世にも美味しい餃子

朝月春樹

 私は一人でいる時、考えたくもない怖いことを考えてしまう癖があるのです。「人気のないところで、急に自分の影が地面から上に伸び私を飲み込むのではないか」だとか、「鏡に映る自分が急に違う動きをしたと思ったら、私を鏡の中の世界に連れ込んでしまうのではないか」だとか、起こりもしない現象に怯えているのです。私自身も馬鹿々々しいと思うのですが。


 時計はちょうど九時を指しています。今日の夜は風がとても強く、雨はガラス窓に強く打ちつけられていました。いつもはお気に入りのシンプルな無地の壁掛け時計の音に意識を向けているのですが、今日は強く叩きつけられるような雨音が私の意識をその雨音へ向かせました。雨音のおかげで鏡の前で髪を梳かしていても、何も考えないでいられます。ゴロゴロと真っ黒な雲が呻ったので、ちらっと窓から外の様子を伺おうとました。停電になったりなんてしないでしょうか。曇りガラスの窓からは外の様子がわかる訳もなく、鏡に視線を戻しました。その鏡には私ではなく黒い影が映っているではありませんか。それと同時に、地を揺らすほどの雷鳴が轟き、直視できない程の光が襲ってきました。私は思わず「ひゃあ」と悲鳴をあげてしまいました。その直後、真っ暗な夜闇に包まれましたが、すぐに電気が点き部屋は明るくなりました。一瞬の出来事に訳が分からなくまりましたが、目の前の鏡にはいつもと変わらない自分が映っています。そして、鏡越しに見た壁掛け時計九時三分くらいを指しています。

___どうやら気のせいのようです。

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