英雄の末裔でかつての英雄リンリン

明日は五月雨

第一話 リンリンの生涯(上)


 リンエスター王国。

 そこは、かつての『英雄の末裔』が治める王国。

 人口は50万人で大陸の中心に存在し、国の背後には巨大な山脈があり、前方は広大な大河が流れている。

 自然と調和し、農業と水産業が盛んで、国のあちこちには実のなる木や草が生えている王国。


 そんな普段は平和な王国に今、かつてない危機が押し寄せていた。


「姫様。王国を、民を頼みます」


「言われなくても。私に全部任せて。アン」


 力強く、アンへとリンリンが答える。


 金色の髪を丸い円状にして、ツインテール型にした髪型に、ふくよかな胸とすらっとした体格で、164センチある身長で、身につけている格好は、専用オリジナルの、戦闘用ガーリッシュ系コーディネートだ。

 そのリンリンを、生まれた時から世話してくれたお付きの侍女アンが見つめる。


(アンと、国民の為にも。私はっ!)


 リンリンは覚悟していた。これから死ぬことを……。


 ドゴォォォォォン!


「グギャァァァァ!」


 リンリンの視線の先には、50メートルはある巨大な白いドラゴンが国を破壊している。

 そう、ドラゴン。

 この世界の生態系の頂点であり、リンリン達人間にとっては神にも等しい存在。

 そのドラゴンが今、リンリンが王族として暮らしている王国を次々と破壊していた。


「どうしてこんなことに……」


 こうなった原因は、『異世界』、という場所から来た、『魔法使い』、という存在だ。

 魔法使いは、なんの前触れも無く、リンリンの国上空に出現した、黒い穴から現れた。


「ヒャハハ! 俺は異世界から来た魔王様直属の魔法使い様だ!

 これからお前達の命を、魔王様復活の生贄として捧げてやる!」


 狂ったように叫ぶと、幾何学模様が手のひらに浮かび、そこから成人男性の身長大はある火の玉を出して、次々と無抵抗な国民を殺していった。

 当然そんなことは許されるはずもなく、王国兵士や、将軍などの強者が、魔法使いの討伐に出るも、誰一人敵わず、次々と火だるまになっていた。

 事態を重く受け取った、『王国の守護神』であり現国王であるリンリンの父が、『守護神の後継者』であるリンリンを連れて、魔法使いの討伐に名乗りを上げた。

 リンリンの家系であるリンエスターは、遥か昔に、邪悪なドラゴンからこの世界を救った『英雄』だ。

 今は昔よりずっと平和になったので、かつての祖先のような『ドラゴンキラー』と呼ばれる存在は、初代以降は現れていないが、それでも人類で最強の家系だ。

 その末裔で、現国王である父と、次期国王であるリンリンが、数十人の兵士を連れて、魔法使いの前に立ちはだかり――。


「キサマ! これ以上の悪行は、このワシと娘が許さん。いくぞ、リンリン!」


「はい、お父様!」


 拳を握りしめ、空手家のように素手で戦う姿勢をとる父とリンリン。

 そう、リンエスター家は、代々武器を使わず、その身だけで戦ってきたのだ。

 その強さは、空気を殴れば衝撃波を発生させ、大地を殴ればクレーターができるほどの強さだ。


 魔法使いを警戒しながら、拳を構え、リンリンが父より一歩先を踏み出した。


「お父様。この敵を倒すのは、私にお任せください」


 リンリンの周囲に怒りの闘気が舞う。リンリンは怒っていた。幼い頃から親しかった、なんの罪も無い国民を焼き殺した魔法使いに!


