第16話


「ほら、頑張って? 貴方が死んだら子供達のご飯にしてあげる!」


 一面を薙ぎ払い、黒い煙が周囲を覆う。

 魔物が消える際に発する物だが、今はそれが非常に厄介だった。

 煙の奥から次々と魔物が飛び出しては、刃で貫かれて消えていく。

 一瞬でも気を抜けば、体の一部が魔物の顎によって持っていかれることになる。


 そのため前方だけに集中できるよう、壁際まで下がっていたのだが、それが裏目に出た。

 一度剣を振って仕留められるのは、一匹が二匹が限度だ。

 同時に以上の数で押し込まれれば、対応が遅れてしまう。

 背中が壁に付いた瞬間、眼前に迫った魔物に左手をかざす。


「奔れ!」


 扇状に広がった閃光が、小型の魔物を撃ち滅ぼす。

 だが範囲を広げたせいで、威力が酷く減衰していたのだろう。

 大型の魔物に至っては、傷ひとつ付いていなかった。


 そして、テラノテリポカが右手を振り上げると、壁の穴から魔物が次々と飛び出してきた。

 今しがた仕留めた数よりも多い魔物が、再び俺の周囲に列を成す。

 もはや無尽蔵かとされ思える数だった。

 

「でも安心して。彼女はすぐに殺さないわ。地上に戻して、そして次の餌を呼び込む役目を与えないと。たったひとりしか食べれないと、子供達も物足りないでしょうから」


「呼び込む? お前、一体何を考えて……。」


「あの大勢の人間がこの場所に来たのは、作り物の世界樹の種子が欲しかったから。じゃあ、その種がここにあるって教えたのは誰だと思う?」


「つまり、わざと逃がして餌をばら撒くわけか。この迷宮に来るよう、仕向ける為に」


「人間達が呪いと呼んでいる物は、すごく便利で素敵なものなの。例えば人間の意思を捻じ曲げることなんて、私達の子供でも簡単にできる。小賢しくも用心深い人間に、ありもしない秘宝を信じさせることもね」


 銀の果樹園はオークションで取引したという商人から、世界樹の種子に関する情報を得た。

 しかしよく考えてみれば、この取引自体を疑うべきだったのだ。

 60人を超える大規模なクランである銀の果樹園が、信憑性の低い情報を元に冒険者を総動員するはずがない。


 それも商人側が提示したのは、真偽が疑われる世界樹の種子に関する情報だ。

 何かしらの確証がなければ銀の果樹園が取引に応じるはずがない。

 だが、クランリーダーはその取引に応じて、クランメンバーを総動員した。 


 それはこのテラノテリポカが、地上に戻した人間を呪いで操って誘導したからからだろう。

 操り人形となった人間と接触したクランリーダーもまた、呪いの影響を少なからず受けていたはずだ。

 結果、正確な判断が出来なくなったが、メンバー達はリーダーに厚い信頼を寄せていたと荷物持ちの男は語っていた。

 人ならざる存在に、信頼しているリーダーが惑わされているとも知らずに。 


「そうやって、レウリアの仲間達も騙したのか」


「いいえ? そこの女が仲間を殺すよう仕向けたのはオーレンでしょ? 私に当たられても困るわ」


「ま、待て! ウィンドミルにあった世界樹の種子は、お前が仕掛けたんじゃないのか!?」


「うん? 種は私と親友で作った物だけれど、仕掛けたのは私じゃなくてオーレンよ。そもそも子供達のいない場所に人間をおびき寄せる意味がないでしょ」


 なにが重大な事を見落としている気がしてならない。

 つまりレウリアの仲間を殺したのはオーレンという人物であり、その人物は何かしらの目的をもってウィンドミルに偽物の世界樹の種を仕掛けた。

 そして世界樹の種がウィンドミルの迷宮に眠っていると情報を仕入れたレウリア達は、それが偽物だとも知らずに迷宮に挑み、惨劇を引き起こした。

 

