ入った。

 洞窟の側面にはツタが這っており、キノコ好きには天国というほどにキノコが生えていた。

 エールがキノコを採ると、手の上にはやはり違うキノコが載っていた。


(不思議なものだ……。なぜわざわざ姿を変えるのであろうか)


 採ったばかりのキノコを口の中に入れると、ビリビリと刺すような刺激が広がる。


(おおぅ?! 雷を食うているようだぞ! これは楽しいではないか!)


 片っぱしからつまんでは食べ、つまんでは食べた。

 体中がモジョモジョするキノコ、フワフワとした心地になるキノコ、ドキドキするキノコなどなど、いろんなキノコをエールは堪能した。

 赤と緑の楽し気な色のキノコを食べると大変ゆかいな気持ちになって、ゴロゴロと転がりながら洞窟から出た後に、あの白い毛玉たちと会ったのだった。


 それからはほとんどドラゴン姿でいた。木や鶏を踏みつぶす時に具合がよかったからだ。

 只人ただびとには何人か会った。

 遠くから見て何もなかったかのように戻っていく者、時々近くに来ては黙って拝む者――――なんの気負いもなく話かけてくる者。


(あの者はどうしているのであろうな)


 日の光があたる湖のような青い髪をした男だった。

 時々ふらりとやってきては「話し相手になってくれ」と言っていた。

 普段は魔物の話ばかりをする男だったが、ある日いやに真剣な顔でぽつりと話し始めた。


「――――なぁ、ドラゴンよ。ここは死の門の先ではないよな?」


「我は生きていると思っておるが、わからぬな」


 エールが答えると、男はふっと笑ってあごをさすった。


「ははっ、おまえさんでもそんな感じなのか。少し安心したわ。なぁ、ドラゴンの世界には王というものがいるか?」


「おるぞ。一番の長老がそう呼ばれておる」


「そうか。それは単純明快でいいな」


「人の世では違うのか?」


「……ああ、血がそれを決める。いや、俺は別にそういった血ではないのだが、巻き込まれてしまってなぁ……殺されそうになった」


 男に似合わぬ暗い目だった。

 エールはなんと言ったらいいかと思いめぐらし、本当のことを言った。


「――――おぬしは加護があるから簡単には死なぬぞ」


「…………そうなのか?」


「我にはうっすらとその加護の鎧が見える」


「そうか。じゃ、そのうち戻れるかもしれないってことだな」


「それはわからぬ」


「いや、そこは『きっと戻れる』とかなんとか言ってほしいなぁ」


 そういって男は豪快に笑った。

 彼がそんな話をしたのは、後にも先にもその一回限りだった。

 それからも男は時々ふらりとエールの前に現れては話をしていった。魔物の話ばかりだったが。

 ここがダンジョンという場所だという話も、その男から聞いたものだ。

 どういう場所なのか、なんとなくわかったような気もしたが、やっぱりわからない。でも、別にそれはどうでもいいことだ。

 目の前にあるものをただ受け入れるだけだ。


 エールはだいたいお気に入りの果樹がたくさんあるあたりで暮らしていたが、変わった果実やキノコを求めてあちらに行ったりこちらに行ったりもしていた

 男もあちこちふらふらしていたようで、あらぬところで会うこともあった。

 いつもとは違う偶然起こることは楽しいものだとエールは知った。


 そんな付き合いをしながら日々は流れた。

 男はその青い髪に白いものが目立ち始めたころも「俺もおまえさんと同じような色になってきたな」と相変わらず豪快に笑っていた。


 そういえば近頃会わないなと思っていた。

 またどこかで会うのかもしれないとも思うし、もしかしたら男が望んでいたように“戻れた”のかもしれないなとも思う。


 竜人にとってはほんのわずかな間の出来事だ。

 そうやって只人はみなエールの前を通り過ぎていく。

 わずかな間でも暮らしに彩りを添えてくれる彼らを、エールや他の竜人たちは愛おしく思っているのだ。


(――――この者も、何かがあってこの場所に来たのであろうな)


 長い時を生きる竜人ですら驚くほどの、魔力がこもった歌声を持つ、このレティシアという者。

 この不思議な場所の気は、彼女の歌声で気持ちよく揺れる。

 それに引き寄せられ、エールはあの時初めて、自ら只人へ近づいたのだ。


(おぬしにもみなにも、幸があればいいのだが)


 目の前で野営焼きなる食べ物を作る女を見ながら、エールは目を細めた。





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