「……うむ、すでに周囲の避難は終えている。思いっきりいけ!」


「はい! リンエスター奥義。《空衝拳》!」


 リンリンが繰り出したのは、初代リンエスターが編み出した奥義。《空衝拳》だ。

 この奥義は、リンエスター家に代々伝わる秘伝の技で、10歳の修行を終えた日に、父から、その奥義の全てを叩き込まれたリンリン。

 今繰り出した技は、数多く存在する奥義の一つであり、正面の空気を音速で殴りつけることにより、超圧力の空弾を発生させる技だ。


「ほぅ。凄い闘気だな。お嬢ちゃんが俺の相手――」


 空弾が魔法使いの正面、何もない空間でバチンッ! と大きく破裂する。

 魔法使いは目の前で爆発した『何か』が分からず驚愕し、それを放ったリンリンをすぐに脅威と見なした。


「防がれた!?」


「いや、恐らくだが。あの男の周りに見えない壁があるのだろう」


「なるほど。それならお父様、私と協力してくれますか?」


「うむ。ワシら二人で見えない壁を壊すぞ!」


 リンリンも父も、魔法使いの守りを一見して把握し、次の手を繰り出そうとしていた。


「美しいお嬢ちゃんだから殺すのは惜しいが、これも運命だ、暗黒の炎に焼かれて死ね! 《フレイム・デスボール》!」


 幾何学模様が浮かび、魔法使いの手から放たれた、人間大の黒い火の玉がリンリンに向かってくる。


(驚きました。あの幾何学模様から、大きくて黒い火の玉が飛び出してくるなんて。でも!)


 驚くリンリンだが、黒い火の玉が自身の正面までくると、鍛え抜かれた自慢の足で蹴り上げた。


「そんな火の玉、ひと蹴りで十分です! やあっ!」


「何!? 俺の《フレイム・デスボール》が足で蹴られるだと!?」


 空高くで巨大な黒い火の玉が、花火のように爆発し消滅する。

 それを見た魔法使いは、目の前で何が起きたのか理解出来なかった。

 彼が戸惑うのも無理はないことだ。この世界では敵なしだった魔法が、いとも簡単に無力化された。それも、隣にいるゴツい男ではなく、攻撃した可憐な少女に、だ。


「リンリン、いくぞ!」


「はい、お父様!」


「貴様ら、いつの間に!」


 魔法使いの両隣には、いつ近付いたのか、父とリンリンが立っていた。数瞬遅れてそれに気がつくも、もう遅かった。


「「リンエスター奥義。《鳳凰双翼拳》」」


 父とリンリンが繰り出したのは、お互いの拳の波動を共鳴させる左右からの一撃。

 その威力は高いが、二人の拳を同時に打ち出すことで成り立つ技。コンマ一秒でも遅れたら失敗してしまう、非常に難易度の高い技だ。

 他人なら非常に困難だろうが、親子の絆で結ばれた父とリンリンにとっては、朝飯前だった。

 その技により、兵士がどれだけ攻撃してもビクともしなかった見えない壁は、バリン、と粉々に砕け散る。


「これで、お前を守る壁は消えた。後は貴様を殴り倒すのみ」


「もう、降参しても、絶対許さないから!」


 一旦距離をとり、再び拳を構える父とリンリン。

 その顔はもう、勝者の顔になっていた。


「あり得ないだろクソッ、この俺が、魔法の無い世界で、こんなに追い詰められる、なんてよぉ!」


 見えない壁を破壊され、さらに動揺する魔法使い。

 しかし、次の瞬間。彼は不気味に顔を歪ませると。


「フフフフフ、ヒャハハハ! こうなってはもうしょうがないよなぁ。生贄はもう十分足りた。我が世界で魔王様の復活も時間の問題だろう。後は――」


 魔法使いは懐から、ドラゴンの絵柄が彫られたナイフを取り出し。


「貴様、何を!」


「もう、抵抗はやめなさい!」


「ヒャハハハ! 最早、この世界に用はない。この世界ごと、全部皆殺しだぁ!」


 ザクッ、と自分の心臓に突き刺した。


「「!?」」


(自害した!? どうして? それに、『まおうさま』って誰?)


 意味深な発言と、突然の自害に、父やリンリンだけでなく、周囲の兵士も驚く中、異変はすぐに起きた。

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