第2話 動く絵が映る古代魔道具


 ポン!


 闇がほどけてレティシアが降り立った場所は、輝く魔法陣の中だった。


(これは、転移魔法陣……ではないようね)


 人を転移させたわけだから転移魔法陣だと考えるのが普通だが、転移魔法陣は送る方と受ける方とで、対になっているものだ。

 レティシアは自分に向けられた魔法陣の形をはっきりと覚えている。足元の魔法陣はストーリッシュが使った魔法陣とは全く違う形だった。

 結界魔法陣とも違うし、しいていうなら召喚魔法陣の形が近い気がする。

 どちらにしても見たことがなく、解読できない魔法陣だ。


 周りを見回すと薄暗い部屋の中だった。離れたところにもうひとつ魔法陣が光を放っている。

 そして見たことのない不思議な調度品が並んでいた。

 魔法陣の円の中から外へ出ると、放たれていた二か所の光が消えた。


 ここは一体どこなのだろう。

 ストーリッシュは、描いた魔法陣を解き放つ時に[永遠の牢]と言っていたが、牢の中には見えない。


 部屋で一番目立っている大きな額縁に近づくと、それは額縁ではなく魔水晶でできた大きな情報晶だった。

 画面の中は横線で区切られ、その上を文字が動いている。


 レティシアはこんなに大きい情報晶を見るのは初めてだった。

 魔水晶を大きく削り出すにしても、継ぎ目なく加工するにしても、高度な技術がいるはずだ。


 その情報晶の前には、壁と一体型の長いカウンターと、床からひと続きになっている長いベンチがあった。ガラスや陶器のように見えるのに、触れると弾力があり、ゴムの感触に似ている。ベンチに腰かけるとちょうどいい弾力だった。

 そして目の前の情報晶の画面を、改めて見た。

 動いている文字は、どうやら名前のようだった。


 ダリル・ドラスナー……シャイナ・ペンペーム……パーマー……ロディア・クラウ…………。


(あら……? 知っている名前があるわね……?)


 ダリルはダンジョンでよく顔を合わせていた壮年の冒険者で、おおざっぱに見えて気配り上手の頼れる男だ。

 シャイナは子爵家の令嬢だが、家の事情で冒険者をやっている。明るく腕の良い魔法使いで、魔法学園の先輩だった。

 他にもちらほら知った名前がある。

 その彼らの共通点はダンジョン内でよく会う友――――略してダン友。


(まさか、ここはダンジョン内――――?!)


 そうだとするなら、腑に落ちることもある。

 情報晶の画面に名前が書かれているということは、どこかから情報を得ているということ。

 ダンジョンに入る際、身分証を入り口の端末晶にかざす。

 そこから情報を得ているのではないだろうか。


 目の前の情報晶の端で、忙しげに数字が点滅し始めた。恐る恐る指で触れてみると、画面から声が聞こえた。


『マスタージャッジ開始シマス――――ジャッジ中デス――――ジャッジ中デス――――……マスター判定完了シマシタ マスター権限移行シマス――――マスター権限移行サレマシタ マスターレティシア・ブルーメ・エーデルシュタイン マスター登録完了シマシタ』


 男の声とも女の声ともつかない不思議な声。


「――――あなた、誰?」


 レティシアは恐る恐る声をかけてみたが、返事はなかった。


(マスター? どういうことかしら……。わたくしの名前を知られているし、やっぱり情報を抜かれているみたいだけれど……今日はダンジョンの入り口から入ったわけではないわ。だから身分証をかざしてない。ということは端末からではなく、わたくしが身につけている身分証そのものから情報を得たのかしら……)


 深く考える間もなく、見ていた画面が切り替わった。


(絵……? いえ、動いているわ……?!?!)


 情報晶の画面には、どこかの場所が映っている。

 いったい、どういう技術なのだろうと、レティシアは食い入るように画面を見た。

 情報晶で文字以外のものが見られるなんていう話は、聞いたことがなかった。

 鏡に転移魔法陣を埋め込んで、映っている風景だけ飛ばす――――なんてことができれば可能かもしれないが、今のところそんな魔道具はない。


 画面の右側に映るのは、人型ダンジョンクリーチャーのうしろ姿のようだ。

 地上の魔獣や魔物とは違う、ダンジョンクリーチャー特有の動きでゆらゆらしている。


 正面からは、それに切りかかってくる男。そのうしろに長い魔法使いの杖を振り上げる女が映っていた。

 振り下ろされる杖から放たれた光がダンジョンクリーチャーに直撃し、男性が振り下ろした剣が切り裂いた。

 人型のダンジョンクリーチャーはどうと倒れた――――ように一瞬見えたが、ふわりと消えた。

 そして床に残されているのは、ダンジョンクリーチャーが落とドロップしたドロップ品の魔石。

 男女は魔石を拾うと、画面の外へ消えていった。


 そして情報晶は、また多くの名前が動いている画面へと戻った。

 レティシアは思わず息を詰めて、見入っていた。

 なんということだ。

 どこかの風景が離れた場所で見れるとは。なんという技術。きっとこれは古代魔道具ロスト・アーティファクトが使われているに違いない。


(どういう仕組みなのかしら。解明できたなら、王国の文明はさらに進む――――いえ、そういう小難しい話はどうでもいいのよ。とにかく単純に、すごいわ!!!!)


 レティシアはぐぐっと胸の前でこぶしを握った。


(なんておもしろいの?! お芝居を見ているようだったわ!! 劇場のシートよりもよく見えるし、迫力もあるわね。ピカーっと光った魔法は本物そのものだったし! 王都の劇場の演出家なんて目じゃないわ!)


 画面ではまた違う場所が点滅している。

 レティシアはもう躊躇ちゅうちょしなかった。

 点滅する18という数字を指で触れると画面は切り替わり、岩場らしき場所が映し出された。

 さっきは、とっさだったのであまり背景を見ていなかったが、これはどこかで見たことのある景色だった。


 画面に映る、ゆらゆら動く大きなダンジョンクリーチャーのうしろ姿は、ギガース《巨人》のようだ。

 レティシアの頭に思い浮かんだのは――――ダンジョン・ワールズエンドの18~20階層。

 何回も攻略したエリアだった。





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