薔薇姫様と呼ばれるツンケンお嬢様、家では俺のメイドです

海夏世もみじ(カエデウマ)

プロローグ

「わぁ〜、見てみて!」

「おお、薔薇姫様の登校だな!」

「かっこいいし可愛いしんだよねぇ〜!!」

「今度お茶会に来てもらえないかしら……♡」


 まだ朝だというのに、学園の生徒たちはとある一人の姿を見るや否や、テンションが爆上がりしていた。

 その視線の中心にいる者、それは俺……ではなく、俺より少し前で華麗に歩いている美少女だ。

 整った顔に血色のいい唇。夏の青葉やエメラルドを思わせるほど美しい翡翠の瞳に、紅蓮に咲く赤いハーフアップの髪。ピアニストかと思うほど細い指に、モデルなような美しいスタイル。

 容姿端麗、成績優秀、さらには運動神経まで抜群。


 そんな彼女の名前は――赤薔薇あかばら美紅みく

 名だたる財閥家達が通うこのエリート高校こと、牡丹薔薇学園ぼたんばらがくえんに彼女は入学してまだ数日なのだが、圧倒的な風格や実力を見せつけ、男子はもちろん、女子まで魅了しているのだ。

 なので、朝からこのようなことが起きる。


「あ、あのっ! 赤薔薇さん、これを受け取ってください!!」


 男子生徒が美紅に向かって手紙を差し出し、腰を90度曲げてそう叫んでいた。

 美紅はふぅ、と息を吐き終えると、塵芥を見ているかのような眼差しに変わり、手紙をベシッと弾き飛ばした。


「何よ、アンタ。あたしアンタのこと何も知らないし、こんな朝っぱらから迷惑なのよ。常識を弁えていないのかしら? 不快。立ち去りなさい」

「ひ、ひぃぃ! す、すみませんでしだァァァァ!!」


 涙目を撒き散らしながら、その男子生徒は脱兎の如く走り去った。


「棘が凄いよねぇ」

「薔薇には棘がつきものでしょ?」

「あー、だから〝薔薇姫様ばらひめさま〟なんてあだ名がついてるのか」

「でもそこもかっこいい!」


 可愛くてかっこいい、そんでカリスマだったら何をしても好感度が上がるものだよなぁ。

 周りの言葉に少し耳を傾けがらそんなことを心の中で呟いていた。


「ねぇ、蒼夜そうや


 美紅が俺の方に向き、話しかけて来た。

 ちなみにだが、俺の名前は――清水しみず蒼夜。銀髪で蒼眼だが、自分の親の顔すらわからないので、俺自身が何人かはわからない。背は美紅よりほんの少し高いぐらいで、童顔なのがコンプレックスだ。

 ついこの前まではごく普通に暮らしていた一般人だ。


「なんでしょう、お嬢様」

「『なんでしょう』じゃないわよ! ああいう面倒な奴が来たらあたしの前に出て断っといてって言ったわよねぇ!? アンタどうなってんの!!」

「申し訳ございません美紅様」

「はぁ、全く……。なんだか朝から疲れちゃったわ。後で甘いもの買って来てちょうだい。これは命令。遅れたら罰則よ」

「承知しました」


 俺は、彼女のお世話係だ。だから学校では彼女の命令を遂行し、なんでもこなして行くのだ。

 だがだ。



###



 学校からの帰り道。

 相変わらず、俺は彼女の半歩後ろを歩いている。お世話係の身なので、横で歩くなどご法度だ。


「そ、蒼夜」

「なんでしょう」

「アンタ……ちょっとあたし早く帰るから、遅れて家に入った来なさいよ」

「はて? なぜでしょう?」


 理由は知っている。だが朝や昼に散々な仕打ちを受けたので、少し揶揄ってやりたくなった。


「〜〜ッ!! アンッタ本当に!」

「カリカリしないでください、お嬢様。可愛い顔が台無しですよ?」

「はっ、はぁぁあ!?!? アンタ何言ってんのよバカァァ!!」

「おっと。暴力は感心しませんよ」


 美紅が俺の腹に向かってパンチを繰り出してきたので、俺は軽やかにそれを避けた。


「一応あたし、運動神経超良いのになんで避けれるのよ……」

「お褒め頂き光栄でございます」


 美紅に向かって軽く会釈をする。


「チッ、猫被るのが上手いんだから。それじゃ、もう家すぐそこだから、あたしが良いって言うまで入ったらダメだからね!!」

「承知しました」


 タッタッタッ、と軽やかに俺たちの目の前にある高層マンションに走り出した。


「はぁ、やれやれだな」


 お望み通り、ちょっと遅れて行ってやるか。

 高層マンションの一階にあるコンビニ内で漫画をちょっと読んでからエレベーターに乗り、美紅がいるのボタンを押した。

 ……美紅のお世話係で、一時的に美紅の家に行くのではない。。理由は……いずれ話そう。


「良いって言うまで入るなって言ってたからインターフォン押すか」


 ポチッとドアの横にあるインターフォンのボタンを押した。


『ゔっ、もう帰ってきたのね。……入って良いわよ』

「うぃ」


 ガチャリとドアを開ける。するとそこには――。


「お、お帰りなさいませ……ご、ご主人様……! うぅ、やっぱりまだ慣れない……」


 ヴィクトリアンのメイド服に身を包み、ぎこちなさと恥じらいMAXでそう言ってきた美紅。そう、あの薔薇姫様と呼ばれる美紅が、だ。

 朝や昼までの強気な態度とは打って変わって、目にうっすら涙を浮かべながら震えた声でそう言ってきている。


「はい。ただいま、美紅」

「服を……あれ、なんだっけ。か、片付けさせてもらい、ます……?」

「まあ、合ってるぞ」


 俺が腕を広げると、美紅が上着を脱がしてきた。よくあるやつだ。


「えーーっと…………。次は……」

「次は? よくあるだろ?」

「わ、わかってるわよ! え、と」


 アレとはあのテンプレ台詞だ。『ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも』のやつだ。


「ゴ飯ニシマスカ、オ風呂ニシマスカ、ソレトモ」

「物凄いカタコトじゃん。海外から日本に留学してきた外国人か?」

「うるさいわよ! こんなの言い慣れてないから無理に決まってるじゃない!!」

「あー、メイドの欠片も無くなったぞ」

「ゔっ……。と、取り敢えず入ったらどうなのよぉ……」

「そうするか」


 靴を脱ぎ、リビングへと向かう。


「ほんと……なんであたしがこんな服まで着ないといけないのよ」

「お前のお父さんが決めたことだから仕方ないだろ。あと、似合ってて可愛いから別に落ち込むなよ」

「もう! 何回可愛いって言ったら気がすむのよーッ!」

「危なっ! 蹴りをするな……って、白ッ!!」

「みみみ、見るなバカァーーッ!!」

「不可抗力だろうが!」


 なぜ、あの薔薇姫様と呼ばれる程のツンツンお嬢様が一般の俺のメイドを言え限定でやっているのか。


 全ては、あの時から始まった。

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