一方その頃 3

「おい、サリュア! いったいどういうつもりだ!?」


 冒険者ギルドにふざけた格好で現れたサリュアを見て、温厚な俺も思わず叫んでいた。

 その理由はいたって単純で、前日にはなんの連絡も寄越さずに、時間になっても冒険者ギルドに姿を見せなかったからだ。

 そしてたった今、ギルドに現れたサリュアは娼婦の様な格好で、どこの誰とも知らない男を連れているのだ。

 今すぐにでもその顔が倍に膨れ上がるほどに殴り倒したい気分だった。

 だが、サリュアは悪びれた様子もなく、男と別れを告げて俺に葉巻の煙を吹きかけた。


「こんな人目の付く場所で怒鳴らないでよ。貴方の育て上げたパーティの面子がどうなってもいいの?」


「お前がふざけた真似をしたからだろうが! なぜ昨日は顔を出さなかった! お前が欠けたせいで迷宮の攻略が中止になったんだぞ!?」


「あら、そうだったの? リンドックなら、私抜きでもうまくやれると期待していたのだけれど。私の買い被りだったみたいね」


 一瞬だけ、なにを言われたのか理解できなかった。

 どう考えても問題なのは、サリュアの行動の方だ。

 だというのに、なぜ俺が失望されなければならない。

 そもそも買い被りだと?

 この俺に対して?

 もはや、この女に対して仲間の意識は消え去っていた。


「次、ふざけた真似をしたらどうなるかわかるな?」


「どうなるの? 私は貴方みたいに優秀じゃないから、はっきりと言葉で言ってくれないとわからないわ」


「お前をこのパーティから追放するって言ってるんだよ。蒼穹の剣に入りたいなんて魔術師は、掃いて捨てるほどいる。自分の置かれてる状況がどれだけ恵まれてるか、理解しろ」


 本当ならば、この場で追放したいぐらいだ。

 しかし、それは出来ない。

 リーダーの権限を使えば可能だ。

 だが冒険者ギルドにクランの設立申請を出している以上、パーティメンバーの変動は出来る限り避けたい。

 もしかしたら、それを知って俺を挑発しているのかもしれない。

 いや、あり得ないか。この女がそこまで頭が回るとも思えない。

 

 もしかしたら、誰かを入れ知恵だろうか。

 しかし、それも考えにくい。

 俺を挑発して誰に得があるというのか。

 テーブルについていたモーリスとルカエルも、興味なさげにしている。

 偶然にも、サリュアの馬鹿な行動が俺の琴線に触っただけの話だろう。

 そうきりを付けた所で、オルフェアがため息交じりに前に出た。


「サリュアさん、あなたはこのパーティの一員だという自覚が足りないように思えます。リンドックさんがどれだけの時間と労力を費やしてこのパーティを成長させたか。貴女はその恩恵を受けておきながら、あだで返している。それを自覚した方がいい」


「……そうね、悪かったわ」


 先程までと打って変わって、嫌に素直な返事だった。

 新たに入ってきた仲間に対して遠慮があるのだろうか。

 それとも、オルフェアの高いレベルに威圧感を感じているのかもしれない。

 しかしそれなら好都合だ。

 このままオルフェアには、恐れられたままでいてもらうべきだろう。



 完璧な作戦は、完璧な結果を生み出す。

 オルフェアをパーティに加えてから、蒼穹の剣は相応の結果を残してきた。

 そして今日、冒険者ギルドから一通の手紙が届いた。

 その中身は冒険者クラン設立の認可書である。

 

 クランを設立すれば、あの馬鹿共と直接接しなくて済む。

 それどころか椅子に座っていれば金が転がり込むのだ。

 今までの努力と俺の才能からすれば、それが当然ともいえるが。 


 だがクランを設立するには色々と手続きが必要だ。

 仲間集めや、今のパーティの運用に、ギルドへの書類提出など。

 いくら優秀とは言え、俺一人では膨大な時間がかかってしまう。

 

 そこでパーティの運用に関しては、既存のメンバーのうちの一人に任せる事に決めていた。

 酒場に呼び出してあったオルフェアがようやく現れ、正面の席に腰かける。


「遅れてすみません。それで、内密な話とは?」


「いやなに、お前は中々話の分かる奴だ。加えて実力もある。そこで、蒼穹の剣のリーダー権限を譲渡したい」


「それはつまり――」


「勘違いをするなよ? 別に俺が冒険者を引退するって訳じゃない。その逆だ。クランを創設して、別の冒険者に声をかけるつもりだ。残ったあの三人とお前でパーティとして活動してくれ。お前にはそのリーダーを任せたい」


 パーティリーダーには相応の権限があるが、それと同時にいくつかの制約を受けることになる。

 中でも迷宮に挑む際の手続きにはリーダーは絶対に必要で、魔石の売買などもリーダーしか行うことができない。

 そもそも俺がいなければ成り立たないパーティではあるが、それ以上にギルドからの制約で迷宮に足を踏み入れる事さえ出来なくなってしまう。

 だがそれだけはなんとしても避けたかった。


 というのも、クランの本拠地を構えるための費用もそれなりに掛かるからだ。

 世界樹海で最も優れたクランリーダーには、それ相応の建物と土地が必要になる。

 新たに加入する冒険者達にも、俺の功績と威厳が伝わるような物件が好ましい。


 そこで俺は、現在のパーティの運用を続ける為にリーダー権限の譲渡を思いついた。

 本来であれば、この行為は推奨されていない。

 リーダーとしての権限が渡るということは、パーティを乗っ取られてしまう可能性があるからだ。

 だがそれは、人望も無ければ自分に信頼を寄せる仲間もいない、無能なリーダーの場合だ。

 俺には、オルフェアという絶対的に信頼できる部下がいる。


「責任重大ですね。僕に務まるでしょうか」


「お前は俺の言葉を忠実に聞く、利口な奴だ。これからもそうしてれば、なにも問題はない」


 オルフェアは賢くはない。俺と比べれば、誰でもそうだが。

 しかしそこが逆に使える点でもある。

 俺の命令には従順で、レベルも高い事からほかの三人からは恐れられている。

 戦闘能力も高い事から、下手を打たなければ迷宮で死ぬこともない。

 リーダーを任せるには、まさにうってつけの人材といえた。 

 

「わかりました。その大役、引き受けさせていただきます」


「まぁ、そう固くなるな。あの三人は戦うことしか能のない馬鹿だ。お前なら、俺ほどじゃないが上手くやれる」


 これで、クラン創設の悲願まであと一歩。

 いや、もはや俺の夢は叶ったと言っても過言ではない。

 馬鹿共をあの手この手で使って、やっとここまで上り詰めたのだ。

 後は今までの努力と成果の報酬を……クランマスターという地位を得て、死ぬまで遊んで暮らすだけだ。

 

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