 だが、最初に世界樹の種子に関する情報をレウリア達に売ったのは、幾度となく俺達に助言をしてきたあの人物だ。

 あの人物がもし、この怪物たちの仲間なのだとしたら、いったい何が目的なのか。

 殺せるチャンスはいくらでもあったはずだ。

 しかしそうはせず、遠回しな助言を残して去っていくだけ。

 

 いや、もしかしたら、あの人物こそがオーレンなのかもしれない。

 ここから出たら、直接問いただすべきだろう。もちろん、最大限の準備と警戒をしてから。

 その前に、この子供の姿をした怪物をどうにかすべきか。


「最後に一つだけ聞かせてくれ。世界樹の種子は、本当に存在しないんだな」


「当然でしょ? 貴方達人間は、世界樹について本当に何も知らないのね。でも、いえ、だからこそ、痺れを切らして貴方の様な人間にその力を託したのでしょうね。あのローデシアと同じ力を持った、さしずめ勇者と言った所かしら」


「ローデシアと同じ? 勇者? お前は何を……。」


 幾度となく聞いた名前が繰り返される。

 やはり、この存在達はローデシアという人物となにかしたの因縁があったのだろう。

 だが勇者とは一体、どういうことか。

 再びの問いに、テラノテリポカが答えることはなかった。


「退屈なおしゃべりはここでお終い。もう死ぬ相手に、長々と事情を説明する必要もないしね。それに、子供達も我慢の限界みたい。だから、おとなしく食べられてね」


「もう終わりか。もっと色々と情報を引き出せると思ったんだが、演技の練習もした方がいいな」


「……なにいってるの?」


「こっちの話だ。さて、終わらせよう」


 必要以上に長引かせてもレウリアが危険だ。

 それにテラノテリポカの弱点は、大体掴めた。

 『幻魔獣の靱角』を構えれば、古代魔法文字が輝きを増していく。


「本当にローデシアに似てる。特にその生意気にも私を見下ろすところとか」


 再び右手を振り上げたテラノテリポカは、まっすぐと見つめて、告げた。

 

「死んで。私達の為に」


 命令通り、大小様々な魔物が津波となって襲い掛かる。

 大きく薙ぎ払った。

 光の軌跡を残し、魔物達は瞬時に消滅。

 高く掲げられたテラノテリポカの腕が、宙を舞った。


 

 刹那の静寂は、少女の悲鳴によってかき消された。

 いや、実際には少女の形をした怪物の悲鳴だが。

 腕を失ったテラノテリポカは、周囲の魔物が全て消え去った事など気付いていないのか、半狂乱で傷口を抑えていた。

 

 人間よりも痛みを感じやすい、という訳ではないはずだ。

 だが、さぞ俺の斬撃は効いたに違いない。

 再び光を増していく刀身を尻目に、歩みを進める。


「お前ご自慢の子供達は、もう呼べないんじゃないか?」


 テラノテリポカが強力な個体であることは間違いない。

 魔物を従えるという能力は、対軍戦闘において無類の強さを発揮する。

 しかし、群体でもない魔物をどうやって従えているのか。

 それも全く別の存在である、テラノテリポカが。


 ただ、その行動を見ていれば容易に想像は付いた。

 腕の動きに合わせて、魔物達は行動を開始する。

 俺への攻撃に、テラノテリポカを守る行動に、レウリアを捉える事さえも。

 つまりあの腕さえ切り落としてしまえば、ご自慢の魔物達を呼ぶことは出来ないだろう。

 

 実際、深手を負っているにも関わらず、テラノテリポカは魔物を呼ぼうとしない。

 一歩ずつ近づく俺に対して、テラノテリポカはゆっくりと後退していく。


「なに、が……。いえ、ありえない。どうして!?」


「お前のお陰で、色々と知る事が出来た。まがい物の世界樹の種子を持った時、瞬く間に内側の魔物が死に絶えた。つまり俺の持つ加護の力は、呪いと同じ性質を持つお前達には致命的な弱点なんだろ」


