邪悪な王は偽れる

curono

――物語の舞台「アルカタ(闇族の大陸)」――


*****


「闇族、という種族を知っているかね」

 しわがれた声に、はっと少女は顔を上げた。長いエメラルド色の髪が、その拍子にふわりと揺れた。

「闇族というのは、非常に危険で邪悪な種族だ。恐ろしい闇の力を持つ一族で、強欲で傲慢で残虐で狡猾、まさに魔物のような一族だ」

 眉を寄せて憎々しげに言う年老いた男に、無邪気な声が飛ぶ。

「先生〜、コウカツってなんですか?」

 エメラルド髪の隣の少年が手を上げていた。その少年に一つ頷いて先生は続けた。

「ずる賢い、ということだね。魔物ではないから人の言葉も話せる。闇族はずる賢い。親切そうに見せて我々を騙して喰うこともあるんだよ」

 先生のその言葉に、小さな教室の十人にも満たない子どもたちが、一斉に驚くような声を響かせた。

「怖いね、人を食べるんだって」

「私、絶対闇族に会いたくない!」

「先生、闇族ってどこにいるんですか?」

 子どもたちの反応に、シワシワの首を二、三度縦に振って先生は眼鏡の位置を直す。

「闇族の大陸という、私達の北方大陸の隣の大陸だよ。大陸が違うから、そう滅多に闇族が私達の前に現れることはない。けれど時折海を渡ってやってきて、私達を襲ったり喰ったりすることがあるんだよ。みんなも邪悪な闇の気配を感じる人がいたら気をつけなさい。闇族かもしれないから」

 先生の低い声に、子どもたちは真剣に話を聞いていたが、先生の説明が終わった途端、ザワザワとまた話し始まった。

「俺聞いたことある。時々警備役が闇族と戦うんだって」

「それって中央都市のあたりの話よね、私も知ってる!」

「どんな姿しているんだろう……」

「きっと大きくて真っ黒で長い爪があって、牙があって、怖い目をしてるんだ」

 そんな教室の声を聞きながら、エメラルド髪の少女はうつむいた。きゅっと唇を噛み膝の上の両手を握りしめていた。

「さあ、今日はそんな闇族を追い払うための魔除けについて授業をしようか。大丈夫、魔法が使えなくても、呪符というものがあってね、町の入口や家の入口に置けるものだよ」

 先生はそう言って、後ろの黒板に振り向いて文字を書きはじめた。それを見て子どもたちもペンを握りだした。

「はあい!」

「よし、早速これ覚えて家に貼るんだ」

「もう町の入り口に貼っているんじゃないの?」

「どうせなら魔除けの魔法とか勉強したいなぁ。あと攻撃魔法とかさ」

「そういうのは中央大陸のセイラン魔術学校にでも行かないと」

「セイランかぁ、憧れるよねぇ」

 いつまでもにぎやかに話し続ける教室の友人たちとは違って、エメラルド髪の少女は暗い顔でため息を付いていた。

「母さん……闇族の大陸を通るって言ってたけど……本当に大丈夫かな……」

 思わずそんな小さな独り言が漏れた。

 窓から外を見れば、春の日差しがようやく届くようになったまだ肌寒い季節。遠くに見える山にはまだ雪が残り、山の黒っぽい緑と対象的に見えた。山の向こうにある海を思い浮かべながら、少女は再びため息をついた。


*****






世界は、生まれてから何度も破壊と再生を繰り返してきた。

時代は流れ、進化を繰り返したその世界は、古来の神々にこう呼ばれた。


 女神の大地「アルカタ」

ここは多くの種族が生き、魔法にあふれた世界。


舞台はその世界の中で、最も邪悪な土地と言われる「闇族の大陸」。

生ける者全てが、最も危険に晒されて生きる土地と言われていた――。











朧朧真如 Dark side story

「邪悪な王は偽れる」





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