女と海と映画と女

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

女と海と映画と女(1)

「海!」


 運転席のミキが嬉しそうに声を上げた。埃のついたフロントガラスの向こうに朝陽を反射した波がキラキラと輝いている。


「……海だねぇ」


 ひとことだけ返すと、私は助手席のリクライニングを倒して目をつぶった。


「テンションひく」


「せめてオープンカーならね」


「軽もカワイイっしょ。ぜーたく〜」


「お嬢様なもんで」


 プッ、とミキが吹き出した。つられて私もにやける。


「…………」


 薄く目を開けて景色を眺める。誰もいない砂浜が広がっている。海、砂、それらを照らす太陽……人間のいない景色。これが世界の本来の姿なのだろうか。頭をコロンと転がしてミキの方を見る。太陽が彼女の長い黄金色の髪も美しく照らしていた。視線を感じたミキがチラリとこちらを見て言った。


「なんかさ、うちら『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』みたいだね」


「……知らない」


「ドイツの映画。今度観てみ」


「うん」


 ミキは私が知らない映画をたくさん知っている。いや、私が知らなさすぎるだけだ。映画だけじゃない。私がつまらないことを知っている数だけ、ミキは楽しいことを知っている。


「……でも、今度かぁ」


「……今度、ねぇ」


 それきり、私もミキも口を閉ざした。ヘアピンカーブに差し掛かり、オンボロの軽自動車が車体を大きく傾けた。ゴトリ、と後部座席の死体が床に落ちる音がした。


 私たちは今、海へ向かっている。

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