 手の内で世界樹の種子が弾けた時は動揺していたが、今にして思えばあの時点でテラノテリポカは自分の弱点を晒していたことになる。

 加えて『幻魔獣の靱角』は、所持者の加護に応じてその性能を変化・強化させる性質を持つ。

 俺の加護の力を纏った斬撃は、さぞテラノテリポカには効いたに違いなかった。

 そして、徐々に能力の理解が深まるごとに、抱いていた疑問も氷解していった。 


「ここからは推測だが、お前達は俺の加護を恐れたんじゃないか? 自分達にとって脅威になり得るからこそ、どうにか殺そうと暗躍した。上手くいかなかったようだがな」


 特に、あのバルバトールという怪物は、明確に俺を殺すよう命令を受けて来ていた。

 もっと言えば、ローデシアという人物と同じ能力を持った人間を殺すように、だろうが。

 そしてバルバトールを俺に差し向けたのも、レウリアの仲間の命を奪ったのも、全てはオーレンという存在に帰結する。

  

 だからこそ、テラノテリポカから出来る限り情報を引き出してから仕留めたかった。

 こうなっては、もはや俺の話など聞く気はないだろう。

 レウリアの首元に残った左手を突きつけ、テラノテリポカは叫ぶ。


「い、いいの!? それ以上近づいたら、この女がどうなっても知らないわよ!」


「聞かせてくれよ。近づいたら、どうするつもりだ?」

 

 現状、判明している俺の加護の能力は、ふたつ。

 ひとつは迷宮内の魔物や、この謎の存在達に対して有効打になるということ。

 そしてもうひとつは、呪いやそれに類する効果を受け付けず、無効化すること。

 であるならば、『幻魔獣の靱角』によって拡散された事で起きたのは、魔物達の殲滅だけではない。


 脅迫を受けてなお、ゆっくりと距離を詰めるを見て、テラノテリポカは眼を見開いた。

 レウリアを人質に取れば、俺を止められると思っていたに違いない。

 予想が外れ、もはや残された選択肢は残っていないはずだ。


 目の前に迫り、『幻魔獣の靱角』の輝きが増す。

 今度は至近距離だ。直接、この刃を叩きつけることもできる。

 腕を斬られただけで、すでに満身創痍だ。

 まともに受ければ致命傷だろう。

 

 痺れを切らしたのか。

 子供の癇癪の様に、テラノテリポカは左手を振りかぶった。

 その狙いは、壁に貼り付けられた、レウリアだった。


「人間如きが、この私を見下すんじゃない!」


 しかし。

 怪物の左手がレウリアを貫くことは、無かった。

 空間が軋むような、全身が針で覆われたような、そんな冷気が立ち込める。

 吐く息は白く、『幻魔獣の靱角』の刀身には霜が降りる。

 

 そして想像通り。

 テラノテリポカの左手は、銀色の輝きに覆われ、静止していた。

 

「なにが――」


 この怪物達が呪いを自在に操り、レウリアはその影響で気を失った。

 ならば俺の加護の力が拡散した今、レウリアが眠り続ける道理はない。

 すでにその双眸は、まっすぐとテラノテリポカを射抜いていた。


「さぁ、銀の死神のお目覚めだ」


 瞬く間だった。

 壁から降りたレウリアは、即座に地面の槍を拾い、切っ先をテラノテリポカに向ける。

 仲間を奪った者の、同胞に。

 その間にも、銀の瞳で射抜かれていたテラノテリポカの氷結は進んでいた。

 今や腕だけでなく、肩や足も氷に覆われ、歩く事さえ酷くぎこちない。


「こ、こんな所で死ぬなんて! 絶対に嫌!」


「逃がさない。逃がす、訳がない」 


 テラノテリポカは、必死に逃げようとして地面に倒れ込む。

 もはや膝上までまでが氷結し、残っているのは胴体と頭部だけだ。

 美しくも恐ろしいその能力によって逃げる事さえ許されない。

 レウリアは身動きの取れないテラノテリポカの傍に立ち、槍を振り上げる。

 

「この私が……テラノテリポカが! 人間如きに! 神々の使い走り、如きに――」


 最後の絶叫が、断ち切られる。

 一本の槍が、テラノテリポカの首元を貫いていた。

 流石にこの怪物であっても、首元を穿たれれば致命傷だったのだろう。

 数回の痙攣の後に、黒い煙となって霧散した。


「もう黙って。そして死んで」


 周囲の冷気よりも更に冷たい声音が、静寂の迷宮にこだました。



 テラノテリポカ。

 人間と同じ姿をしながら、人間を遥かに超越した存在。

 そして、死に際は魔物のそれと酷く酷似していた。

 胴体が消えると同時に、斬り飛ばした右腕も霧散する。

 だが、右腕のあった部分には、魔石によく似た何かが落ちていた。

 拾い上げてみると、赤みがかったそれは、やはり魔石とは少し毛色が違う。


「魔物のように死んで、魔石に似た物を残していく。いったいこいつは、なんだったんだ」


「わからない。それに、興味もないわ」


 振り返れば、レウリアは地面に突き刺さった槍を、じっと見つめていた。

 涙を流すわけでも、怒りを露わにするわけでもない。

 ただ、じっと、なにかを見つめているだけだった。


「レウリア」


「話は朧気ながら聞こえてた。種子が存在しないと分かっているなら、これ以上時間を無駄にすることはできない。引き返しましょう」


 それだけを告げて、槍を引き抜き、踵を返す。

 背中からはなんの未練も迷いも見て取れない。

 だからこそ、その背中に声をかけていた。


「引き返して、どうするつもりだ。諦めて祖国に帰るのか」


 傷ついている仲間への第一声がそれは、どうなのか。

 自分でも疑問に思ったが、声をかけたからには引き下がれない。

 それに、レウリアをこの場所に留まらせる事には、一応成功していた。

 白い髪が揺れて、深い青色の瞳が俺を射抜いた。


「それもいいかもしれない。最後ぐらいは、騎士として死にたい。たとえ仲間殺しと呼ばれようとも」


「本当にいいのか? ここまで来て、諦めるのか? まだ世界樹の種子の代わりになる遺物があるかもしれないんだぞ?」


「世界樹の種子は偽物だった。そんな物の為に仲間達を殺してしまった私を、国の人々は許しはしないはず。特に騎士は誇りと名誉を重んじる。仲間殺しは重罪で、絶対に騎士派閥は私に死刑を求刑する。使命を果たせないのであれば、その罪を償うのがせめてもの――」


「騎士の云々なんて聞いてるんじゃない! お前の意見を聞いてるんだ、レウリア!」


 喉が張り裂けんほどの声で、その名前を叫んでいた。

 俺が聞きたかったのは、諦めて国に帰るための良いわけではない。

 聞きたいのは、仲間としてレウリアがどう考えているかだ。


「仲間達の死を無駄にはしたくない! 姫様の命を救うための手立てを見つける為なら、この命だって惜しくない! でも今さらどうしろっていうの!? 私達だって散々さがした! でも姫様を治す手立ては世界樹の種子しかなくて、その希望にかけた結果は、貴方もよく知ってるじゃない!」


 絞り出すように、自分に言い聞かせるように繰り返す。


「なら、それならもう、仕方がないじゃない」


 仲間を失い、希望が潰え、使命は果たずにいる。

 俺では想像することすらおこがましい程の絶望に、レウリアは置かれているのだろう。

 安易な慰めも、今の彼女には必要のないものかもしれない。 

 しかし、ここは世界中の夢と希望が集まる世界樹海だ。

 

「いいや、必ず方法はある。だから、だから探し続けるんだ」


 数十本の世界樹が大地を覆い、数多の迷宮から秘宝や財宝が毎日のように出土する。

 世界樹の種子がなくとも、それに類似している遺物が発見される可能性も十分に考えられる。

 いや、すでに発見されているが俺達が知らないだけだということもあるのだ。


「そんな無責任なこと、言わないで」


「無責任なんかじゃない。見つかるまで、協力する」


 命を背中を預けた仲間であるのなら、当然のことだ。

 時間が許す限り、彼女の為に遺物の捜索に協力する。

 そう覚悟を決めたのだが、すぐにその必要はなくなった。


 意外な形でレウリアの悲願は達せられることになったからだ。

 テラノテリポカと、アッシュレインより預かった、詳細不明の呪具によって。

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